#13
翌日、勇者一行は手近なダンジョンを初見クリアしたらしい。
女司祭にとって初のダンジョンアタックであることも加味して初級ダンジョンへ挑んだらしいが、さすが自称とはいえ勇者パーティだけのことはある。
そんなことを思いながら、連中が繰り上げ返済に来ることを事務所で待ち受けていたオレだったが、結局その日も、その翌日もアーノルド達は姿を現さなかった。
ダンジョンでまともな戦利品が手に入らなかったのかと思いマードック商会に問い合わせをすると、連中が持ち込んだ魔導具を金貨700枚ほどで買い取ったという返答があった。
「……稼ぎがあったのに返済していないということか?」
「そのようです。一応、リボ払い分の支払いはしたようですけど、帰還後に信用払いで派手などんちゃん騒ぎをしたようで、むしろ負債額が増えてますね」
「……手元にまとまった現金があるのにか?」
「懐具合まではわかりませんが、与信枠で支払っているのは間違いありませんね。ボス、今の負債残高だとリボ払いをしても元金が減るどころか利息分にも足りませんが……」
「だろうな。今、連中は与信枠のどの程度を使ってる?」
「与信枠の消化率は概ね97%に達していますね。今のペースで浪費して、固定額だけの返済だと次の支払時に限度額を超過しますよ?」
コーディリアの報告を聞いて、オレはこれがどういう状況なのかを思案する。
連中は別口の借金を背負っていて、そちらを先に返済したのか?
いや、連中は隣国からここの街へ移ってきたばかりでその線は薄い。
なら、与信枠を自身の財産と勘違いしている?
アーノルドやシェリルならそれもあり得る話だが、ミリーとバルタザールがそんな誤解をするとも思えない。
「コーディリア、バルタザールの調べはどうなってる?」
「隣国からの返事はまだしばらく掛かりますよ。けどマーネイの商業ギルドにはバルタザールと言う人物が宝飾品を取り引きした記録はありませんでした」
「連中の手の内は読めないが……わざと破綻するよう動いているように思えるな」
「そんな事をして何の得があるんですか?」
「わからん。だがバルタザールは契約書を精査していた。ならヤツが限度超過で債務不履行になった場合の扱いを知らないとは思えんが……」
ヤツがただアーノルドに寄生しているだけの小悪党なら契約書を読み違えたのだと考えることも出来るかもしれない。
だが与信枠を設定した際のヤツは、明らかに契約内容を理解した上で何かを企んでいる目つきだったように思える。
自分達の財布からカネを出そうとしないことを思えば、バルタザールは信用払いや残クレで抱えた債務を踏み倒すつもりだと考えるのが妥当な線だろう。
だが支払い義務とグレイディア商会への反抗を防止する文言を記載したエルフローラの契約書を取り交わしている以上、奴らには逃走も、オレを殺して債務をチャラにするという選択肢も存在しないはずだ。
「コーディリア。もしエルフローラの契約書に書かれたことを破ったらどうなる?」
「……分かりません」
「どういうことだ?」
「ボス、エルフローラ神の契約書に書かれたことは必ず履行されるんです。ですから、破られるということがありえないので」
「だから分からない、か」
コーディリアの言葉は逆説的だが、この契約書に書かれた内容は間違いなく履行されるという保証があるなら……債務を踏み倒して逃げるという選択はバルタザールも選べないはずだ。
いや、ヤツは隣国の魔術士だから契約神の契約書がもたらす制約を知らないだけか?
「……どうもしっくりこないな」
「ボスがそんなことを言うの、珍しいですね」
器用に片方の眉を上げ、コーディリアはそう言う。
しかし……どうにもきな臭い。
そう思ったオレの予感は、翌週の支払い時に的中することになった。
「豪遊や浪費はいいんですけどね、契約書はちゃんと読んでくださいよ、お客さん。え?お仲間がそれでいいと言った?生憎ですけどそれはこちらの関知するところじゃありませんよ。まぁ返済できないなら続きは事務所でお話ししましょうや」
オレの言葉に納得がいかないという表情を浮かべた自称勇者アーノルドは傍らのバルタザールに視線を向けた。
「おい、バルタザール!どういうことだ?この街は俺を勇者として招き、歓待するんじゃなかったのか?」
「バルタザール?アタシはアーノルドもシェリーも与信が借金だと理解してないって何度も忠告したよね?」
「はて、そうでしたかな?」
「借金ですって!?マファーメラ神殿の司祭である私が?これは人々からの寄進ではなかったのですか!?」
口々に勝手なことを言う勇者パーティ。
そう。この連中は今週の支払日にリボ払いで定められた最低額だけを支払った。
だが既に連中の与信枠は限界近くまで食い潰されている。そこへ今週分の利息と酒場で使った信用払いの請求が乗った結果、残高はあっさり限度額を超過した。
当然、超過分は即時精算の対象となる。
オレは不足分である金貨200枚の支払いを求めたわけだが、バルタザールは手持ちがないと宣った。
こうして勇者パーティは、債務によって無事破滅したという訳だ。
だが今の言葉を聞く限りだとアーノルドとシェリルはオレの推測通りローンの仕組みを理解していなかったように聞こえた。
だがミリーはこれが借金であることに気付き、一行のお目付役を務めているのであろうバルタザールにそのことを警告していたと言っている。
だが当のバルタザールは素知らぬ顔でミリーの剣幕を聞き流しているが……。その様子にはこいつが返済不能による破滅を一顧だにしていないように思える。
「会頭殿、申し訳ありませんが契約書を再確認させて頂いても構いませんかな?」
「ええ、納得がいくまで確認していただいて結構ですよ。コーディリア?」
「はい、会頭。こちらになります」
バルタザールの求めに応じ、オレは連中との間に締結したリボ払いを含む与信契約についての書類を提示した。
契約書に目を落としたバルタザールはしばらく文言を読み込んだ上で、肩をすくめて言った。
「勇者殿、そして聖女殿。誠に残念ですがこの会頭殿がおっしゃっていることは事実のようです」
「……どういうことだ?」
「おそらくこれが借金であることを明示せず、我々に債務を押しつけ、その後契約で我らを縛って借金奴隷に堕とすつもりなのでしょう。実に悪辣で邪悪な企みではありますが、契約書にはその旨が書かれており、勇者殿のサインも確かに行われております」
「何!?そんな事が……」
邪悪な企みというのは事実だが、債務者が口にするのは負け犬の遠吠えでしかない。
本来ならオレはここで勝利の喜びに浸るところだが……どうも様子がおかしい気がする。
バルタザールの言葉にアーノルドは腰の剣に手を掛けるが、当然その動きはエルフローラの契約書によって禁じられた「グレイディア商会への加害行為」に繋がるため、ヤツは剣を抜くことが出来ない。
こういった逆ギレを防止するための文言は別にオレが考案した訳ではなく、この世界の契約には普通に盛り込まれているものだ。
だからこそ、バルタザールが何を狙っているのかが読めない――




