#17
「よくお越し下さいました、会頭。そしてこの度は……娘を、マールを選んで頂きありがとうございます」
一度聞いた覚えのある台詞を口にしながら、マールの両親は満面の笑みを浮かべた。
「今日はその事でお話があって来たんですがね」
「ええ、私共としてはマールをお召し抱え頂くことに何の不満もありません」
「召し抱える?貴方がたは何か勘違いされているようだ」
「え……?」
昨夜マールが自宅に帰らず、オレがこうやって出向いてきたことであいつの両親はオレがマールを抱き、妾にすることを決めたと思い込んでいる。
オレがあえて未来に大きな影響を及ぼしかねない選択をした理由の一つはこいつらのこの反応を引き出すためだ。
「オレは今日、貴方がたを糾弾するためにここへ来たんですよ」
「きゅ、糾弾?」
「ええ。事情は聞きましたよ。マルレイン工房はうちを、グレイディア商会をナメているとね」
「そんな、滅相もない!どうしてそのようなお話に……」
「理由は一番ご存じだと思うんですがね。貴方がたはオレを小娘一人差し出せば経営判断を曲げる男だと言ってることになる。それがオレに対する侮辱だと思わないんですか?」
「そんなつもりは……」
舐めるような視線を向けられた両親は困惑と恐怖の表情を浮かべている。
まぁこの手の恫喝はオレの本業だからな。
「それにですね。娘をオレに差し出すっていうのは、売春なり奴隷売買なりに該当するんじゃないですかね?確かこの国の法律では春を売るのも、人を売るのも事業届が必要だったはずですが」
「そ、そんなことは……!娘は、会頭の元へ望んで……」
「ほう。ではマールが自ら希望してオレに身体を差し出そうとしたと?」
「も、もちろんです!ヤクザ様のご寵愛を頂ければあの子も幸せになれる。そう言って努力を……」
母親は本当にそう信じているのか、必死の形相でオレに弁明する。
だが連中を見るオレの目は冷ややかだ。
「それはおかしいですね。本人に意思確認を行いましたがね、マールはオレの女になることを泣いて拒否していましたよ」
「えっ……」
「アイツが望んでいない以上、貴方がたが行おうとしたのは違法な奴隷売買だ。うちはこれでも信用を扱う商会なんでね。貴方がたのような違法行為に手を染める工房との取り引きは再考させていただく必要がありそうだ」
オレの言葉に両親は絶句する。
それもそうだろう。マールを差し出して工房の経営を安定させる心づもりが、その手段の違法性を理由に契約が解除されようとしているのだから。
正直な所、オレが軽く調べた範囲では権力者や金持ちに娘や妻を差し出して便宜を図って貰うという色仕掛けのたぐいは、おおっぴらではないにしてもこの国ではしばしば行われている「良くある事」でしかない。
だが、それはあくまでも脱法行為であり、公の場で糾弾された場合は違法性を否定することは出来ない。
「お待ち下さい、そ、それではうちの工房は潰れてしまいます……!」
「それがどうかしましたか?」
「え……?でも、与信記章は……」
「記章の導入を検討する際にたまたま従業員の実家が工房を経営していると聞いてサンプルの製造は依頼しましたがね、正直な所もっと効率よく銀細工を加工できる工房は他にもあるんですよ」
この言葉は半分嘘だ。
マールの実家だから発注を行ったというのは事実だが、与信記章を企画したコーディリアはマールの実家であるマルレイン工房に発注する前提で記章の製造計画を立てていた。
だが、同時に小さな工房ではなく大きな工房に発注すれば、今回問題となった納期遅延は最初から発生しなかったことは事実だ。
「そ、そんな……。グレイディア商会との取り引きを切られたら、うちはもう……」
「工房を潰したくないのなら……そうですね、貴方がたが引退すれば取り引きの継続を考えてもいいですよ。街から出て行けとまでは言いませんがね、身を引いた以上、工房には手も口も出さないでもらう必要はありますが」
「どうしてそんな話になるのですか!?」
