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#3

 女将に聞いた冒険者ギルドという所へ出向き、冒険者としての登録を行おうとしたオレは、登録料が必要だと言われ途方に暮れることになった。


 銀貨5枚という登録料が妥当なのかどうかもわからないが、それ以前の問題として手持ちのカネは紙切れ(万札)プラスチック片(クレジットカード)だけで、言うならばオレは無一文の状態だ。


 独り立ちしてから財布の中のカネが10万を切ったことがなかった無いオレにとって、無一文というのは裸で居るよりも落ち着かない状況だ。

 実利的にも、精神的な安定のためにも、なんとかして早急に活動資金を見繕う必要がある。


 そう思い、街中をうろついていたオレはある事に気付き、宿――灰鹿亭という名だった――へ一度引き返すことにした。


「おや、ヤクザさん早かったね。登録は無事に終わったかい?」

「いや、まだです。それより女将。一つ教えて欲しいんですが……この国ではどうやって火を付けているんですか?」


 オレの問いに女将は何を言っているんだとでも言いたげな目を向けつつも、火打ち石を使っていると答えてくれた。


「なるほど。ならマッチや魔法を使った着火具は使われていない?」

「マッチねぇ……確かに商人はマッチを使っているし、お貴族様のお屋敷だと魔導具が使われてるって聞いた事はあるけどさ」

「ふむ。参考になりました、ありがとう」


 どうやら、当座の活動資金の目星は付いた。

 そう思いながらオレは再び街中へと戻り、街で一番大きな商会を訪れた。


「貴方が何やら珍しい品のお売りになりたいと言う方かな?」

「ええ、お初にお目に掛かります。ヤクザと呼ばれている者です」


 そう名乗りながら、オレは自分からヤクザと名乗ることに違和感を感じた。だがすでに女将達にはそう名乗ってしまった以上、今さら別の名を名乗るのもおかしな気がして、違和感を脳裏から振り払った。


 オレが訪問したのはマードック商会なる道具屋で、日用雑貨だけでなくマジックアイテムの取り扱いも行っている大店だ。

 対応に出て来たのはおそらく番頭クラスの人間だろう。

 さすがに身元不明の一見を相手に会頭が出てくることはないかと思いながら、オレは商談を開始した。


 今回、オレが売り込むのは数少ない所持品の中でも手放して惜しくなく、そして高値が期待できるものだ。


 バーレイ(麦の穂)パターンが刻まれたプラチナ製のボディと側面に取り付けられた大型のローラーが特徴的なライター。

 オレの愛用品ではあるが、背に腹は代えられない。


「ほう、これは……なんですかな?」

「魔導具にして工芸品ですよ。とある王国でごく少数製造された貴重品で、オレの国では金持ち達がこぞって求める一級品……いや、特級品です」

「魔導具……どのような効果があるのですか?」

「論より証拠といいますからね。このように……」


 オレはライターを片手で持ち、番頭に見えるように示しながら親指でキャップを押し上げると、キィーンという金属音が響く。次いで親指の腹でローラーを回転させると、たちどころに火が灯った。

 オレにとっては毎日何度も行っている日常動作だが、オレの手元を見ていた番頭は目を大きく見開いた。


「おおっ!?呪文の詠唱も魔力の充填もなく火が……!」

「いかがですか?素材も宝物に相応しいプラチナ製ですよ」

「これは……失礼、私では査定が難しいので会頭を呼んで参ります」


 そう言うと番頭は部屋を出て行った。

 どうやらこの英国製ライターは思ったよりも高値で売れるらしい。


 だが、上手くいったのはそこまでだった。姿を現した会頭、紹介と同じ名であるマードックと名乗ったでっぷりと太った老人はライターの価格を金貨5000枚だと見積もったが、店には今それだけの現金が無いと言い出したからだ。


「なるほど、ではいかほどなら即金でいただけますか?」

「そうじゃな……金貨500枚というところですかな。これは良い品だが、他にも支払いの約束があるのでなぁ。これほどの品なら王家に献上することも可能じゃろう。少し待てば全額……いや、1割上乗せして払うことも出来ますぞ」


 つまりオレがライターを掛け売りにすれば金貨5500枚で売れるということか。一見すると美味しい取り引きに見えるが、問題はこの話が口約束だけで終わる危険性があるということだ。

