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#2

 人間、死の瞬間には色々な事を思い出すのだと聞いた事がある。

 そう、走馬灯というやつだ。


 貧しい家庭。父親の暴力。母親の浮気。成り上がろうと必死にもがき、勉強を続ける自分。ろくな思い出のないガキの頃の記憶。

 初めて抱いた……ミキだったかユカだったか、名前も忘れた女の姿。


 そんな人生の締めくくりに相応しい、お涙頂戴でクソッタレな映像が浮かぶのだと思っていた。


 だが、オレの脳裏に浮かんだ光景は、あの草コインの「利回り」を謳った数字だった。


 年率換算で見せた利率には欲の皮が突っ張った人間が喜んで飛びつくような数字が並んでいる。

 だが月次の説明を曖昧にし、手数料と紹介料と管理費を差し引いた実態は(カモ)が期待する数字とは大きくかけ離れたものとなる。


 草コインに夢を見るような連中はどうせホワイトペーパーなど読まないし、読んだところで理解できない。

 だからこちらが先に「これは最先端の金融工学です」と言ってやれば、自分が馬鹿だと思われたくない連中は訳知り顔で頷くものだ。


 だが……こうやって命を落とすのなら、結果として馬鹿だったのは……オレの方だったのか?



『--己の成したいことを成しなさい』


 いつの間にかオレの視界は純白の世界に変わっていて、ミキだかユカだかに似た風貌の女神(・・)がオレの前に立っているのが見えた。

 無責任な台詞を吐く女神の声を遠くに聞きながら……オレの意識は、白い世界に飲まれていった。



 オレは死んだ。

 そのはずなのに。

 何故か目が開く。


 見えたのは……煤けた、天井?

 意識を失う直前に遠くでサイレンが鳴っていた気もするから、ここは病院か?

 それにしては何故こんな寂れた雰囲気の病室に?


 そう思いながら、半身を起こす。

 全身が鉛のように重い。頭を振りながら身を起こしたオレが見た光景は……到底病院には見えない、古ぼけた室内だった。


「なんだ……これは」


 ふと見下ろすと服装が替わっていた。(カモ)に舐められないようにビシッと決めたスリーピースではなく、ゴワゴワとしたみすぼらしい麻の……貫頭衣というやつに見える。

 血まみれの服よりはマシとは言え、わざわざこんな古くさいモノを調達してくるセンスが理解できない。


「おや、目が覚めたのかい?」

「……誰だ?」

「ずいぶんとご挨拶だねぇ。あたしゃここの女将だよ」


 ノックも無しに開いた扉から顔を覗かせたのは40代半ばといったところの中年女だ。

 10年……いや20年前はさぞ良い女だっただろうと思えるような風貌の……外国人だろうか?


 先ほどの体験が夢でないのなら、状況的にこの女将なる女がオレを助けてくれたということか?

