#26
その後、オレはマールに対してルゥにまつわることは他言無用だと念押しし、ルゥを一度事務所へ連れ帰ることにした。
途中、市場へ寄ってルゥの衣服と靴、それに身の回りの品を調達する。
行くあても、手持ちもないこいつの面倒を見るにしても、カネを与えて適当にさせるよりは事務所に住まわせるほうが効率的だ。
そしてオレの傘下に加える以上、ボロ布にボロ靴で外を歩かせるわけにはいかない。
身の回りが女ばかりというのは少々落ち着かない気もするが、ルゥという人的資源を独占するためにはオレの好悪の情など二の次だ。
「ねぇ、ヤクザさん!」
「なんだ?」
「ヤクザさんの呼び方なんだけど。ボクはヤクザさんの妹分になるんだよね?」
「ああ、そういうことになるな」
「じゃあ、ボクの兄貴分だから、アニキって呼んでいい?」
「……まぁ、間違ってはいないな」
オレがこれまでに面倒を見た舎弟連中も、オレのことをアニキと呼んでいた。
なら女とはいえ舎弟であるルゥがそう呼んでも不自然ではない、か。
「あっ、それとも……お兄ちゃんの方が良かった?」
「それは止めろ。それよりルゥ、さっさと靴を選べ」
「はーい、アニキ!」
賑やかなことだ。
最近口うるさくなったコーディリアはともかくとして、シェラザードは……そして普段のマールも物静かな性格で、あまり人が増えたという感覚はなかった。
だがルゥが増えるとさぞ事務所も騒々しくなることだろう。
……そんな事を考えたオレは、ある重大なことを見落としていたことに気が付いた。
マールにはルゥが勇者であることを誰にも――今のところはルゥ本人にも――話すなと口止めしたが、こいつを事務所に住まわせる以上、コーディリアに事情を伏せることは難しいだろう。
コーディリアが他言するとは思わないが、問題は……シェラザードだ。
あいつは勇者と敵対していた魔王軍の幹部であり、先代の勇者によって左腕を失っている。
ただでさえルゥに対して警戒心を抱いているあいつがルゥの素性を知れば……おそらく命のやり取りに発展することだろう。
そして一方でシェラザードだけはオレが勇者であり、ヤクザでもある……つまりあいつの認識でいうところの魔王であることを知っている。
つまり全ての情報を知っているのはオレだけで、他の連中に対しては何がしかの隠し事があるという、実に微妙な状況が発生する訳だ。
これが対外的な情報格差であればビジネスに積極活用するところだが、同じ事務所で生活するとなると厄介事の種になりうることは火を見るより明らかだ。
なら、リスク管理の面からも、トラブルが生じる可能性は潰しておくべきだろう。
問題は事務所内で暮らす人間――一部はエルフだが――の間に情報格差が生じることのリスクとベネフィットだが――
色々と思案している間に事務所に到着したオレ達だったが、丁度入れ違いでコーディリアとシェラザードは外出しようとするところだったようだ。
「なんだ、出かけるのか?」
「はい。エルフローラ神殿へ契約書の用紙を買いに。あと、夕食の材料も」
「ふむ……。シェラザード、話がある。お前は残ってくれ。荷物持ちにはルゥを付ける」
「主殿?」
「お前が聞きたいであろうことに関する話だ。ルゥ、頼めるか?」
「うん!お昼食べさせてもらった分、働くよ!行こう、姐さん!」
「姐さん!?」
「だってアニキの奥さんなんでしょ?じゃあ姐さんだよ!」
「ボス!?」
頓狂な事を言い出したルゥに戸惑うコーディリアに、誤解は道すがら解くよう告げてシェラザードと共に事務所へと入った。
念のため入口の鍵を掛け、ソファーに腰掛けたオレにシェラザードは無言で視線を向けてくる。
「結論から先に言う。ルゥは……勇者だ」
「……主殿!」
「まぁ待て。もう一つお前に伝えることがある。ルゥはオレの舎弟に……傘下に入った」
「……ほう?」
ルゥが勇者と聞いてシェラザードは一瞬色めき立った。
この場にルゥがいれば斬りかかっていたかもしれない程の険のある表情を浮かべたが、オレの傘下に入ったと聞いてすぐに冷静さを取り戻した。
さすが四天王だけあって感情のコントロールが良く出来ている。
「ルゥは確かに勇者だが、まだ覚醒はしていない。いわば勇者の卵といえる状況だ。お前ならこの意味が分かるな?」
「なるほど。強大な龍も卵から孵せば乗騎とすることが可能。人もまたしかり……そういうことだな?」
シェラザードの言葉にオレは頷く。
この世界に龍が存在し、それを騎乗用に使っているという胡散臭い情報はともかくとして、趣旨は間違っていない。
