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#21

 シェラザードの視線が、コーディリアの顔から杖を突く足へと落ちる。

 その赤い瞳に仄かな輝きが宿っている様子から、おそらくコーディリアを人間鑑定しているのだろう。


「失礼、ご令嬢。……ああ、確かに前アルスマン子爵のご令嬢、コーディリア殿で間違いありませぬな」

「シェラザード、コーディリアが死んだという話はいつ、どこで聞いた?」

「現在の財務官殿が、前子爵が亡くなられた折りに姪御も亡くなられたと社交界で嘆いておられたと聞きましたが」

「だ、そうだ」

「ええ、大方そんなとこだろうと思っていました」


 どうやらコーディリアの叔父はこいつを商業ギルドに放り込み家督を継げなくする企みの仕上げとして、社交界でコーディリアが死亡したという情報を広げていたということか。

 コーディリアの生存を知らなければこいつを探し出して子爵位を狙う男も現れないだろうが、小賢しい知恵が回ることだ。


「それで、2人には面識があるということで間違いないんだな?」

「うむ」

「なら、互いに紹介する必要がなくて幸いだ。コーディリア、今日からシェラザードがお前の護衛になる」

「え?魔王討伐戦の英雄であるシェラザード様が、私の護衛に!?」


 いつも表情が薄いコーディリアの顔に明らかな歓喜が浮かぶ。

 なんだ、これは……。

 いや、それ以前に今、こいつはなんと言った?


「シェラザード?魔王討伐戦の英雄とはどういうことだ?」

「それは……その、コーディリア嬢に懇願され、事実をお話ししたまでです」

「ええ、そうですよ!シェラザード様は異世界の勇者様と魔王の戦いに参加され、勇者様と同じ戦場で命懸けの戦いを行われていたとお話しして下さいました」

「勇者と同じ戦場、だと?」

「……う、嘘はついてないぞ」


 確かにシェラザードが魔王討伐戦に参加していたのは事実だろうし、勇者と同じ戦場で命懸けで戦っていたのも事実だろう。

 ただし、勇者の傍らに立って、ではなく勇者と相対して……だが。


「概ね事情は分かった。詳しい話は後で聞かせてもらうが……。コーディリア、シェラザードが住み込みの護衛に付くことは異存はないな?」

「もちろんです!シェラザード様とまたお会い出来るなんて、夢のようです」

「コーディリア殿……いえ、奥方様。我は主殿に剣を捧げた身であるが故に我のことはシェラザードとお呼び頂ければ」

「奥方……!?ボス!?シェラザード様になにを吹き込んだんですか!?」

「オレは何も言ってない。あと様は付けるなと本人が希望しているぞ?」


 狼狽えるコーディリアというのは非常に珍しいが、このままでは話が進みそうにない。なのでオレは強引にこの件を終わらせることにした。


「シェラザードはコーディリアの隣の部屋を使え。客間だが好きにしてくれてかまわない」

「は、ありがたき幸せ。奥方様の身は我が命と名誉にかけて御守りいたします」

「あの、シェラザードさ……いえ、シェラザード。私のことは、昔のようにコーディと呼んで頂ければ」

「承知しました、コーディ」


 そう言えば商業ギルドの受付嬢もこいつのことをコーディと呼んでいたか。

 子供の頃の愛称、あるいは親しい者に許された呼び名ということなのだろう。


「おい、コーディ。今日の晩飯はシェラザードの歓迎会を兼ねて豪勢にしろ」

「ちょ、ボス!?ボスはちゃんとコーディリアと呼んでください」

「……ちっ」

「主殿、食事の用意はメイドである我が行いますぞ」

「いや、お前の歓迎会だろうが……」


 オレはコーディリアがダークエルフに偏見を持っているのだと思い込んでいたようだが、どうやらコーディリアはダークエルフ……というよりシェラザード本人に好意を抱いているようだ。

 なら、護衛との関係性についてオレが気を揉む必要はないだろう。



 そしてその日の夜。


「あ、あの……この方は……?」


 日報を持って事務所へ顔を出したマールは、コーディリアの傍らに寄り添うように控えるメイドを見て表情を強ばらせた。


 ダークエルフに対する恐怖か、それとも嫌悪か。

 いや、マールは冒険者ギルドの職員でもある。

 様々な人種が訪れるギルドカウンターでの業務を経験しているマールが異種族に偏見を持つとは考えにくい。


 ならシェラザードが初見のマールを威圧している?

