#19
しばらくしてマールが落ち着いた頃を見計らって事務所に戻ったオレは、さっそくマールに経営判断を迫ることにした。
「マルレイン工房がグレイディア商会の傘下に入った以上、工房の屋号はこちらで変更することが出来る。マール、命名権をお前にやるから、好きな名前を付けろ。グレイディア工房でも、コーディリア工房でもいいぞ」
「ちょ、ボス!?」
「お姉様の名前の工房……」
「マール!?」
冗談めかして言った一言にマールは目を輝かせ、コーディリアはそんなマールの様子に焦っている。
だがしばらく考えた後、マールはオレの目を見て言った。
「なら、工房の名前は……マルレイン工房のままがいいです」
「そうか、判った」
「……あの、理由を聞いたり、駄目だと言ったりしないんですか……?」
「これはお前が初めて行う『経営判断』だ。そして明らかな間違いでもしないかぎり、オレもコーディリアもお前の経営判断に口出しはしない」
「……あ……」
「マール。経営が難しいものであることは否定しませんが、この街に存在している多くの商会や工房、露店の店主達もみな経営者ですし、それぞれが経営判断を行っています。多くの店主に出来ることがあなたにはできないなんて……少なくとも私もボスも、思っていませんから」
「お姉様……」
まぁ、こいつの両親のような凡庸な経営者はしばしば店を潰すものだが、今ここで指摘する必要もないだろう。
だがまた空気が湿っぽくなってきた。
「……おい、コーディリア。そろそろ腹が減ったぞ」
「はいはい。今夜はマールの経営者就任祝いを兼ねて豪勢にしてありますよ」
「え?……私も、いいんですか?」
「もちろんだ。あと、今日もコーディリアの部屋に泊まっていけ。これは業務命令だ」
「……はい!」
戸惑い顔だったマールは、笑顔になるとコーディリアに抱きついた。
マルレイン工房にまつわる問題が片付いた翌日、オレは商業ギルドに赴いた。
もはやオレにとって、なくてはならない右腕となったコーディリアを紹介したのが商業ギルドだったことを考えれば、この組織が持つ人材の層は侮れない。
オレが求める護衛職も、もしかしたら……そんな期待を抱きながら、オレは商業ギルドの受付に紹介を希望する人材の条件を記した書類を提出した。
「たしかに賜りました。……ところでヤクザ様?そろそろコーディのことを考えてあげていただけませんか?」
「……コーディリアの?どういうことですかね?」
「いえ、その……彼女ももうそれなりの年齢ですし。貴族家への輿入れは難しいでしょうから、ヤクザ様が……」
「コーディリアはオレの右腕ですが、そういう関係ではありませんので」
余計な事を言ってくる受付嬢にそう答えながらも、そういう関係とはどういう関係なのかとオレは思わず自問してしまう。
確かにあいつはオレの右腕で、契約によって抱く愛人でもある。
あいつは冗談でオレに結婚を持ちかけてきたが、オレ達が互いに抱いているのは恋愛感情ではなく共犯意識のようなもののはずだ。
……だが、心の片隅でそうではないと囁く声が聞こえる。
オレを守るために血まみれになって斃れたあいつの屍を抱きしめたとき、オレは強い喪失感を感じた。
それは……ただビジネス上のパートナーを失った際に抱く感情とは、どこか違っていたようにも思える。
その感情が何なのか――。
「お待たせしました、ヤクザ様。1名だけですが、ご希望の条件に合う求職者がおりました。……ただ、この方は正直あまりお勧めできませんが……」
「どういうことです?」
「奥の部屋で一度、身上書を確認していただければ、おそらくすぐにご理解頂けると思いますが……」
そう言うと少し困り顔をした受付嬢はオレを隣室へと案内した。
渡された身上書に記されていた名はシェラザード。
名前の響きからすると高貴な身分のようにも思えるが、姓は記されていない。どうやらコーディリアと同じような訳ありかと思いながら記された情報を読み解く。
オレが今回求めたのは最上位の戦闘能力と、ある程度の礼儀作法。そして最低限の読み書きだ。
雇用条件については最低でも3年以上の勤務、かつ住み込みが可能であることも指定した。
あとは可能であれば女性という指示を付けたが、これについては必要条件ではないと付記しておいた。
ただ腕っ節が強いだけの人間であれば冒険者ギルドで調達することも不可能ではない。
だがビジネスシーンに同行させるとなると、それなりの品位が必要になるし、コーディリアに帯同させるとなると男よりも女の方が融通が利く。
そう思ったのだが……。
「143歳……?なんですか、これは」
「種族欄を見ていただければお判り頂けると思いますが……」
書類から視線を上げ、受付嬢に問うと自分で確認しろと言わんばかりの答えが返ってきた。コーディリアの書類を見ていた時は余計なことまでペラペラと喋っていたと思ったが……。
そんなことを思いながら身上書の最初のページに記された種族という項目を確認する。
「ダーク……エルフ?これは?」
「見ての通り、それがあまりお勧め出来ない理由です。彼女は……魔王領の出身なのです」
オレはこの世界に来てから人間以外の種族とも多少は接点を持ったことがある。
面倒な魔導技師でもあるエルフのサブル・カムルはその筆頭格で、ヤツの能力が人よりも頭一つ抜きん出ている理由は、おそらくエルフという種がもつ長寿性にあるとオレは見ている。
そしてこのシェラザードという女もまたエルフの亜種であるなら、オレが求めた高い戦闘能力を持つことも納得はできる。
だが……魔王領出身のダークエルフだと?
