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#16

 やはりか。

 オレの記憶にある、このチートなる胡乱な能力の残り回数は「4」だったはずだ。 

 それが「3」になっているということは……。


「コンティニューが発動したってことか」


 思わず呟きが漏れるが、幸いにも周囲に人はいない。


 時間が巻き戻った理由は分かった。

 だが……これはどう考えるべきだ?


 オレがそんな事を考えている間に、ジョッキを持ったマールがブースへ戻ってきた。

 どうやらここで休憩を取ることにしたらしい。

 真面目なことだとは思ったが……この生真面目さは危険な要素でもある。


 オレはマールにあまり根を詰めないように釘を刺してから、自分の身に起きた出来事を整理するために事務所へと戻ることにした。



 オレが時間を遡行した理由。

 そして未来の記憶を持つ理由。

 それはチート能力とやらに起因するもので間違いないだろう。


 だが、巻き戻った時間は中途半端なタイミングだ。

 もしこれが「オレの死を無かったことにする」能力なら、死因であるアーノルド達を呼び寄せる話そのものが無効化されていてもおかしくはない。


 だがコーディリアに確認した限りでは、既に3週間ほど前にオレは隣国へ使者を送り、時期的にみて使者は勇者の元へ到着済みだという答えが返ってきた。


 つまりオレが死ぬ未来は「無かったこと(UNDO)」になったのではなく、死亡原因が再び訪れることが確定した状態で「再チャレンジ(Continue)」しているに過ぎない、ということなのだろう。


