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#6

 合間合間に受けていた魔法の修行も無償ではなく、ライター代わりの小さな火を生み出せるようになった頃にはオレの手持ちはいつの間にか金貨341枚に減じていた。


 顔なじみになったギルドの受付嬢が言うには今日は珍しく債権回収の依頼が出ていたそうなのだが、間の悪いことにオレが愚にも付かない魔法の酒豪にかまけている間に他の冒険者に依頼をかっさらわれてしまったそうだ。

 話を聞いたところではその手の「美味しい依頼」が出るのはかなり希らしい。


 このままだとじり貧だと考えたオレは、仕方なくスマホを持って再びマードック商会を訪れ、会頭にスマホの査定を依頼した。


「ヤクザ殿、申し訳ありませんがこれは買い取れませぬ」

「価値が無い、と?」

「いえいえい、逆ですぞ。これはおそらく国宝級のアーティファクトでしょう。金貨10万枚は下らない、唯一無二の品です。……そう言えば聡明な貴方ならお判りですか?」

「なるほど、まだ売掛金も払っていただいていませんからね」


 オレの皮肉に会頭は渋い顔をしながら頷いた。つまりオレのスマホは高額すぎてマードック商会でも扱えない代物ということらしい。

 もし会頭がまた掛け売りという話をしてくるようであればオレは断るつもりだったが、会頭も前回の売掛金が精算されていない状態で再度負債を積み増す気は無いのか、売りたいのなら王都へ行って御用商人に持ち込むのが良いとアドバイスをしてくれた。


 要するに、手持ちの資金を増やすアテが無くなれば王都へ向かえば良いという保険を得たオレは、手持ちの品を切り売りする以外にカネを作れないことに忸怩たる思いを抱きながら宿へ戻る。


 だが夕食時で普段なら客で賑わっているはずの灰鹿亭には閉店の札が掛けられていて、臨時休業を知らずに訪れた客が首をかしげて立ち去る姿が見えた。


「……朝には休業と言ってなかったはずだが……」


 不審に思いながらも休業は食堂の方だけだろうと思い、オレは休業札を無視して灰鹿亭に足を踏み入れる。

 夕暮れ時の店内にはランプの火も灯されておらず、薄暗いありさまで、そんな店内で宿の主人――女将の旦那だ――と女将、そして息子が暗い顔をしてテーブルについていた。


「……悪いね、今日は休業……ってあんたかい」


 オレが入ってきた事に気付いた女将はこちらを見ずに退店を促しかけ、ふと視線を上げて休業の店に入り込んだ招かれざる客がオレであることに気付いたのか、大きくため息をついた。


 素知らぬ顔をして二階の客室へ向かってもいいのだが、腹は減っている。

 この空気は痴話喧嘩か夫婦喧嘩の類いだろうか。正直専門外だが、話を聞いて適当な助言をすれば食堂は再開するかと思い、オレは重い口を開く。


「何かあったのですか?話ぐらいなら聞きますよ」

「ああ、あんたならそう言ってくれると思ったよ。実はこの大馬鹿がね……」


 主人を睨み付けながら、呆れた様な口調で女将が語ったことは確かに夫婦喧嘩と言えなくもなかったが、実のところもっと面倒で、そして……オレ向けの案件だった。



 灰鹿亭を経営する夫婦は元々このラーゼンの出身ではなく、辺境に近い農村から親戚筋が経営していた宿を引き継ぐために街へと出て来たそうだ。

 宿の経営は順風満帆とは言えないまでも、そこそこに安定した経営を行えていたというのはオレも知っている所だが、そんな女将達の「成功」を知った田舎の男が主人を頼ってラーゼンを訪れたらしい。


 その男、ジョンは主人の弟分で田舎ではパンを焼く職人だったそうだが、都会でパン屋をやれば儲かるという浅はかな考えで後先考えずにラーゼンへ移住してきたそうだ。

 そしてパン屋を開くために融資を求め、当然のことながら信用の無い新参者であることを理由にまっとうな金貸しからは断られる事になった。

 そこで諦めて田舎へ帰れば良いものを、弟分はウスラー商会なるいかがわしい金貸しから融資の約束を取り付ける事に成功したそうだ。


 ただしその融資には条件が付いていた。


「……これだよ。ジョンのヤツが借金を返せなくなったらあたしたちが代わりに支払うように……って言う、馬鹿馬鹿しい契約さ」

「仕方ないだろう!ジョンはちゃんとカネは返すと言っていたんだ!」

「口でならナントで言えるよ。第一、ジョンは夜逃げしちまったんだからね!」


 なるほど、昔なじみの連帯保証人になり、夜逃げによって借金がこの2人に降りかかってきたということか。

 オレはこの世界にはまともな金融商品なんて無いと思いこんでいたが、意外にも想像以上に金融業は発展していたらしい。


 話を聞く限りではどうやら女将は保証人になる事に否定的で、弟分のために……と主人が前のめりになったようだが、まぁオレにとっては関係のないことだ。


「それで、借金はいくらなんですか?」

「それが……金貨750枚も……」

「うちにあるカネをかき集めて、家財道具を売り払っても金貨200枚にもならないよ!」

「……なるほど」


 この夫婦……特に女将には世話になっていることだから、オレの手持ちで賄える範疇であればそれなりの金利で融資してやってもいいかと思ったのだが、生憎とオレの手持ちとこの店の流動資産を合わせても支払いにはまだ足りないようだ。


 オレもそろそろ宿を出て行こうと考えていたところだ。この一件は宿を去る切っ掛けにになるかと思いながらも、ふとこの世界の金貸しに興味を持ったオレは女将に借用書を見せて欲しいと頼んでみることにした。