「失礼、オレはダークエルフの知り合いがいないのですが、魔王領出身者だと何か問題が?誰かれ構わず襲いかかってくる可能性でも?」
「いえ、そのようなことは……。ですがシェラザード様はご年齢とご経歴から、おそらく魔王軍に所属されていたのではないかと。その、戦傷も受けておられますし」
受付嬢の言葉に書類をめくる。
と、そこには左腕の欠損という情報が記されていた。
「……隻腕で要求された戦闘力を満たしていると?」
「そのあたりはご本人に確認して頂くほかありませんが……ですが、魔導義手を使われていますので、日常業務には支障はないと申告がありました」
「日常業務?護衛ということでは……」
「いえ、シェラザード様は戦闘メイドでございますから」
……なんだ、そのトンチキな職業は。
オレは思わず頭痛を感じた。
元魔王軍のダークエルフで隻腕の戦闘メイドだと?
オレが求めているのはビジネスに立ち会えるクールな護衛であってネタ枠ではない。
だが、商業ギルドが提示したオレの条件に合う人材はこのシェラザード一人だけだ。
なら……イロモノだと切り捨てずに精査してみるべきか?
身上書を確認した所、シェラザードは魔法を使用できない純粋な戦士であるらしく、得意武器は大剣だと記されていた。
さすがにメイドが大剣を背負って屋敷の中をうろつくのは場違い過ぎると本人も判っているのか、注釈として短剣や暗器、投擲武器の類いも一通り使用可能だと記されている。
そしてメイドというのも何かの冗談ではなく、職歴の項目には半年ほど前まで実際に辺境の貴族家で護衛を兼ねた戦闘メイドとして長く仕えていたと記されていた。
「この前の職場であるオルレアン伯爵家から離職した理由は判りますか?」
「はい。何でも先代の伯爵様個人にお仕えしていたそうで、先代オルレアン伯が亡くなられたことで契約満了になったと……」
「なるほど、ではこの雇用条件にある終身雇用というのは……」
「エルフの方が提示される『終身雇用』は、ご自身のことではなく雇用主が生きている間……という意味が多いですね」
つまりこのメイドはただ雇われるのではなく、特定の相手に忠誠を尽くす騎士のような存在ということか。
なら、この女をオレの陣営に引き込めれば忠実な護衛になる可能性は高いが……。
だが、半年前に離職したということであれば、オレの前にも護衛を雇いたいと考える者が現れていてもおかしくはないはずだ。
「彼女のような優秀な人材であれば引く手あまたでは?その伯爵家も引き留めはしたのでしょう?」
「ええ。実際、護衛の雇用を希望される方に何度か紹介させて頂いたのですが、いずれもシェラザード様の方から雇用をお断りされていまして……」
「なるほど。では伯爵家の跡取りも?」
「メイドに見限られたとなると醜聞になりますから、円満退職という形にはなっていますが……おそらくは」
そうか。ならオレがこの戦闘メイドを気に入ったとしても、向こうがこちらを気に入らなければ雇用できないということか。
トンチキな女だと思ったが、中々面白そうじゃないか。
「では彼女と一度面談させて頂けますか?」
「……よろしいのでしょうか?その、ヤクザ様は信用を扱う事業を営まれていますが……」
「なに、オレは元々闇金の経営者ですよ。闇エルフならむしろ相性が良いぐらいだ」
「はぁ……そういうものでしょうか……」
受付嬢は理解出来ないといった様子で頭を振ると、シェラザードはラーゼン市内の宿に逗留しているので午後からであれば本日中に面談を設定できると言った。
オレがこのメイドの眼鏡にかなうかどうか判らない以上、早めに雇用の可否が判る方が良い。
なにせこうしている瞬間にも、アーノルド達はこのラーゼンに向かって移動を続けているのだから。




