#7
ウスラー商会は裏通りにある、異世界としては比較的こぢんまりとした一軒家だった。
マードック商会のような派手な広告やショーウインドウも無く、ここが金貸しである事を知らなければ、やや陰鬱な雰囲気の家屋にしか見えないだろう。
鎧戸が付けられた窓から光が漏れている所をみると、中にはまだ金貸しがいるのだろう。オレは丁重にノックをしてから返事を待たずに扉を開く。
「うん?なんだ?もう今日は店じまいしたんだが」
「なに、カネを借りにきた訳じゃありませんよ。そちらの借用書について、少し内容を確認していただきたくてね」
商会に居たのは背の低い、ちょびひげを生やした四十がらみの男だった。
執務机に座ったその男は見るからに小物めいた風貌だが、目つきはカタギのものではない。この世界へ来て初めて出会ったご同輩、というところだろうか。
オレの言葉に金貸しは訝しげな表情を向けながらも、即座に拒絶せず話を聞く姿勢を見せた。
「借用書だ?……お前にカネを貸した覚えはないぞ」
「オレは代理人ですよ。弁護士じゃないですが……まぁ、依頼人に泣きつかれましてね」
「べんごし……?何を言ってる判らんが、用事があるなら早く済ませてくれ」
一応、店内にはソファもあるが、オレが客ではないと知った金貸しは着席を勧めもせずに横柄な態度でそういった。
まぁ、着席した小男と、それなりに背の高い立ったままのオレでは目線の高さが随分と違う。これは高所を確保した戦略的優位性だと言える。
そんな優位性を自ら手放すとは、愚かなことだ。
「こちらの借用書なんですがね。灰鹿亭……ご存じですよね?」
「うん?ああ、なるほど読めたぞ。あそこの夫婦に泣きつかれて返済猶予を求めに来た冒険者だな?もっとまともな依頼を受けたらどうだ?」
この世界での冒険者は底辺職の肉体労働者扱いだ。
自分をホワイトカラーだと思い込んでいる金貸しが冒険者を見下すのは至極もっともだが、その見くびりがオレを有利にする。
それ故にオレはあえて反論も怒りの表情も見せず、用件へと入った。
「オレが冒険者なのは否定しませんがね、ただこの文言はいただけませんね」
「何がだ?ごく普通の借用契約だろうが」
金貸しの言葉に、オレはこの国が契約の女神に関わる魔法的な契約書を作成する文化がある割には、契約文言そのもの詰めが甘いことを理解した。
つまりマードック商会の契約書は会頭が無能であったが故に手落ちがあったのではないということだ。
金貸しですら弁護士の存在を知らないレベルの世界では、契約といってもこの程度の曖昧な文言で事足りるということなのだろう。
「まず、こちらの借用書はウスラー商会さんが作製されたもので間違いありませんか?後になって偽造と言われると、こちらも少々困ることになりますので」
「疑り深い男だな。……ああ、そうだ。うちで作製したもので間違いない。原本もちゃんとあるから、偽造しても無駄だぞ」
「それは良かったです。ではこの文言についてですが――」
そう言ってオレが指さしたのは最前確認した借用書の中の連帯保証契約に関連する条項だ。
「この条項は灰鹿亭のご夫婦に借入金を付け替える条項であるように読むこともできますが、いくつかおかしな点がありましてね」
「おかしいだと?何がだ」
「まずこの条項は乙、つまりパン屋のジョンなる男が支払い不能に陥った時点で効力を発揮する。そこは間違いありませんか?」
「当たり前だろうが。お前、字が読めていないのか?」
小馬鹿にした様子で金貸しはそう言うが、字が読めても行間が読めていないのはこの男……いや、この世界だろう。そんな事を考えながら、オレは話を続ける。
「この条項から読み取れるのは、乙が『返せぬ時』とありますが、どのようにして返せぬと判断するのですか?」
「何を言ってるんだ。あのパン屋は夜逃げしたんだぞ?その状態でどうやって返せるというんだ」
「ではお伺いしますが、もし貴方が金を貸し付けている相手が街の外へ仕事に出たら、あなたはそれを『返せぬ時』と判断されますか?」
「馬鹿なことを言うな。その程度で債務不履行と判断していたら金貸しなぞ続けられんわ」
イライラした様子で金貸しはそう言うが、ここでそう答えた時点でチェックメイトだ。オレは内心でほくそ笑みながら、言葉を続ける。
「では相手が旅行に出たとしたらどうですか?」
「同じだ!旅行であれば帰ってくるからな。馬鹿馬鹿しい」
「なら、どうしてパン屋のジョンが帰ってこないと判断されたのですか?彼は旅行をしているのかもしれない。旅行中に店を閉めるのは当然でしょう。つまりパン屋が行方をくらませただけでは、この連帯保証の条項は発動しないのですよ」
「なっ!?」
オレの言葉に金貸しは絶句する。
確かに契約というのが口約束と両者の良心によって成り立つものであれば、この条項で灰鹿亭に連帯保証を求めることも不可能では無いかもしれない。
だが契約書に明文化された判断基準が記されていない以上、「良心」に頼るのは愚か者のする事でしかない。
そして……ましてや相手がオレのような経済ヤクザなら。
「残念ですが、この条項を発動させるためには……パン屋のジョンなる男を捕まえて借入金の返済意思が無いことを直接確認するか。もしくは、彼がもう死亡していることを証明する必要があると思うのですがね?」
「馬鹿な……そんな面倒な事が出来るか!」
「面倒とはまた乱暴なことをおっしゃる。保証人とは言え直接金を借りたわけでもない相手に借金を負わせるのですから、その程度のことは『誠意』だと思いますがね」
オレの言葉に金貸しは歯がみをするが、途中までは自身が合意していた事がベースになっているだけに、オレのロジックを崩すことはできないようだ。
それもそうだろう。オレが指摘した「債務不履行」と「行方不明」の混同については日本でも明確に区分された、いわば「合法的」な判断だからだ。
面倒だとか、良心だとか、そういったふんわりとした感情論で覆るほど、このロジックはヤワじゃない。
オレにはまだあと2手、攻め手があるが、どうやら金貸しは初手でグロッキーになったようだ。
言葉に詰まり何か唸っているが……ここは徹底的に潰しておくべきか、それとも金貸しにも恩を売っておくべきか。
外の様子が妙に騒がしいことに気付いたのは、そんな事を考えていた時だった。
「……なんだ?」
「ふん……おおかた取り立て行かせた冒険者があの宿屋で暴れてるんだろうよ」
「何?」
「代理人だかなんだか知らんが、お前がここで何を言ってもあの夫婦が払いますと言えばそれで話はカタがつく。残念だったな」
そう言って金貸しはいやらしい笑みを浮かべる。
ここはどう動くべきだ?先に金貸しに連帯保証条項が無効だと認めさせるべきか、女将達が迂闊に取り立てに同意しないよう忠告に行くべきか。
一瞬逡巡したオレは、後者の方が優先事項であると判断した。
オレはあくまでも第三者で、当事者である灰鹿亭が支払いに同意してしまえば元の木阿弥になりかねないからだ。
「……借用書の件はまた後日、改めてお話しさせて貰いますよ」
「ふん。次に来るときは金貨750枚を持ってくるんだな」
ふてぶてしくそう言う金貸しをその場に残し、オレは苛立ちを感じながら宿への道を駆け戻る。




