#15
「私と結婚して、子爵になりませんか?」
コーディリアが発した言葉は、オレの記憶にあるものと同じだ。
オレは誰かと結婚をするつもりはない。重い女は願い下げだ。
その気持ちは今でも変わらない。
だが……オレの目の前に、死んだはずのコーディリアが生きて立っている。
「あ……ああ。まぁ……その、いや……オレは……」
「あれ?意外です。ボスの事だから重い女は嫌いだ、結婚なんてお断りだって言うと思ってましたけど。もしかしてボス、私の事を好きだったりします?」
「……馬鹿なことを言うな」
コーディリアはそう言うが、こいつがオレをからかっていることは明白だ。
だが、分かってはいるが、先ほど見た白昼夢――いや、今は明らかに夜だが――のせいで、自分の言葉に毒が含まれていないことを自覚してしまう。
「あ、あの……会頭、お姉様……。飲み物を……」
「ありがとうマール。ちょうど喉が渇いていたところでした」
「マール……?」
コーディリアの背後から聞き覚えのある、おずおずとした声が聞こえた。
それは言うまでもなくマールのもので、マールはトレイに3つのジョッキを乗せてオレ達に声を掛けてきた。
「……マール、お前ジョッキを落とさなかったのか?」
「え?……いえ、私……そんな失敗は……してない、です」
「そうか。すまなかった。飲み物の件は感謝する」
「……は、はい」
オレ達にジョッキを渡すとマールは頭を下げて人混みの中へと戻っていった。
オレが見た夢の中で、マールはジョッキを取り落としていた。
なら、あれは……あの忌まわしい光景は、ただの夢だったということなのだ。
カラカラに乾いた喉に生温いエールを流し込み、オレは自分にそう言い聞かせた。
半ば夢見心地のままパーティは続く。
誰と会い、何を話したのかすら意識せぬまま、パーティは終わりを迎えた。
帰宅後、二人きりになった事務所でコーディリアが言う。
「あれだけ派手なパーティで見せつけたら、きっと明日は冒険者も張り切るでしょうね。発見した魔導具の持ち込み返済が多そうな気がしますから、今日は早めに寝ます」
オレが夢で見た光景では、パーティの後コーディリアは抱いてくれとオレに言ってきたはずだ。
だが、今のこいつはそんな事をおくびにも出さない。
やはりあれは夢だったのだ。
そう強く思いながらも……オレの口は、自分でも思ってもいなかったような言葉を紡いでいた。
「コーディリア。オレの寝床へ来い」
「え……?え、ええ。別に構いませんけど……。でもボスの方から誘ってくれるの、初めてですよね?」
「……そうだったか?」
「ええ。……ボス?やっぱり、もしかして私の事好きだったんですか?」
オレがベッドに誘ったことで、コーディリアは嬉しそうにそう言う。
そんな理由じゃないと自分に言い聞かせながら、オレはコーディリアを抱き上げると自室へと向かった。
コーディリアの裸身には刃傷などどこにも見当たらなかった。
それもそうだろう。アレはオレが見た夢……それも悪夢に過ぎないのだから。
「……いつになく激しかったですけど、結婚パーティの後だからですか?」
「好きに思えばいい」
「ボス?子爵の爵位が欲しいなら、私……」
「いや、それは必要ない」
「そうなんですか?ボスは重い女は嫌いそうですし、てっきり貴族になってビジネスを拡大しようと考えているのだと……」
「別に貴族なぞ興味はないさ」
不思議そうな顔をしながら、身体を寄せてくるコーディリアを抱きしめる。
その身体は、あの骸とは違い……とても温かかった。
翌日。
夢で見たのと同じように小雨模様の中、冒険者達は二日酔いを抱えたままダンジョンへ出向いていった。
昼過ぎに雨脚が強くなったところもオレの夢と同じで、どうしてそんなどうでもいいディテールが再現されるのかと忌々しく思っていると、見慣れた連中がオレの事務所を訪れた。
連中が収納袋から取り出したのは、華美な装飾が施された金属製の全身鎧。
夢の中でしばらく事務所に飾っていた、見覚えのある鎧だ。
「コーディリア?」
「……私が鑑定魔法を掛けるんですか……?」
「今、鑑定を使えるのはお前だけだろうが」
「なら、鑑定結果に関わらず、評価額の1割を貰えるのなら、手を打ちます」
「……だ、そうだが?」
コーディリアが連中に持ちかけた交渉の内容はオレの記憶にあるものと同じだ。そして……。雷鳴の轟く中、明らかになった鎧の正体は。
「……判りました。この鎧は『クリサリス』です」
「装備中は能力が低下するが、身に付けたまま致命傷を受けるとダメージを力に変える効果がある装備、か?」
「えっとボス?この鎧の事を知ってて私に鑑定させたんですか?」
「まぐれ当たりだ」
適当なことを言って誤魔化しながらも、オレは混乱していた。
持ち込まれた魔導具の外見も、名前も、性能も。全てが夢の中と同じ。
デジャブにしても出来すぎている。
なら……あれは夢ではなく、実際にあった出来事なのか?
そしてオレは時間を巻き戻して、過去に戻ってきたと?
「評価額としては金貨10枚ぐらいでしょうか。私の取り分、金貨1枚ですね」
「そんな……」
「オレが金貨50枚で買い取ってやる。それで文句はないだろう?」
「……ボスの提案に乗るべきです。そうすれば私の取り分も金貨5枚になりますから」
コーディリアが鑑定結果を告げ、オレがその価格より高値で買い取る。
もしオレが時間を巻き戻したのだとしたら、不用意に前回と大きく異なる行動を取るべきではない。
なぜか直感的にそう感じた。
だが、どうしてこうなった?
単なる偶然か?
それとも契約神が手違いを起こし、その賠償として時間を巻き戻した?
そこまで考えたオレは、ある事に思い当たった。
「コーディリア、少し出かけてくる」
「はい……でも外、大雨ですけど」
「かまわん。すぐに戻るが、今日はもう事務所を閉めておけ」
「わかりました」
不思議そうにそう答えるコーディリアを残し、オレが向かったのは冒険者ギルドだ。
荒天にもかかわらずギルドカウンターは長蛇の列ができていて、マールのいるグレイディア商会のブースにも依頼処理を求める冒険者が群がっている。
「お客さん方、すみませんね。ここはギルドカウンターではなく、グレイディア商会のブースなんですよ。申し訳ないですが、依頼処理はギルドカウンターで行って貰えますかね?」
「……そうなのか?ギルドの制服を着てるから、てっきり……」
「こいつはうちの大事な従業員なんでね」
オレの言葉にマールの前に並んでいた冒険者達は渋々といった様子でギルドカウンターに並び直している。
だがオレが用があるのは連中ではない。
「あ、あの……会頭……。ありがとう、ございました」
「マール。ギルドの仕事は暇な時だけでいいぞ」
「えっと……今、割と暇で」
「なら少し休憩してこい。業務命令だ」
オレはそう言ってマールに小銭を握らせ、ギルドの酒場を指さした。
少し不思議そうな表情を浮かべながらも、マールは頷くと酒場へと歩いて行った。
どうやら少し席を外せという意図は伝わったようだ。
人払いが済んだことでオレは当初の目的を果たすことにする。
それは……ブースに置かれた人間鑑定の魔導具を用いて、自らの鑑定を行うことだ。
……レベルは記憶にある数字より1つ上がって6になっている。
その他の細かい数字は記憶にないが、オレが見るべきはそこではない。
鑑定結果の末尾。
『【チート】コンティニュー:残り回数 3』




