#20
オレの前に姿を現したのは、白い髪に暗褐色の肌を持つ美しい女だった。
日本でも多くの商売女を見たが、これは次元が違う。
いや、それもそうか。ここは異世界で、眼前の女はそもそも人間ではないのだから。
服装はクラシカルなメイド服だが、スカート丈は妙に短く、左腕には甲冑を身につけている。
アキバの風俗店にでもいそうな、少々痛いコスプレ衣装のようだが……。これは何とかという伯爵の趣味なのだろうか?
そんなどうでもいいことを思いながら、オレは眼前の女に声を掛ける。
「初めまして、オレのことはヤクザと呼んで頂ければ」
「我が名はシェラザード。それで、貴君が我が主になって下さる方か?」
「ええ、そうなれれば良いと思っていますが……」
挨拶を済ませた後、オレはサングラスを外すふりをしながら魔導具に触れシェラザードの簡易鑑定を行った。
『レベル6:暗黒騎士』
表示された情報は、この女の戦闘メイドという職が偽装であることを雄弁に告げていた。
「まず最初に確認させて頂きたいんですが。……暗黒騎士というのは、勇者を殺せるものですかね?」
「……ほう。その眼鏡は魔導具か。断りなく他者の能力を覗き見るのは無作法だが……なら、我が同じ事をしても咎めまいな?」
そう言って薄く笑うシェラザードの赤い瞳に仄かな輝きが宿る。
呪文の類いは使っていなかったようだが……あれも人間鑑定の一種か?
「カナデ・ソエジマ……?聞き慣れぬ響きの名だが……。ふむ……面白い。貴君は自殺願望でもあるのか?」
「……なるほど、オレの詳細なステータスを見たということか」
「ふん。雰囲気が変わったな、勇者よ。それで?ここで殺し合いをするのか?」
端正な顔に獰猛そうな笑みを浮かべるシェラザード。
その言葉は先ほどオレが問うた「勇者を殺せるのか」という問いに答えるものだとオレは理解した。
「いや。オレがお前に望むのは護衛だ」
「ほう?勇者が魔王軍四天王の我を護衛に雇いたいと?」
「……四天王だ?」
「なんだ、貴君の鑑定では我の経歴までは見えなんだか?なら改めて自己紹介をしよう。我は魔王ゴルハムンノス様にお仕えする魔王軍四天王が一人、雷のシェラザード。もっとも我が忠義を捧げる主は討たれて久しく、我自身も勇者に敗北してこのザマだがな」
そう言うとシェラザードは肩から先が甲冑で覆われた左腕を掲げてみせた。
「勇者と戦った事があるのか?」
「ああ。異世界から召喚された憎き勇者。そう言えばお前とどことなく似ているな。黒い髪に黒い瞳、それに黄色い肌……。名の響きもあの忌々しい勇者にどこか似通っているようにも思える」
「異世界からの勇者か……そいつの名は?」
「タカアキ・サイトウ。そう名乗っていたが」
その名は明らかにこの世界の名ではない。いや、むしろ日本人のものだと考えた方がしっくりとくる名前だ。
なるほど、オレがここへ飛ばされたのと同じように、数十年前に日本人が飛ばされてきていたということか。
……だが、そんなことはオレにとってどうでもいいことだ。
「それで、シェラザード。オレに雇われる気はあるか?」
「面白いことを言うな、貴君は。我は敗れたとはいえ魔王軍の将。そして貴君は魔王と対峙する定めを持つ勇者であろう?」
「オレのステータスを見たのなら気付いているだろう?オレは勇者であり、ヤクザだ」
「そう言えば貴君は自身のことをヤクザと名乗っていたな。異世界の言葉だとは思うが……それはどういう意味だ?」
「ヤクザはオレのプライドを体現する言葉だ。そして……悪の象徴でもある。オレは自身の職が勇者でありヤクザであるということを、一人二役のマッチポンプだと理解している」
「……どういう意味だ?」
オレの言葉にシェラザードは怪訝げな表情を浮かべる。
それもそうか。おそらくこの世界にマッチポンプなんて言葉は存在しないのだろう。
「オレは秩序を重んじるが、その本質は悪だ。そんなオレが勇者である筈がない。だがオレは単なる勇者ではなく、勇者にしてヤクザだ。それが意味するのは、魔王と勇者の一人二役を演じる定めを負わされている……オレはそう理解している」