「……乙の借財につき、丙は乙とともにこれを負担し、乙が返せぬときは丙がこれを引き受ける……ですか。乙はパン屋のジョンで丙は灰鹿亭のご主人で間違い無いですね?」

「ああ、そうだ。まさかこんな事になるなんて……」


 主人はオレが読み上げた借用書の条項、特に連帯保証にまつわる部分を耳にすると絶望的な表情を浮かべた。

 だがこの条文を見たオレの感想は主人のものとは全く異なるものだった。


 この世界のヤミ金は随分と手ぬるい契約をするものだ。


 呆れにも似た思いと共にオレは契約の条文を吟味する。この条文であればいくらでも言い逃れは可能だし、借金の返済すらチャラにさせることも出来る。


 論破のロジックはこうだ。


 まず1つ目のケースは「乙が返せぬ時は」と言う文言を突く場合だ。

 ここにはどのような状態を指して「返せない」と認めるのかは記されていない。

 つまり夜逃げしたとはいえパン屋のジョンが健在であれば労働によって返済することも可能だろうし、そもそもジョンがカネを持って逃げ続けていれば「乙が返せぬ時」はジョンを捕まえない限り永久に訪れないと抗弁可能だ。


 次に指摘できる問題点は「共にこれを負担し」と言う文言だろう。

 一見するとこの文言は後段の「丙がこれを引き受ける」に引きずられがちだが、この条文では乙と丙の負担割合が明記されていない。

 つまり借金の主体である乙はともかく、保証人でしかない丙については借金を全額引き受けるとは一言も書かれてはいないし、普通に解釈すれば共に負担というのは最大でも半額が上限だろう。

 この不備を突いて強弁すれば、銅貨1枚でも支払えば「共にこれを負担」したと言い張ることさえ出来るかもしれない。


 そしてもう一つの、そして最大の問題は「丙が誰に対して何を支払うのか」という最も重要な記載内容が記されていないという点だ。

 もちろん暗黙の了解として丙は貸主である甲、すなわちウスラー商会に対して乙が負った借金を支払うべしと読むことは出来るが、それはあくまでも「読むことが出来る」だけでしかない。


 だが、契約書には暗黙の了解なんていう曖昧な存在が許される筈もない。

 暗黙の了解とは言語化されていない不確定なものでしかないのだから、他の解釈をねじ込むことだって十分に可能だ。


 たとえば……そう、先ほどの負担割合の件と併せて考えれば、丙は乙の返済を支援するために銅貨1枚を毎日、乙に支払い続けるという形でもこの契約書の条文はクリアすることが出来る。



 ……つまり、この稚拙な借用書の文言では灰鹿亭から借金全額はおろか、半額すら回収することが出来ない。

 そして仮に主人が弟分のジョンに毎日銅貨1枚を送ると宣言すれば、その支払いがあるが故に「乙に支払い能力がある」事が証明されることになる。


 結果として貸主であるウスラー商会はジョンを捕まえるまでこの借金を塩漬けにせざるを得なくなるという寸法だ。

 そこまで見て取ったオレは、これを女将に対する義理を果たすために使い、その後にこの宿を離れることを考えた。


 なにせ一度こんなトラブルに手を貸してしまったら今後もずるずると悩み相談を引き受けざるを得なくなる。

 だがオレは慈善事業家ではなく、あくまでもヤクザだ。義理は通すが、儲けにならない相手と何時までもつるむつもりは無い。

 そんな事を思いながら、オレは女将に声を掛けた。


「女将、そう深く考える必要はありませんよ。この借用書は穴だらけだ。少なくともあなた方が金貨750枚を全て支払う義務はありません」

「……どういうことだい?取り立ての連中が来ても大丈夫ってことかい?」

「詳しい話はまた後で説明しますが……。取り立て、ですか?」

「ああ、昼間にね……。夜にまた来るっていうからさ」


 そうか、この夫婦が深刻な表情をしているのは既にウスラー商会が取り立てに現れているということか。なら、早めに動いた方がいいだろう。


 そう考えたオレは女将から借用書を預かり、ウスラー商会へ直接出向く事に決めた。


 もちろん、その前に一度部屋へ戻り、オレの戦闘服(スリーピース)を身につけることは忘れない。なにせこういうハッタリを効かせた話をする時は、第一印象が大事だからだ。

 修復と洗浄が終わったスーツに袖を通すと、オレが冒険者ではなくヤクザであることを改めて自覚する。

 この世界ではあまり意味を成さないとは言え、左手にいつもの高級時計を付けると、武装は完了だ。


 その場で少額の支払いを行って話を丸め込む事を想定しウォレットは持って行くが、スマホや魔法の教本は今回は不要なので部屋へ置いておくことにする。

 この件が片付けばここを離れるにしても、報告には戻ってくるだろうしな。



 階下に降りるとひとまず痴話げんかは落ち着いたのか、女将が食堂の開店準備を始めていた。

 各テーブルにランプが置かれただけで、活気の感じられなかった店内が明るくなった気がする。


 異世界に来てオレが唯一気に入っているのは、ここの照明が嘘くさいLEDの光ではなく、ランプの暖かい炎だということだ。

 もっともオレが身につけたライトの魔法はどちらかというとLED寄りの光なんだが……。


「じゃあ、ウスラー商会で話をしてきます。帰ったら、いつものセットをよろしくお願いしますよ」

「あ、ああ。済まないね、ヤクザさん。あんたに頼っちまって」

「なに、これでも受けた恩は返す主義なんですよ」


 女将にそう言いながらも、内心ではヤクザに頼るとロクな事にならないものだがな、と付け加えた。


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