 メイド姿とは言え武人であるシェラザードのことだ。殺気のようなものを放っているのかもしれない。

 武闘派ではないオレには特に何も感じられないが、それでも四六時中殺気を放たれると要らぬ諍いを起こす可能性がある。


 だが、オレがシェラザードに威圧を止めるよう指示を行う前にマールが口を開いた。


「どうして、お姉様とそんなに親密なんですか……!」

「……?主殿、コーディ?この者は……」

「こ、コーディ!?それ、お姉様のことですか!?どうしてポッと出の人がお姉様を愛称で呼んでるんですか!」


 ……うん?

 いつものおずおずとした様子が嘘のように声を張り上げるマール。

 その姿にオレは戸惑ったが、こいつが何を言わんとしているのかは理解出来た。

 コーディリアを巡る嫉妬か何かなのだろう……。


 どうもシェラザードを巡る関係性はオレの予想の斜め上で展開される。

 さすが魔王軍四天王と言ったところだろうか。


「落ち着け、マール。こいつは新たに雇った護衛、戦闘メイドだ。見ての通りダークエルフだが……」

「会頭!どうしてこの人はお姉様と親しいんですか!?」

「話を聞いているか?……まぁ、偶然顔なじみだったらしいが」

「そんな偶然、信じられません!きっとこの人はお姉様を狙った刺客です!」

「いや刺客ではなくコーディリアの護衛なんだが……」


 オレの言葉など耳に入っていないのか、マールは鼻息も荒くシェラザードを睨み付けている。

 だが猛者であるシェラザードは小娘一人の敵意など気にした様子も見せず、肩をすくめて見せた。


「マール、シェラザードは本当に私の知り合いです。幼い頃に良くして頂いた、私の憧れの英雄なんです」

「お姉様の、憧れの人……!?」


 コーディリアの言葉にマールはショックを受けたかのように立ち尽くすと、コーディリアとシェラザードの二人へ交互に視線を送る。


「詳しい話は飯の時にでも聞け。シェラザードはメイドだから今後は住み込みで商会の家事全般も担当して貰うからな」

「住み込み……この人が?」

「メイドで護衛なんだ。通いの方が不自然だろう」


 オレがそう告げると、マールはオレの胸ぐらにつかみかからんばかりの勢いで言った。


「会頭!私、私も今日からここで住み込みます!」

「……どうしてそうなる?」

「だって、お姉様が憧れの人と一緒に暮らすんですよ!だったら私も憧れのお姉様と暮らすべきです!」


 どういう理屈なのかさっぱり意味が分からないが、コーディリアに視線をやると無言で首肯された。


 確かにマールが実家であるマルレイン工房の経営を引き継ぐに当たり、アドバイザーであるコーディリアと緊密な意思疎通をはかる必要がある。


 それに経営権継承にあたって兄や姉と揉める可能性も否定できない。

 なら、ここに住まわせた方が諸々の面で効率的だろうか?


「私、お姉様の部屋に住みますから!」

「えっと……マール?それはできたら遠慮して欲しいのですが」

「じゃあ、お姉様の隣の部屋を……!」

「そこは我の部屋になったが」

「会頭!ずるいです!」


 ……従業員の管理はオレの役目ではあるが、部屋割りまではオレの知ったことではない。

 3人で適当に決めさせるしかないだろう。


 足の悪いコーディリアの部屋を動かすことが出来ない以上、護衛でありメイドでもあるシェラザードの部屋を2階に配置するのは合理的ではない。


 2階には物置を合わせて4部屋があるが、オレの隣室は「コーディリアの嬌声がマールの教育に良くない」という理由で却下され、結局はオレの部屋から最も遠い、今は倉庫として使っている部屋をマールの部屋にすることになった。


「……私、そんなに声が大きいですか?」

「ああ、かなり大きいぞ。自覚がなかったのか?」

「……ボスの意地悪」

「主殿と奥方様は仲がよろしいですな」

「シェラザード!?」

「お姉様、私とも仲良くしてください!」


 随分と賑やかなことだが……こいつらはここが債務者が絶望の表情を浮かべ、借金奴隷へと堕ちる、ヤクザの経営する闇金事務所だと理解しているのか?


 いや、それ以前に……オレの身の回りは随分と改変の影響が出ているが、アーノルド達を巡る本筋には影響が出ていないだろうか?

 これ以上予想外の事が起きなければいいのだが。


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