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#1

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注意:この物語はフィクションです。

 作中に登場する人物、組織、国家、法律、契約実務および各種暗黒ビジネスメソッドは全て架空のものです。

 実在のものとは一切関係ありません。

 また本作は反社会的行為や違法・脱法行為を推奨、容認、称賛するものではありません。合法的に見えても駄目なものは駄目なのです。


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 「ヤクザ」と呼ばれることは、オレにとってある種の勲章だった。


 確かにオレは他人にいかがわしい儲け話を売りつけ、カネを吸い上げることを生業にしている。

 けどその取り引きは、法も、商習慣も、契約も全てクリアしたもので、相手には自由意志で契約を結ばせている。だから、相手はたとえ損をしても不法や契約上の不備を理由にオレを糾弾することはできない。


 そしてオレがその事実を指摘してやると、連中は決まって最後には感情的になりオレのことを「ヤクザ」だと罵ってくる。

 だかそれはオレにとって連中を「合法的に」完封し、奴らが感情でしか反論できなくなった証しでしかない。


 つまり、オレにとって弱者の吐く「ヤクザ」という言葉は無上の誉め言葉だということだ。



「テメェ……オレ達を売りやがったな!?」


 昼下がり、雑居ビルの裏手。

 唾を飛ばしながら吠える禿頭の男を前に、オレは内心で嘆息しながら言った。


「さて、何のことです?オレはただの善良な市民ですよ。そちらのような物騒な方々と関わりを持った覚えはありませんがね」

「ぬかせ!テメェだってヤクザだろうが!うちのシノギを潰そうって魂胆が見え見えなんだよ!」


 そう、この禿頭もヤクザ……いや、オレの中でこの手の連中はヤクザではなく暴力団という分類だが、ともあれ実に実に品のないことだと呆れるほかない。


 こういう手合いを見るたびにオレは思う。

 時代遅れで、何事も暴力で解決できると考えている連中ほど、自分達が絶滅危惧種だという事実を理解していない、と。


 目の前の禿頭は、都内で小金を回しているだけの三流だ。

 法定利率を平気で踏み越え、返済が滞れば夜討ち朝駆けで怒鳴り込み、債務者の家族まで脅す。

 昭和の亡霊みたいな商売で、まだ食っていけると思っているらしい。


「お言葉ですがね。あんたらみたいなやり方は迷惑なんですよ」

「……あぁ?」

「法定利率は無視する。取り立ては暴力頼み。挙げ句の果てに人目のある場所でシノギだのヤクザだのと大声で喚く。そういうのをやられると、こっちまで同類だと思われるでしょう?」


 禿頭の額に青筋が浮かぶ。


「テメェ……!」

「暴力ってのは下の下なんですよ。怖がらせて奪うだけなら犬でも出来る。相手に自分の意思でサインをさせて、逃げ道があると信じ込ませたまま縛る。それが商売でしょう?」


 禿頭の拳がわずかに上がる。

 オレの言葉に激昂したのか一目でわかる。

 だが、それも計算通りだ。


 丁度その時、表通りの方から慌ただしい足音が響いてきた。二人、三人ではない。もっと大勢だ。

 禿頭も足音に気付いたのか、顔色が変わる。


「……おい!」

「言ったでしょう。オレは善良な市民だって」


 スーツの胸元を軽く整えながら、オレは笑う。


「善良な市民は違法業者を見かけたら然るべきところへ相談するものですよ。法定利率を超えた貸し付けに、違法な取り立て。しかも関係資料(エビデンス)付きともなれば、あちらさん(警察)もよく動いてくれる」

「テメェ……最初から……!」

「まさか。最初からじゃありませんよ。あんたらが勝手に尻尾を見せてくれただけじゃないですか」


 建物の角を曲がった先で誰かが禿頭の名を呼んだ。

 それは怒声ではなく、公的な立場の人間に特有の、妙に硬く無機質な声だった。


 禿頭はオレを睨み付けたまま後ずさる。


「くそっ……覚えてやがれ!」

「三流はみんな同じことを言うんで、そんな台詞をいちいち覚えておく価値はありませんね」


 禿頭は舌打ちを残して駆け出していった。

 逃げ切れるとは思えない。事務所も名義も口座も、もう既に警察は把握しているだろうから。


 禿頭を見送ったオレはポケットからスマホを取り出し、短縮登録した番号へ発信する。

 コールは一度で繋がった。


「……ああ、先生。今終わりました。ええ、問題ありません。向こうも随分と取り乱していましたから、あとは予定通りで。回収可能な債権だけ、例の受け皿に移してください。債務者への通知文面は前回と同じで構いません。ええ『今後は適法な範囲で分割返済が可能になります』その一文を入れておけば十分です」