「ほう……。なら貴君は魔王としてこの世界を滅ぼす意思があると?」
「滅ぼす?そんなことをしてもカネにはならんさ。定めなんて糞食らえだ。オレが目指すのは誰にも邪魔されず、オレが思うまま自由に生きること。そしてカネを稼ぐことだ」
シェラザードは一瞬、あっけにとられたような表情を浮かべた後、哄笑した。
「面白いな、貴君は。それに貴君が新たな魔王であるなら……我は暗黒騎士として貴君に剣を捧げる義務がある」
「いや、オレが雇いたいのは騎士ではなく護衛を務める戦闘メイドだが?」
オレの言葉にシェラザードはニヤリと笑うと席を立ち、おもむろに臣下の礼を取った。
「暗黒騎士シェラザード。これより魔王様の麾下に入ります。なんなりとご命令を」
「雇用契約は結ばないのか?」
「ご冗談を。女神は我らの敵ですぞ?」
契約と商業の女神が大きな神殿を構えるこのラーゼンで女神を敵と公言するとは、このダークエルフを商業ギルドが推薦を躊躇う理由として十分すぎるとオレは思った。
その後、シェラザードと雇用条件についてすり合わせを行おうとしたが、この暗黒騎士は二言目には「主命であれば」と条件を丸呑みしようとしてきた。
王と家臣……いや、魔王と四天王の関係というのがどういうものなのかはオレには判らないが、全てを唯々諾々と受け入れられると逆に信用できなくなる。
そう考えたオレは一計を案じることにした。
「シェラザード。オレが商会の会頭を演じているのと同じように、お前には商会に所属する戦闘メイドを演じてもらう」
「承知しました、魔王様」
「あと、魔王もなしだ」
「では、何とお呼びすれば?」
「……お前が最優先で警護する対象のコーディリアはボスと呼ぶが」
「お妃様と同じ呼び方は出来ませぬ。なら……主殿とお呼びするのはいかがでしょう」
「まぁ、好きにしろ。あと、コーディリアはオレの愛人だが、妻ではないからな」
「……承知しました、主殿」
魔王軍四天王から「魔王の愛人」と認知されたと知ったらコーディリアはどんな顔をするだろうか。仏頂面か、それとも驚愕か。
そんなことを考えながら、オレはシェラザードを伴って事務所へと帰還した。
「お帰りなさい、ボス。……ってメイドを連れ込みですか?住み込みでの採用は――」
扉を開き、オレが事務所に戻ったことを確認したコーディリアは、オレがメイド服姿の女を帯同していることに憮然とした表情を浮かべ、文句を言いかけた。
だがオレの背後にいるのがダークエルフのシェラザードであることを見て取ったのか、驚いた表情で言葉を切ると、こいつにしては珍しいことに目を大きく見開いてシェラザードのことを凝視している。
商業ギルドで受付嬢の言動からシェラザード……というよりもダークエルフという種族そのものに対する偏見や嫌悪のようなものがあることはオレも薄々察している。
となればコーディリアのこの反応も十中八九、オレが連れ戻ったメイドが魔王領出身者であることに対する反応だろう。
「コーディリア、こいつは今日からオレの傘下に入った戦闘メイドだ。名は――」
「シェラザード、様?」
「……うん?シェラザード、お前は有名人なのか?」
「いえ。我はオルレアン殿の側仕えをしておりましたし、事情があります故、公の場に出たことはありませぬが」
「なら、知り合いか?」
「はて……。人間種族はすぐに姿形が変わります故、生憎と記憶には……」
オレがシェラザードに状況を確認していると、デスクから立ち上がったコーディリアが杖を突き、無言でこちらに向かって歩み寄ってきた。
「やっぱり、シェラザード様!お忘れですか?私です。アルスマン子爵家のコーディリアです。幼き頃、父と共にオルレアン伯爵様のお屋敷へ伺った際に2度ほどお会いしたことがございます」
「財務官殿の……?いや、確かに面影は……。だが、コーディリア殿は事故で亡くなられたと伺っておりますが」
端正な顔に困惑と疑念の表情を浮かべ、シェラザードはそう言う。




