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#4

 条件に折り合いが付いたので契約書を交わすことになったが、ここで想定外の事が起きる。

 そう、オレは初めて魔法とやらを目にすることになったのだ。


 契約書の周囲に飾りのような模様が記されていたことには気付いていたが、よくよく見るとそれは飾り文様などではなく、文字であることが理解出来た。


 何故こんなものが読めるのかと一瞬疑問に思ったが、そもそも異世界で言葉が通じている上に、契約書の文字だって読めている。ならこのおかしな文字が読めても不思議はないのだろう。


 だが、この文字が示している内容は……。


「契約と商業の神エルフローラの……御名において記す……ここに交わす言葉と印は神聖な契りなり……?」

「おやヤクザ殿は気が早いご様子ですな。まだサインの準備は整っていませんぞ?」

「ああ、これは失礼。大商い(おおあきない)だったせいで、気がせいてしまいましてね」


 文様を目で追っていたオレは無意識のうちに文言の意味を口にしていたようで、それを聞きとがめた会頭が笑みを浮かべて口を挟んできた。

 オレは適当なことを言ってその場を取り繕ったが……今のは何だ?


 書かれている内容と、会頭の反応からすると、この呪文のようなものを口にしながらサインを行うのがここでの契約締結の作法なのだろう。

 だが自然に誓約の言葉を口に出させる強制力のようなものは……。


 オレがそんな事を考えている間に、サインの準備が整ったのかまず会頭が契約書を前に、馬鹿馬鹿しい飾りの付いた羽ペンを手に取った。

 契約書に視線を落とす会頭の表情はこれまでの商人然とした面ではなく、敬虔な聖職者――もしくは、聖職者を装った詐欺師――に見えた。

 そして会頭はまるで薬物でもキめたかのような半トランス状態で先ほどオレが目にした文言を口にした。


「契約と商業の神エルフローラの御名において記す。ここに交わす言葉と印は神聖な契りなり。両者、心魂をもって条々を守護し履行せよ。約束を違える者には報いあれ……。さあ次はヤクザ殿の番ですぞ」

「ええ、わかっていますよ」


 サインを終え、表情を取り戻した会頭が席を立ち、オレは代わりに会頭が座っていた場所へと腰を下ろす。

 ペンを手に契約書に視線を落とすと、オレの口は自然と会頭と同じ文言を口にしていた。


 ……どうやらこの契約書はただの紙きれではなく、契約と商業の神とやらに捧げられた儀式の道具であるように思えた。その理由は簡単だ。

 オレがサインを終えた直後に両者の名前が記載された契約書は一瞬淡い輝きに包まれ、何故か2枚に分裂していたからだ。


「ではこちらをヤクザ殿に。おい、前金の金貨500枚はどうなっている?」

「はい、こちらにご用意しております」


 会頭はさも当然のように複製された契約書の一部をオレに手渡してくる。内容に改編された形跡は無く、付記した協力要請の件もちゃんと明文化されている。

 さすが契約の神に捧げられた契約書だ。自動的に正副2枚になるよう複製を作ってくれるとは、サービスの良いことだ。


 オレは受け取った契約書をいつものようにスーツの内ポケットに仕舞おうとして……初めて自分の服装が粗末な貫頭衣であったことに思い当たり、苦笑した。


 会頭がオレを軽んじたのも当然だ。

 人の第一印象は服装で決まる

 。だからこそオレは人前に立つ時は必ず高級ブランドのスリーピースを身につけていたのだから。


 むしろこんな貧乏人の格好をした得体の知れない人間を相手に、正式な契約を締結しようと考える会頭は度量が大きい男と評してやってもいいのかもしれない。



 番頭が差し出したトレイに乗せられているのは、小さな革袋だった。この世界の金貨というのは随分と小さいのかと思いながら、オレは袋の口紐を解いた番頭が革袋の中から金貨をつかみ出すのを見守った。


 トレイの上に次々と金貨が積み上げられてゆく。


 金貨のサイズはオレの感覚だと500円硬貨相当だが、小さな革袋にはどうがんばっても10枚ぐらいしか入らないように思える。

 だが既にトレイの上には100枚を越える金貨が積み上げられている……?


 一瞬、あっけにとられそうになったが、ここで間抜け面を晒すとナメられるかもしれない。そう思ったオレは内心の動揺を押し殺し、トレイの上に500枚の金貨が積み上げられるのを待った。


「以上でございます」

「確かに、確認しました」

「ヤクザ殿、今後も良いお取引を期待しておりますぞ。ああ、この金袋(ウォレット)はお持ち戴いてかまいませぬぞ。たかだか金貨5枚程度の品ですからな。良い取り引きをさせていただいたお礼です」

「では遠慮無く」


 金袋(ウォレット)、か。どうやら金を大量かつコンパクトに持ち運べる魔導具のようだが……。先ほど契約書が分裂するのを見ていなければ、手品か何かを疑う所だった。


 しかし、まさか契約書や財布ごときで異世界の魔法とやらを実感するはめになるとは思ってもみなかった。

 ともあれオレは会頭と番頭に礼を言い、マードック商会を後にする。


 ――まずは得たカネの価値を確認し、その上で……二度とナメられないように正装(戦闘服)を手に入れる必要がある。



 いくつかの露天や商店を冷やかしながら、オレはこの世界の経済について得た知識を咀嚼する。


 まずこのマーネイ王国で使用されている通貨は銅貨、銀貨、金貨、白金貨の4種。

 うち白金貨は市場にはまず出回らない貴重な貨幣であること。そしてそれぞれの貨幣は10枚で上位の貨幣と交換が可能であること。


 つまりマードック商会が金貨500枚で支払った前払い金は本来なら白金貨50枚で事足りた話だが、大店であっても白金貨をそれだけ用意することが難しいということなのだろう。


 問題はその貨幣価値だ。オレは暫定的に銅貨を日本円の100円換算だと考え、銀貨を1,000円、金貨を10,000円だと仮定して市場を観察した。


 露天で売られている食材の多くは一山で銅貨いくらという価格設定で、肉の串焼きや蒸した芋のようなホットスナックの類いも概ね似た価格に設定されていた。

 それ故にオレは自分の見立てが正しいのだと考えた。


 しかし露天が立ち並ぶ一般市民向けの市場を離れ、マードック商会近くの商店を回り、衣服や金物の値段を見ていうるちに、明らかにレートが合わないことに気が付いた。

 鍋や釜の類いに金貨30枚の値が。そして吊しのぱっとしない服に金貨10枚の値が付けられていたからだ。


「このクソダさい服が10万だと?何の冗談だ……」


 確かにオレが好んで着ていた仕事着であるイタリア製のスーツは1着50万は下らないが、あれは最高級のオーダーメイド品だ。

 ファストファッションで売られているような布きれと比べることすら烏滸がましい。


 だが、いくつか店を見ていたオレはある事に思い当たった。

 高いのは新品の加工品であり、中古であれば銀貨で支払える価格になっている。


 つまり、手軽に収穫できる食料や、ちょっとした調理で提供できるものは安価だが、材料を調達し、複数の工程で加工を行う必要のある工業製品については価格が高騰するという……ある意味当然の価格設定が行われている。


「ということは日本の感覚で金貨が万札と同じだと考えない方がいいってことか……」


 オレの中にある日本の価値観に基づき、円建てで価値を理解しようとすると足下を掬われる可能性がある。

 なら、日本円のことは脳裏から消し去り、金貨を基準とした新しい貨幣価値を理解するしかないだろう。


 そう考えたオレは、当初の目的である冒険者ギルドへ向かうことにした。


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