#18
オレが事務所に戻っりしばらくした後、コーディリアがエルフローラ神殿から戻ってきた。
コーディリアは事務所へ戻るなりオレの顔を覗き込んで、言った。
「ボス、悪い笑顔を浮かべてますけど……。今度はどんな悪辣なことをしてきたんですか?」
「なに、マルレイン工房を乗っ取ってきただけだ」
「……はぁ?ボス?一応念を押しておきますけど、マルレイン工房はマールの実家ですからね?」
「ああ。だからマールをダシにして両親を追放してやったぞ」
「腹いせに出かけて行って工房を乗っ取ってくるとか、意味が判りません……」
コーディリアはそう言うが、オレは何度も説明するつもりはない。
詳しい話は夕方にマールが顔を出してからでいいだろう。
「それより神殿の方はどうだ?」
「さっぱりですね。というより危うく騎士団を呼ばれる所だったんですよ?」
「何をやったんだ、お前」
「ボスが聞けって言ったことが原因ですよ!受付が知り合いのジェーンじゃなかったら、その場で通報されてましたよ!」
ジト目でそう言うコーディリアだが、オレも事情はおおよそ察している。
なにせエルフローラ神殿へ出向いて、契約の穴を突く方法について質問するというのは、日本で言えば裁判所へ出向いて脱法手段を聞くようなものだからな。
「それで、何か判ったことはあるか?」
「まずそもそもエルフローラ様の契約を破ろうとすることが不敬であること。そして契約書による制約は絶対だということ。どちらも常識ですけど、その常識を窓口で懇々と説かれた私の身にもなってくださいよ」
「それは災難だったな」
「どうして人ごとなんですか……。だいたいボス、どうしてそんな不敬なことを思いついたんですか?」
「なに、ある男に教えて貰ったのさ」
バルタザール。
奴の使った手段はやはり契約神の定めたルールの例外、それも商業ギルド出身のコーディリアやエルフローラ神殿の信徒であるなんとかという女が知らない、機密に属する類いのものとみて間違いないだろう。
コーディリアをエルフローラ神殿へ出向かせたことで仕込みは終わった。刈り取りまで2、3日待つとするか。
オレがそんな算段をしていると、ジト目のままコーディリアが声を掛けてきた。
「……ボス?付き合う人はもう少し選んでくださいよ……」
「余計なお世話だ。……そろそろマールが来る時間か?」
「まだもう少し時間があると思いますけど……。でもボス?工房を乗っ取ったっていう話、マールには穏当に説明してくださいね?言い方、気を付けないとあの子卒倒しちゃいますよ?」
どうやらこいつはオレの事を信用していないらしい。
だが工房の経営権を奪取したことと、マールを経営者に据えることを告げる必要がある以上、遠回しな表現は無しだ。
「コーディリア、今日の話は長くなる。晩飯はマールの分も作っておいてやれ。あと泊める用意もな」
「え?今日もですか?……まぁ、あの子は寝相がいいので問題はないですけど……。私の『業務報告』はどうなるんですか?」
「それは日を改めろ」
「はーい」
不満げな表情を浮かべながらキッチンへ向かうコーディリアを見送り、オレは次に打つ手に思いを馳せる。
暴力はオレの流儀じゃないが、それでもコイツの身を守るための力は必要だ。
だが冒険者を常に身の回りに配置するのは気が進まないし、そもそも並の冒険者ではアーノルドに対抗することは難しいだろう。
「……特別な人材、か」
契約締結の場に帯同していて不自然ではない、攻撃より防御に向いた人間。
元の世界ならSPや民間軍事会社の連中が担うような仕事だが、この世界にそんな組織はあっただろうか?