 用件だけ告げて通話を切る。

 オレが潰したヤミ金事務所が抱えていた債権は、表向きはまっとうな金融会社が引き取ることになる。

 違法な金利は削り、返済計画を組み直す。債務者は胸を撫で下ろすだろう。

 ……前よりマシになった、と。


 そのうえで、手数料、事務経費、再契約の諸条件をつけて、オレにきっちり利益が出るように設計してやればいい。


 暴力で奪うのは三流だ。

 あくまで合法的に、書面に自分からサインさせる。


 今時のヤクザはそうやって賢くビジネスを拡大するのが正解ってもんだ。



 この所オレが中心的に商っているのはいわゆる草コインやトークンと呼ばれる形無き商品だ。

 暗号資産なんていう小洒落た呼び方をするヤツもいるが、オレに言わせればこんなものはなんの実体も伴わない「価値無き価値」に無理矢理値を付けて売り買いしているお遊びでしかない。

 だがそのお遊びでカネが動く以上、欲の皮を突っ張らせた「お客さん(カモ)」がいくらでも湧いてくるというのも事実だ。


 たとえばそう、今まさにオレの前に立っている……名も知らぬ中年男のように。


「お前……お前が儲かるって言ったから、貯金を全部はたいたんだぞ……!」

「さて、何の事ですか?お話しが良く見えませんが。契約書はお読みになられましたか?」

「読んださ!でも、お前が必ず儲かるって……」

「それは有り得ませんね。投資において確実な利益を保証することは違法です。オレが言ったのは『値上がりが期待できる』という言葉ですよ。なんなら録画もありますが、確認されますか?」

「……ちっ!」

「それに何か勘違いされているようですが、これは投資ではなく特定のメタバース空間でしか使えない鑑賞用データ、NFT的なものですよ?」

「なんだよ、それ……知るかよ、そんな事!」


 毒づきたいのはオレの方だ。

 これまでは何とかという動画配信者を前面に押し立てたネットでのステマを行っていたというのに、あの野郎が行方をくらませたせいでオレが表に出ざるを得なくなった。

 旬の草コインを売り抜けるためには他の配信者を探す時間的な余裕はなく、仕方なしに自分で配信をおこなった結果が、これだ。

 けどこの後の展開は読めている。今回の草コインも全てにおいて合法な取り引きの範疇に収まっているからだ。


 暗号資産が仮想通貨と呼ばれていた頃に、何かの役に立つかと思って作っておいたペーパーカンパニー。それを使って規制が緩かった頃に暗号資産交換業者としての審査は通してある。

 今回の商材がそもそも金融商品取引法に引っかからないことも確認済みだし、契約書にもその旨は明記した。


 つまりオレが売った海外発祥の草コインはジョークグッズの範疇に含まれるもので、そんなものに全財産をはたこうなんて考える方がそもそも間違っている。


 ……まぁ、そう仕向けたのはオレなんだが。

 この後、極めて高い確率でこのお客さん(カモ)はオレをヤクザと罵り、オレの勲章がまた一つ増える。

 そう思っていた。


「くそっ、このヤクザが……」

「いいですね、『ヤクザ』。結構ですよ」

「……殺してやる!」


 そう言って男は手にしていた紙袋から、安っぽい包丁を取り出した。

 100円均一の雑貨屋で売っていそうな、プラスチックの柄を握りしめた男の手が震えている。


「止めた方がいいですよ、お客さん。オレを刺してもあんたの財産は戻ってこない。それどころか傷害の罪でブタ箱行きだ。これ以上損失を重ねるのは愚かなことだと思いますがね?」


 それは煽りでも何でもなく、オレの本心だった。

 サンクコストを考えればオレを刺して一時の憂さ晴らしをするよりも、再起のために地道に働くのが正解だ。そして再びカネが貯まったら……またオレの食い物になってくれれば、なおいい。


 そう。暴力を振るったところで何も解決しないばかりか事態は悪くなる。

 理由は簡単だ。

 暴力は決して「合法」たりえないからだ――


 だがオレのそんな思考は腹部への衝撃で強制的に中断させられた。

 冷たい感覚の数瞬後に熱さが込み上げてくる。

 痛みは……さらにその後だった。


 刺された。

 そして、オレを刺した中年男の目は流していて、それが妙に腹立たしかった。

 自分を被害者だと思い込んだ加害者。

 暴力で何かを変えられると思う愚か者。


「ふざ……けるな……」


 口からこぼれ出たオレの声は、まるでオレのものではないかのように掠れていた。


 これがただのいざこざなら正当な認可を受けた事業者と投資家との間におきた民事上のトラブルということでカタが付いたものを。

 些細なことをわざわざ刑事事件に発展させるとは、やはり暴力に頼ろうとするものは――オレの想定以上に愚かだ。


 そんな事を考えている間にも視界が傾き、膝から力が抜けたことを自覚した。


 手を付いた地面が濡れている。今日は快晴だったはずなのに。

 かすみ始めた視線を指先に向けると赤黒い液体が絡みついていた。それが自分の血だと理解するのと、男が訳のわからないことをわめきながら逃げ出すのは同時だった。


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