「そこで、だ。お前に2つ頼みたいことがある」
「主殿、我には『頼みごと』ではなく、主命をお与え頂ければそれで良いのだが?」
「これはお前の同意が必要なことなんでな。まず1つ目はお前にルゥの指導を頼みたい」
「我が……勇者の?」
「そうだ。お前の言葉を借りれば、卵を孵化させる大任だ。オレはルゥをひ弱な雛ではなく、強力な龍に育てたい。そしてそれが出来るのはお前だけだ」
オレの言葉にシェラザードは数瞬考えてから、言った。
「では主殿。我に判断の権利を頂けるのであれば、一度あの者と手合わせをさせて頂きたい。真の勇者であるか否か、その資質を我自身で確かめた上でなら」
「いいだろう。だが、殺すなよ?」
「心外なお言葉ですな。それで、もう1つとは?」
「グレイディア商会の面々にお前の来歴を明かそうと思う」
シェラザードの来歴とはこいつが元魔王軍四天王……つまりかつては人類の敵であったという事実だ。
オレの頼みを耳にしたシェラザードは目を細めると問うてくる。
「意図をお伺いしても?」
「いずれルゥが勇者であることが判れば、その師であるお前の来歴にも衆目が集まるだろう。注目を集めた結果、予期しない形で情報が明るみに出るよりも、今のうちから開示する情報をコントロールした方が合理的だからだ」
「……なるほど。して、その方法とは……?」
オレはシェラザードに情報開示の方法を説明する。
情報漏洩に対するリスクマネジメントにおいて重要なのは漏洩を防止することではない。
むろん漏洩防止は基本だが、漏洩した際の備えを事前に徹底し、ダメージコントロールを行える体制を整えることが組織運営には欠かせない。
「さすが主殿、感服いたしましたぞ!」
「では同意を得られたと認識していいか?」
「元より我は魔王様の配下だ。是非も在りませぬ」
シェラザードが納得したようなので、次はコーディリアだ。
オレの右腕たるあいつには、真実を話す必要があるだろう。
その後、しばらくして契約書の束を持ったコーディリアと、食材を山のように抱えたルゥが事務所へ戻ってきた。
そろそろ夕暮れも近い時間帯であることを理由に、オレはシェラザードに夕食の支度を、ルゥには冒険者ギルドへマールを迎えに行くよう指示を行う。
二人が事務所から姿を消した後、残っていたコーディリアは定位置であるデスクに腰掛けるといつものジト目でオレを見据えながら言った。
「それで、何か私にお話があるんですよね?」
「良くわかったな?」
「あんな露骨な人払いをしたということは……ルゥに関することですね?」
「察しが早くて助かる。コーディリア、オレの右腕であるお前には真実を話しておく。ルゥは、本物の勇者だ」
「……はい?」
察しの良いコーディリアではあるが、まさか木訥な田舎娘が勇者だとは想像もしていなかったのだろう。
「正確に言えば未覚醒の勇者だ。あいつが帰ってきたらお前も人間鑑定を掛けてみるといい。ルゥの職はブランクになっているはずだ」
「ボスがこういうことで冗談を言わないのは知ってますから、信じますけど……。ちまたに溢れる偽勇者の一人ではないのですね?」
「ああ。マールもこのことは確認している」
「そう、ですか……。それでボスはルゥを舎弟……でしたか?妹にされると聞きましたが」
「妹ではなく妹分だ」
そういえばコーディリアは買い物の道すがらルゥの誤解を解けという指示を出していたことを失念していた。おそらく誤解を解くプロセスで関係性についての話題が出たのだろう。
「それでボスはルゥをどう使うつもりなんですか?偽勇者ブームを終わらせるにしても、本物の勇者を擁していると宣伝したら間違いなく王家から目を付けられますよ?」
「だろうな。だが今のルゥは弱い。当面は田舎から出て来た腕っ節の強い娘という線で行こうと考えている。そして並行してシェラザードに稽古を付けさせる」
「ボス?英雄の訓練を受けても、今の世には魔王なんていないんですよ?」
「さて、それはどうかな?案外、魔王は既に降臨しているかもしれんぞ?」
「笑えない冗談はやめてくださいよ……」
非難めいた口調でコーディリアはそう言うが、その顔には不安げな表情が浮かんでいる。
この世界の人間は勇者と魔王は表裏一体の存在と認識しているフシがある。
なら、予言で語られていたとはいえ、勇者が現実に現れたとなれば、どうしても魔王が現れることを危惧してしまうのだろう。
とりあえず、現時点での情報開示はここまでだ。
あとはマールが戻り、全員が揃った夕食の席でこの件に片を付けるとしよう。