「……まぁ、無かったことにするよりも、自分で足掻いて切り抜ける方がオレ好みだが……」

「……ボス?」

「独り言だ。気にするな」

「はぁ……昨日からちょっとおかしくないですか?」

「気のせいだ」


 コーディリアは不審げな目でこちらを見るが、オレはこいつを死なせないように未来を改竄する必要がある。


 だがオレは既にいくつかの場面で記憶の中にある行動とは異なる言動を行い、その結果として部分的に異なる事象を引き起こしている。

 あまり派手に動いて未来の根本が崩れてしまっては対策も取りづらい。


 なら、最低限の改竄で最良の結果を導くまでだ。


「ところでボス。マルレイン工房の件ですが……」

「ん?ああ、例の記章の納品遅れだな」

「はい。こちらに資料が……」


 そう言うとコーディリアは資料をオレに手渡してきた。

 ふと外を見ると雨は止んでいる。


「二日間休暇を取った影響が――」

「……少し待て」


 オレは口頭報告をしようとするコーディリアを押しとどめると、事務所のソファから立ち上がり、入口の扉を開いた。


「マール」

「あ、あの……業務報告に……」


 雨が止む前に冒険者ギルドを出たのか、少し濡れた格好のマールがそこにはいた。


 人一人の生き死にというのは、大きな改竄の部類に含まれることはオレにも判ってはいる。


 だが、それでも……みすみす有能な従業員を失うことは避けるべきだ。

 オレは、そう自分に言い聞かせながら、マールに声を掛けた。


「外は寒いだろう。中へ入れ」

「は、はい……失礼、します」


 その後、マールを交えて与信記章(クレジットカード)の納品状況についての確認を行った。

 コーディリアには口頭で報告を求め、2日間の臨時休業が工房の作業量を一時的に緩和し、結果的に勇者ブームさえ落ち着けば代替工房が不要になるという結論に至った。


 コーディリアとの協議結果は前回と全く同じだ。

 だが、今回はマールがその結果を聞いている。

 オレ達の話題が実家に関連することだと知った時点でマールは身を縮こませていたが、マルレイン工房への発注がこれまで通りだと聞いて大きく息を吐いた。


「……マール、今日の報告書はそこへ置いておいて、風呂に入ってこい」

「え……あ……あの……わかり、ました」

「雨脚が強くなってきたから今日は泊まっていけ。コーディリアの服は少々大きいと思うが我慢しろ。あと……」

「ボス?」


 オレの言葉にコーディリアが眉をひそめて声を掛けてくる。


「オレは少し考えごとをしたい。お前はコーディリアのベッドで寝ろ」

「え……お姉様と?」

「えっと……ボス?」


 コーディリアの言葉は先ほどと同じだが、その言葉には戸惑いが混じっている。


 今夜マールを出歩かせることは避けたい。

 そしてオレはマールを抱くつもりはない。

 なら、コーディリアと寝かせるほかないだろう。


 戸惑うコーディリアと、嬉しそうなマールをその場に残し、オレは独り自室へと戻った。


 考えるべきことが多いのは事実だ。


 アーノルド達への対処。

 バルタザールが使った契約書をハックする方法の解明。

 マールとマルレイン工房の一件。


 そして……何よりも。

 コーディリアを死なせないための対策。


「……オレも随分と甘くなったことだな」


 雨脚の強くなった夜の街を眺めながら、オレは思わずそう呟いていた。



 そして翌朝。

 遅くまで計画を練っていたオレが少し遅れて階下へ降りると、コーディリアとマールは並んで台所に立ち、朝食を作っていた。


「お姉様、お料理上手なんですね」

「まぁ、独り暮らしが長かったですから」

「でも、お姉様は貴族様じゃ……?」

「マール、そいつは名ばかり子爵令嬢だ。普通の町娘とたいして変わらんぞ?」


 2人の手が止まっていることに気付いたオレが声を掛けると、コーディリアが不満げな表情でこちらを睨み付けてきた。


「ボス?そんなこと言うなら子爵位を簒奪する手伝いをしませんよ?」

「いや、今のところ簒奪の予定はない。それよりマール。朝食の後に少し話がある」

「え……あ、はい」


 コーディリアとは随分親しく話しているが、やはりオレと話す際にはまだ少し視線が泳いでいる。

 それもそうだろう。オレはこいつが今どのような状況に置かれているのかを知っている。


 親から妾になれと言われている男を目の前にして、普段通りに接するなんて芸当は人見知りをするこいつにはどだい無理な話だ。

 だが、それでもオレはマールからその話を聞き出す必要がある。


 情報ソースは不明だがマールの状況を把握しているというよりも、マール本人から打ち明けられたという体にした方が、コーディリアへの情報共有も、マルレイン工房への対処もしやすい。

 だからオレは朝食後に少し警戒した目でオレを見るマールにこう声を掛けた。


「マール。実家から何か言われていることはないか?」

「……!」

「ここ最近、お前の様子はどう考えてもおかしかった。業務に関わることかとも思ったが、そうではないようにも思える。マルレイン工房の件は昨夜説明した通りだが、まだオレを見て何か思うところがあるように見えるが」

「えっと……」

「ボス?そんな問い詰めるようなことをしなくても」


 オレが説明を求めたことで言葉に詰まるマール。

 そしてマールに助け船を出そうとするコーディリア。

 だが、ここでマールが沈黙すると、事態が好転しない。


「お前の様子がおかしくなったのは早退した日以来だな?そして愛人契約の話を蒸し返したことと、薄着で事務所に来たことを考えれば……」

「ちょ、ボス?それってまさか……」

「……はい。会頭の、ご想像通りです」


 オレの指摘に観念したように、マールは親からオレの妻か、最悪でも愛人になれば工房は安泰だし、自分も大店の一員として幸せになれると諭されていると告白した。


 それはオレがマルレイン工房の連中から聞かされていた内容と同じものだったが、初めてその話を聞くコーディリアは絶句していた。


「それで、お前自身はどうしたいんだ?」

「私は……実家の経営が安定すれば……」

「それは実家の事で、お前のことではないだろう?お前はオレの愛人になりたいのか?」


 オレの言葉に、マールは目に涙を浮かべながら、小さく頭を振った。


 おそらく、声に出して否定することは出来ない程、両親の圧は強かったのだろう。

 それでも無言のまま頭を振る姿は、両親の勧めがマールの心を追い詰める棘でしかないことを雄弁に物語っていた。


「ボス、フラれましたね?」

「ああ、そうだな。ならフラれた腹いせをしに行くとしようか」

「え……?あの、会頭!?」

「別にお前の実家をつぶしに行く訳ではないから心配しなくていいぞ。お前はいつも通り冒険者ギルドへ出勤しておけ」

「……はい」


 不安げな表情で出勤するマールを見送った後、コーディリアがため息をついてから言った。


「ボス?言い方」

「言葉より結果が全てだ。それよりお前に頼みたい事がある」

「はい、なんでしょうか?」

「エルフローラ神の契約について詳しく知りたい。特に契約に書かれた条項が無効化される条件についてだ」

「……契約の無効化、ですか?そんなこと、聞いたことありませんが」

「エルフローラ神殿へ行って確認してきてくれ。おそらくレアケースだとは思うが」

「……わかりました」


 コーディリアは小首をかしげながらもそう言った。

 それを確認した上で、オレはマルレイン工房へと向かうことにした。


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