 訝しくは思うが、状況を把握するための糸口としてとりあえず礼を口にする。


「これは失礼。助けていただいたようで、感謝しますよ」

「まぁ、あたしはあんたを寝かせておいただけだからね。街道脇で倒れてたアンタを見つけて拾ってくれた行商人と、傷を治してくれた神官様に感謝しなよ」

「行商人に……神官?警察や医者ではなく?」

「けいさつ……?なんだいそれは」


 ……話が合わない。いや、それ以前に今の言葉は……。

 そう言えば意識を失う前に見た幻覚のような光景と、女神のような存在。

 何かを言われたような断片的な記憶が示すのは――


「……まさか、馬鹿げた異世界ってやつか?」

「アンタ、何を言ってるのかわからないけど大丈夫かい?もう一度神官様を呼ぼうか?」

「失礼、女将。その神官というのを呼ぶと、何をして貰えるのか教えて貰えますか?」

「何ってアンタ、そりゃ神聖魔法で治癒して下さるに決まってるじゃないか」


 さも当然と言った様子で女将は魔法という世迷い言を口にした。

 いや、既に女将は一度神官を呼んでいると言っていた。ならもしかして……。


 そう思ったオレは貫頭衣をまくり上げ、あの馬鹿に刺された部分に目をやった。

 果たしてそこには……薄くなってはいるが、明らかな刺し傷の痕。


「傷、ちゃんと治ってるだろ?神官様にちゃんと感謝するんだよ。あと、お布施はあたしが立て替えておいたけど……」

「立て替え?それは重ね重ね申し訳無い。オレの服に財布があったはずですが……」

「アンタの持ち物ならそこに置いてあるよ」


 女将が示す先には財布と、時計と、ライターとタバコ。そしてスマホが置かれている。起き上がったオレはまずスマホを確認した。

 表示されている日付は記憶にある通りで、オレが夢を見ていた訳ではないことは確認出来た。しかし電波は圏外でネットにも繋がらない。

 仕方なく財布を手に取り、中から万札を取り出そうとして気が付いた。もしここが異世界ってやつなら、万札で支払いができるはずもない。


「失礼、支払いをしたいのですが生憎と手持ちが無いようで」

「だろうね。アンタ、刺されて街道に放置されてたってことは野盗にでも襲われたんだろ?命があっただけでも儲けもんだよ」

「……野盗って、ゲームの世界かよ」


 思わずそんなぼやきが口に出る。オレ自身はゲームやアニメにさして興味は無いが、(カモ)と会話をするための足がかりとしてある程度その手の情報も仕入れてはいる。

 信じられないことだが、オレの身に起こったのは、アニメやパチスロでよく見かける異世界転生やら異世界転移やらという状況のようだ。



 その後、お人好しな女将は宿代はツケでいいと言い、オレに食事を提供してくれた。

 出されたものはスープの中にパンが浮かんだようなもの。


 イタリアンの店で喰ったことのあるズッパに似てるが、味付けは随分と薄い。


 だがタダ飯を喰わせて貰って文句を言うのは三流のすることだ。

 いずれこの女将に本当に旨いものを喰わせて、オレに出した食事が如何に粗末であったかを理解させるというのが、オレの美学にあった報復のしかたというものだ。


 しかし、まさかオレが異世界へ来るとは思ってもみなかった。食事をしながら女将とその息子――それぞれオルガ、フィリップと名乗っていたが、今のオレにとってこの2人はそう利用価値がある訳でもない。なら「女将」と「息子」で十分だ――の話によるとオレが今いる場所はマーネイ王国のラーゼンという街らしく、国内では3番目に大きな街にあたるそうだ。


 街道沿いには森が広がり、ダンジョンが存在し、魔物や野盗が出没すると聞き、あまりも王道な状況にオレは思わず天を仰ぎ嘆息した。



 これまでオレはただひたすらカネを稼ぐことだけを目的に生きてきた。

 カネを稼いで何をするかなんて考えたこともなかったが、それでもカネがカネを呼ぶことにただ喜びを感じて。


 だが、オレは異世界へ飛ばされ、稼いだカネも全て水の泡だ。

 おそらくオレの稼いだカネは組の連中が下らないことに散在するのだろう。

 オレが築き上げたスキームも、オレを失って崩壊するか、もしくは価値のわからない馬鹿どもに食い潰されることになるかもしれない。


 そんな事を考えると、オレはまるで回収不能な債権を抱えたようなやるせない気分になった。

 この世界にはオレが商えるような金融商品があるとも思えない。

 SPVも、キャッシュフローも、ポートフォリオも、ホワイトペーパーも……ひょっとしたら契約書さえも存在していない可能性すら考えられる。


 なら……異世界へ来たオレは、これまでとは違う生き方をしてみるのも良いかも知れない。

 そう、デジタルデトックスならぬ、ビジネスデトックスというやつだ。



「そういえばあんた、名前をまだ聞いてなかったね?」

「ああ、オレは――」


 現実世界に置き去りにした恋人(カネ)の事を想い、黄昏れていたオレは女将が発した問いに現実に――いや異世界に引き戻された。


 オレは自分の名を名乗ろうとして、ふと考える。

 ここが異世界で、オレは何者でもない新しい人生を歩むことになるなら。

 日本人の名を名乗る必要があるのか、と。

 一瞬躊躇したオレが口にした名は――。


「ヤクザ、と呼んでください。故郷でもそう呼ばれていましたから」


 新しい生き方をするにしても、きっとオレはオレのままでこれまでの生き方を完全に捨てきれないだろう。

 なら、オレが新たに名乗る名は、オレの勲章であるべきだ。


「ヤクザ……変わった名前だね?」

「まぁ、二つ名みたいなもんですよ」

「へー、おじちゃん二つ名持ちなんだ!立派な冒険者なんだね!」


 息子の言葉に苦笑しながら、冒険者という言葉を胸の奥でかみしめる。


 馬鹿みたいな暴力でもう一度殺されるのはゴメンだが、異世界で誰かのヒモや飼い犬になるのはヤクザとしての沽券に関わる。


 息子が言うには冒険者といっても皆が皆剣を振り回す粗暴な連中ばかりではないそうだ。意外にも交渉ごとや債権の回収も冒険者が担っているらしく、それらはオレの得意分野だ。

 ならフリーランスヤクザの延長として、ここでも合法的に冒険者稼業を営むのも悪くはないだろう。


 その考えはとても良いことのように思えた。


 ――その時は、まだ。


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