#5
銀貨5枚の登録料を支払い、オレは冒険者になった。
既にマードック商会でヤクザ名義での契約を行っている以上、ギルドに登録される名前も当然「ヤクザ」で合わせないと面倒な事になりかねない。だが……。
「はい、ではこちらがギルドカードになります!頑張ってくださいね、冒険者ヤクザ様!」
「お、おう……」
オレはヤクザという名称をを自分の勲章だと思っている。
だがヤクザの前に冠が付いたり、ヤクザに敬称が付くのは慣れるまでに時間が掛かるかもしれない。
冒険者ギルドに掲げられていた依頼の類いを見ると、オレの価値観はさらに混乱した。
薬草の採取依頼は銀貨3枚の報酬+出来高払い。
ゴブリンなる魔物の討伐が3匹で銀貨10枚。
遠方の街までの護衛が銀貨35枚。
薬草採取はともかくとして、魔物討伐や護衛は命懸けの仕事のはずだが……。
その討伐を10回生き延びて、ようやくあのダサい服を買うことが出来るというのは、正直馬鹿馬鹿しいとしか思えなかった。
「フィクションではもてはやされる冒険者稼業も、所詮は搾取される人足扱いか……」
宿の息子が言っていたような交渉や取り立ての仕事は一枚も掲示されていない。
それもそうだろう。下層の肉体労働者にそんな頭脳労働を任せようと考えるクライアントなぞ余程の酔狂な人物以外いるはずもないからだ。
それでもそんな依頼が出されるとしたら……おそらくそれは冒険者に犯罪の片棒を担がせて使い捨てる闇取引の類いだろう。
オレ自身は関与したことはないが、頭の悪い連中を闇バイトで集めたトクリュウのシノギではよく見かける構造だ。
もしオレがここでトクリュウを指揮すとすれば、当然冒険者にUDや叩きをやらせるだろう。
なら、同じ事を考えている人間がいてもおかしくはない。
冒険者という職業も存外にままならないものだと思いながら宿へ戻る途中、ふと立ち寄った武器屋で店先に置かれた樽に乱雑に突っ込まれた剣に「1本銀貨3枚」の値札が付けられているのが目に入った。
本来剣というのは工業製品で高価な品の筈だが、素人目で見ても刃こぼれしたジャンク品だと判るそれらの剣は、日本で売られている木刀や竹刀よりも安い。
減価償却が済んだ廃棄品だと考えれば納得はいくが、これがどこから出て来た品なのかを考えるとぞっとしない。
「薬草収集で得たカネで剣を買い、魔物の討伐に成功すれば成り上がり。失敗すれば剣はリサイクルされ、次の冒険者の手に渡る……か」
ヤクザ稼業よりもハードな事だと思いながら、暮れ始めた陽を見上げたオレは……肩をすくめてその場を去った。
宿について最初にしたことは借りを返すことだ。女将を呼び、金貨を10枚手渡す。
「なんだい、これ!あんた文無しって言ってなかったかい?」
「少々金策をしてきたんですよ、世話になった礼です」
「うちは宿屋だから、部屋を貸したり食事を出したりするのは商売のうちだよ!そうさね、うちは一泊2食付きで銀貨5枚だから……これだと20日分の前払いってことだね」
女将はそう言うが、随分と義理堅い事だ。
正当な対価として支払ってしまったら借りを返すことにならないが、この分だと言っても聞かないだろう。
なら、この街でねぐらを探すまでの数日はこの宿を使い、適当なところで姿をくらませば残額をノーショーとして、借りを返した事できるだろう。
これまでオレにとって他人は利用価値があるかどうかで判断するもので、人付き合いというのは欺し欺されする関係でしかなかった。
ヤクザになってからの人間関係は特にそれが顕著で、親切とは見返りを期待した下心のあるもの、金額に換算できるものでしかなかった。
異世界に来てもオレの本質は変わらないが、もしかしたら――
相変わらず味の薄い宿の食事を喰いながら、そんな甘ったれたことを考えたのは、この宿の居心地が存外に良かったからかもしれない。
翌日からオレはこの世界で生きていくためにカネを稼ぐ方法を模索することにした。
マードック商会から得た金貨500枚と売り掛けにしている4500枚はそれなりの額だが、快適な生活を営むには不十分だ。
長年の贅沢暮らしが身についているオレにとって、灰鹿亭の暮らしは生存可能というだけで決して満足できるものではない。
そして何よりも落ち着かないのは服だ。
昨日見て回った商店ではオレの美的感覚に合う服は売られていなかったし、テイラーで仕立てる事も考えたが、手持ちを考えると時期尚早であるようにも思えた。
そこでオレが取った苦肉の策は、血まみれになったイタリア製スーツの修復だった。
女将に紹介された仕立屋はオレのスーツが血まみれであることに眉をひそめたが、何も聞いてこなかった。これが日本なら間違いなく警察を呼ばれているところだが……。
「この破れた所は普通に修繕できるよ。ただ血の汚れはウチじゃねぇ」
「では直りませんか?」
「いや、直せるさ。うちで契約してる洗濯屋を使うから、洗濯代もあわせて貰うことになるけど、かまわないかい?」
「もちろん、それでかまいません。ですが、綺麗になりますか?」
「大丈夫さ!ウチが契約してるのは生活魔法を使う洗濯屋だからね」
血痕を綺麗に消せる魔法、か。
仕立屋の言葉を聞いたオレは魔法に興味を持った。稚気じみた話だが、もしかしたらオレにも魔法が使えるかもしれないという夢を抱いた訳だ。
スーツのことを仕立屋に任せ、代金として金貨1枚を払ったオレは、その足で冒険者ギルドへ向かう。
昨日は掲示されていなかった交渉や取り立ての仕事があるかもしれないし、魔法を習う伝手を紹介して貰えるかもしれないと考えたからだ。
結果から言えば仕事はロクなものがなく、ガキの使いのような街中での配送を請け負うハメになった。
魔法についてはランプの代わりにすらならない「ライト」とかいうチンケな魔法を習うことしかできなかった。
どうやらオレが持つ魔力とやらは平均以下でしかないようで、魔法使いとして大成することはおろか、時間を掛けて修行をしても小さな火の玉一つ生み出すのが精一杯で、到底魔物を倒せるレベルには到達しないらしい。
「まぁ、そう上手くいくと思っていた訳ではないさ……」
そんな負け惜しみを口にしながら、オレは懐に手を伸ばす。
だがオレが着ているのはスーツではないし、懐にタバコも入れていない。そして何よりライターは手放してしまった。
つまりオレはこの世界で禁煙生活を余儀なくされたことになる訳だ。
「……魔物を倒せなくても、ライター代わりには使えるか」
そんな事を考えながら、ギルドで指定された薬師とやらの元へ行き品物を受け取ったオレは、数件の配達先へ薬を届ける。
これで銀貨2枚ということは……1日に複数の依頼を処理しないと宿に泊まり続けることも出来ないということだ。
先行きはあまり明るくなかったが、嘆息しながらもオレは次の配達先を目指す。
小間使いのような仕事と魔法の修行をしているうちに1週間が過ぎた。
配達の仕事で街の地理も確認出来たことだし、そろそろ灰鹿亭を出て裏通りに部屋でも借りようかと考え始めた矢先に、オレの運命を変える出来事が起きた。
いや、変えたのはオレの運命だけじゃない。おそらく、この出来事が――この国全体を変える切っ掛けになったんだろう。