オレが護衛を手配する伝手を検討している間に、マールが報告のために事務所を訪れた。
コーディリアを同席させ、まずはマールに本日分の報告を行わせる。
普通であればマールはデスクに座ったコーディリアの前に立って報告を行うが、今日は来客用のソファにオレとコーディリアが並んで座り、対面にマールが座る形での報告だ。
いつもと違う様子に戸惑いながらもマールはランディの結婚パーティの影響で与信枠の付与を希望する冒険者が確実に増えていると報告を行った。
そしてこのまま審査希望を受け付けると予定よりも与信記章の発行数が増加すると、少し申し訳なさそうに付け加えた。
「なるほど、判った。ではこちらからもお前に話がある」
「は、はい……なんでしょうか」
「単刀直入に言う。お前の仕事を一つ増やすことにした」
「あ……はい。どんな仕事でしょうか?」
「工房の経営だ」
「……え?」
意味が分からない、という表情で固まるマール。
オレの横でコーディリアがため息をついた。
「ボス、言い方。マール?落ち着いて聞いて下さいね。実はあなたの実家のマルレイン工房は、グレイディア商会の傘下に入ることになったそうです」
「え?ど、どういうことですか!?」
「私もまだ詳細は聞いていないのですが……?」
そう言えばコーディリアには工房を乗っ取ったという話しかしていなかったか。
それでも「傘下に入った」とマイルドに言い換えるのはさすがオレの右腕というところだ。
内心でそんな事を考えながら、オレは鷹揚に頷く。
「今日、工房へ出向いてお前の両親と話を付けてきた。うちの商会に対する侮辱行為と、お前に対する強要行為を痛く恥じているようでな。二人は経営権を子供に譲り渡して引退するそうだ」
「えっと……なら、お兄ちゃん達か、お姉ちゃんが?でも、私が経営者って……」
「お前の兄貴達は職人だろうが。姉貴は経理処理が出来るだけの事務屋だ。消去法で経営者になるのはお前だ」
オレの言葉にマールは目を白黒させている。
おそらく立たせたまま話をしていたら腰を抜かしていたことだろう。
座らせておいたオレには先見の明があるというものだ。
「で、でも……私、経営なんてしたことがありません」
「今マルレイン工房で必要な業務上の判断は何だ?」
「え……?その、グレイディア商会からの発注をどれぐらい受けるか、でしょうか……?」
「その通りだ。発注を全て受けてパンクするか、受注をセーブして取り引きを余所へ流すか。難しい判断だな」
「……はい」
「ではグレイディア商会でお前が担当している業務はなんだ?」
「与信枠の審査と……与信記章の発注……あっ」
マールはコーディリアほどではないが決して頭は悪くない。
そしてオレが言おうとしていることに気付いたのか、顔を上げた。
「なるほど、発注者と受注者が同じなら、調整は容易ですね。しかも両方の状況が正確に把握出来れば最適な判断が可能になります」
「そういうことだ。どうだ?お前の姉にそんな調整が出来るか?」
「……いえ、無理……だと思います」
「あと、実務的な諸々についてはコーディリアをアドバイザーに付けてやる。こいつは商業ギルドのエースらしいからな。経営指南の類いもできるだろう」
「ボス!?事前の根回しとかは?」
「良かったな、コーディリア。コンサルタント業務が上手くいけば歩合給の取り分が増えるぞ?」
「私、歩合給制を希望したこと少しだけ後悔しています……」
コーディリアはそう言うがアドバイザーそのものは拒否する気はないようだ。
そしてマールはコーディリアが付いてくれるのなら、と前向きな返事を返してきた。
「マール。これまでは与信希望者が来れば際限なく受付を行っていたが、これからはお前の判断で受付枠を絞ることを許可する。記章の発注具合を見ながら仕事量をコントロールすることを覚えろ」
「……はい、会頭。でも、どうして私なんかに……」
「それはお前が有能な部下だから、だ」
オレの言葉にマールは目を見開くと、ボロボロと涙をこぼし始めた。
「……コーディリア、オレはタバコを吸ってくる」
「承知しました。マール、こちらへ」
「お姉様……お姉様ぁ……!」
お涙頂戴のシーンはヤクザには似つかわしくない。
事務所の外で独りタバコを吸いながら、オレはそんなことを考えた。