「言ったでしょう?うちは信用を売り物にしてるんですよ。そして貴方がたは脱法行為を行う信用ならない経営者だ。取り引きを継続する理由として経営陣の刷新を条件にするのは当然の経営判断ってものだ」
オレの言葉に両親は絶望の表情を浮かべる。
自分達の追放が工房を存続させる唯一の道筋だと知れば、そんな顔をするのも当然だ。
だが、このまま連中を追放できたとしても職人組合や商業ギルドに乗っ取りだと訴えられると外聞が悪い。
「もちろん、身一つで出て行けとは言いませんよ。ここまで工房を経営したお二人には……そうですね、一人当たり金貨300枚の慰労金を出しますよ。そのカネで隠居するなり新しい商売を始めるなりすればいい」
「それは……」
「……お父さん……どうしましょう……?」
オレの提案に母親の方は興味を惹かれたようだ。
目先のカネで心が動くのは小物である証拠だが、小さな町工房の経営者に大局的にものを見ろと言うのは酷な話だろう。
「で、ですが私達が経営から退けば職人である息子達が困ることになる。なら、せめて後継者を選ばせて頂けませんか」
「一応話だけは聞きましょうか」
「娘を……長女のレインを私達の後継者に……」
父親の言葉に母親もレインなら安心して任せられると同意している。
初めて聞く名だが、おおかたマールが言っていた店の経理を手伝っているという姉のことだろう。
父親が挙げたその名に、オレはわざとらしくため息をついてから言ってやった。
「それは無理ですね。聞くところによるとその娘はただの事務屋でしかない。おまけに間違った経営方針で工房を傾けた貴方がたの薫陶を受けた逸材だ。そんな人間を後釜に据えたら同じようなことを繰り返すだけじゃないですか」
「な、なら誰を……息子達は職人として働くので精一杯だ。それに外部から経営者を招くのは、職人組合が……」
「心配は無用ですよ。ちゃんとした取引法を学んでいる、貴方がたの身内がいるじゃないですか」
「え……?」
「オレはね、マールをマルレイン工房の経営者に据えるつもりなんですよ」
オレの言葉に両親は絶句する。
それもそうだろう。この連中はマールの事を愛していない訳ではないが、それでも妾に差し出して良いと考える程度には軽んじている。
そして工房の経営にはこれまで関与させなかったという点から見ても、両親がマールの努力と能力を見誤っていることは明らかだ。
だが、オレがそんなマールを後継者として指名した。
「いや、ですが……それはさすがに……」
「ええ、あの子にはそんな大役は無理です!」
「マールが適任だと見定めたオレの目が節穴だと?」
「いえ、そういう訳では……ですが……」
「まぁ、別に構いませんよ。マールを経営者にしないのであれば事業継続の話も、貴方がたへの慰労金の話もチャラになるだけだ。ではこれで失礼。オレは次の工房と話をする必要があるので……」
そう言ってオレは踵を返す。
「ま、待って下さい!」
「これ以上の話は時間の無駄だと思いますがね」
「いえ……わかりました。ま、マールを……後継者にして、私達は……引退します……」
「それはとても良い経営判断だと思いますよ。では具体的な手続きについては後ほど部下を寄越しますので、彼女と調整して頂ければ」
「……ですが、ヤクザ様……。その、私達は本当にあの子の幸せを願って……」
立ち去ろうとするオレに、母親が小声でそう声を掛けてきた。
オレは振り返らずに立ち止まり、母親に答える。
「なら、良かったじゃないですか。これでマールは幸せになれる。貴方がたは親として正しいことをしたんですよ。……ギリギリのところですがね」
「……?」
もちろん、両親には何のことだか判らないだろう。
だが、こいつらがよかれと思って行った仕打ちと、オレの読み違えが……マールを死なせる結果を招いた。
オレが死んで巻き戻ったあの時間軸が消滅しているのか、それとも分岐した並行世界として今も続いているのかは判らない。
だがあの時間軸で、マールが絶望の中で孤独に死んでいったことは……オレの中では厳然たる事実なのだから。