 得てして大店というのはまっとうで誠実な方法のみで成り立っているわけではないのは、日本でも良くある構図だ。


「では、契約書を作成していただけますか?」

「契約書じゃと?」

「ええ。オレも商いを生業としておりますので。それとも書面に残すのは不都合でもありますか?」

「……無論、そんな事はありませんぞ。おい、書面をもってこい」


 会頭は一瞬言いよどんでから、番頭にそう声を掛けた。

 ヤツがオレを見る目はぬらりとした光を帯びているが、あれは欲望にまみれた者に特有のもので、この取り引きには何か裏があるであろうことをオレに知らせていた。


 契約書の締結を一瞬躊躇したことから察するに、会頭はどうやら一見の客であるオレを格下と見て何らかの搾取を行おうとしている。


 どうしてそのことがオレに判るかと言えば……オレもまた、この会頭の同類だからだ。


 相手が示す取引条件や契約内容に不備があれば、そこを突いて条件をより良くさせることは経済ヤクザとしての常套手段だ。

 つまり会頭が欲を掻いてオレを欺こうとすればするほど、オレはこの男を契約という鎖で絡め取ることが出来る。


 そう、番頭が持ってきた、この契約書に存在する、致命的な問題点を指摘することで。


「ではこちらにサインをいただけますかな?」

「失礼、契約書の文言を確認させていただきたいのですが……。この項目と、こちらの項目の意図を説明願えますか?」


 オレが指摘したのは支払い総額の項目と、期日までに支払いが行われなかった場合の処理に関する文言だ。


 総額の箇所には「双方が合意した価格」と記載されているが具体的な数字はなく、また期日を過ぎた場合の割増し利息についての記載がなかった。


 つまり、この契約書にサインをすると、5500枚どころか最初の500枚で支払いが終わったと言い逃れをされる可能性がある上に、仮に5500枚だと会頭に認めさせることが出来ても「永久に支払い猶予」が可能になってしまう。


 複雑怪奇な現代社会の契約を「合法的に」こなしていたオレからすればまるで児戯のような搾取だが、契約書をろくに読まない者や、相手が大店であることで単純に信用するお人好しであればこの程度でも通用するということなのだろう。

 本来なら見くびられたと怒ってみせるところだが、ここは不快感を示すよりも実利に繋げるべきだ。


「会頭、オレは合法的で公平な取り引きを望んでいます。お判りかと思いますが……この契約書、出るところへ出れば大きな問題になるのではないですか?」

「な、なんのことか判りませんな」

「そうですか。では一度契約書は預からせていただいて、しかるべきところで文言の確認をした上でサインをさせていただきます」

「ま、待て!それは……そう、少々手間が掛かるのではないかな」


 一瞬だけ狼狽えた会頭だが、さすが商会を大きくしただけあって簡単には崩れない、か。

 この世界の事がまだ良くわからない以上、この場で欲を掻くより会頭に貸しを作っておいた方が利益は大きいだろう。

 そう考えたオレは、会頭にある提案を行った。


「では文言をこの様に修正させていただいてもかまいませんか?金額は当初の5000枚で結構です。支払期限は3ヶ月。期限を超過した場合は10日ごとに未払い残高の1割を利息として残高に加算するものとする」

「う、うむ……」


 十一(といち)……つまり10日で1割の条件を飲むとは、余程支払いに自信があるのか、それともこの世界の利率がオレの知るヤミ金レベルなのか……。

 そう思いながらもオレはさらに言葉を紡ぐ。


「上乗せ分として提示いただいた500枚分については現金ではなく、このような一文を追加することで対価としていただきたいのですが、いかがでしょう」

「なになに……もしヤクザ殿がマードックに対して支援を要請した場合、それが不可能でない限り1度だけ援助を行うことを確約する。ただし直接的な金銭援助は対象外とする……じゃと?どういうことですかな?」

「オレもこの街で腰を下ろそうと思っていましてね。何かあったときに会頭の口添えがあると助かると思いましてね」

「ふむ、つまりヤクザ殿は儂の口添えに金貨500枚の価値があると言うのじゃな?」

「ええ、そういうことです。いかがですか?」


 オレの言葉に会頭は鷹揚に頷いて見せた。

 ヤツは金貨500枚分の実利とプライドを得、オレは万が一の時のワイルドカードを得る。これは悪くない取り引きだろうし、オレとしては当然金貨500枚以上の――それがどの程度の価値を持つのかはまだ不明だが――に変えてみせればいい。

 つまり、この文言が額面以上の価値を持つかどうか、どれだけレバレッジを効かせることができるかは、オレ次第ということだ。


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