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#14

「アーノルド殿。残念ですが債務整理のためにこちらの会頭が持ちかけられる話に応じる他ありませんな」

「くそっ……エルフローラ神の制約さえなければ!」

「いやいや勇者様。オレのことを悪党のように思われているようですが、全て契約書に書かれていたことですよ?」

「おのれ……悪魔め!」

「何とおぞましい!この男は悪魔、いや魔王よ!」


 確かにオレはこの世界に来てから悪魔と罵られることは幾度かあったが、自称とは言え勇者と聖女に悪魔、そして魔王呼ばわりされるのはさすがに心外だ。

 だがそんな感想はどうでもいい。


 オレは新たな契約書を取り出し、アーノルド達に債務の返済を労務で肩代わりする……つまりオレの傘下に入る契約書を提示した。


 契約内容を説明するに従い、アーノルドとシェリルの表情はどんどん険しくなっていく。

 それもそうだろう。連中が抱えた金貨18,000枚もの債務はその利息だけでもかなりの額になる。


 この連中がこれまで払っていたリボの固定払いは毎週金貨10枚だ。

 だが返済が滞り、与信枠が停止された連中は今後そのリボ払いを行う事が許されない。

 となると毎週正規の額を返済することになるが、例えば元の10倍である金貨100枚を毎週払い続けても元金はびた一文減らないどころか利息にすらわずかに届かない計算になる。


 そして借金奴隷としてダンジョンに潜る間にも装備のメンテナンスや更新、消耗品といった様々な理由で経費はかさんでいく。


 つまりこの連中は毎週ダンジョンアタックに挑み、迷宮を踏破し続け、そこから得た収益を全て返済に回すような生活を何年も何年も続けなければ、債務からは解放されない。

 その現実をようやく理解したのだろう。


 与信枠そのものはパーティに対して与えられたものだが、実際にカネを浪費したのは主にアーノルドとシェリルだ。むろん、バルタザールは宝飾品の類いで多少はカネは使っていたが。

 ローンには直接手を出さなかったミリーもパーティメンバーに与信枠を貸し与えていた以上、返済契約に応じる義務がある。


 だというのに、バルタザールの表情には笑みが浮かんでいる。


 オレはバルタザールを警戒しながらも、新たな契約書にサインをするよう、アーノルドに迫った。


 この契約が締結されればアーノルド一行はオレの傘下に加わることになる。

 仮に不平不満を抱いていたとしても、新たな契約書が有効である限り――つまり債務の返済が終わるまでは――この連中はグレイディア商会に危害を加えることは出来なくなる。


「勇者殿、まずはその契約書にサインを。後のことは先ほどお話ししたように、我にお任せを」

「バルタザール……信じていいんだな?」

「ええ、もちろんですとも」


 最初に締結した与信に関わる契約書を手にしたまま、バルタザールはアーノルドに安請け合いをした。


 そう言えばヤツはコーディリアから受け取った契約書を手にしたままだが、あれにはどういう狙いがある?


 一瞬、オレはバルタザールが契約書を破棄してオレ達に対する加害規制を解除しようと考えているのかと思ったが、生憎と契約神の加護を受けた契約書は債権者が認めない限り物理的に損壊することは出来ない。

 つまり、アーノルド達は契約書を破り捨てて債務から逃れることは出来ないということだ。


 この状況でバルタザールは何を狙っている?


 オレが猜疑心に満ちた目でヤツの動きを見守っている間にも、コーディリアがアーノルドに対して契約内容の説明を行い、サインを求めている。


 ……契約書にサインが記されれば、オレの勝ちだ。


 そう信じていた。



「契約と商業の神エルフローラの御名において記す。ここに交わす言葉と印は神聖な契りなり。両者、心魂をもって条々を守護し履行せよ。約束を違える者には報いあれ……。書いたぞ」

「結構です。ではこれで契約は――」


 不承不承といった様子でアーノルドが労務返済の契約書にサインを行い、それを確認したオレが鷹揚に頷いて応じようとした時だった。


「勇者殿、今ですぞ!」

「おう!」


 突如バルタザールが声を上げると、席を蹴って立ち上がったアーノルドが腰の剣に手を伸ばした。

 契約書にサインを行い、契約が締結される前ならいざ知らず、この時点でオレに危害を加えようとするとは何を考えているんだ?


 オレがアーノルドに冷ややかな笑みを向けるのと、ヤツが腰から剣を引き抜いたのはほぼ同時だった。


「……何!?」

「ボスっ!魔力の矢よ!」


 剣を構えるアーノルドに対して、オレの横に控えていたコーディリアがよろめきながら杖を掲げる。


 ……そう言えばコーディリアにくれてやった杖は「魔力の杖」という名の魔導具で、魔法の矢を放つことが出来たはず。

 オレがそんな事を考えている間に、杖の先端に取り付けられた魔石が輝きを発し、光の矢を生み出した。


「神よ、聖なる護りの力を!」


 しかしコーディリアが放った魔力の矢はシェリルが唱えた魔法によって生じた光の盾に阻まれ、霧散した。


「……この女も悪魔か!」

「そうですぞ、勇者殿!その女も魔王の手先です!」


 武器を構え油断なく様子をうかがうミリー。聖印を掲げ、再度魔法を使用する構えを取るシェリル。

 剣をオレ達に向けるアーノルド。そして後方からアーノルドを煽るバルタザール。


 一体、何がどうなっている!?

 契約書に記した反抗禁止の条項が全く効果を発揮していないじゃないか!


「魔力の――」

「させるかよ!」


 不自由な片足立ちでバランスを崩しそうになりながらも、コーディリアは再度魔力の杖を使おうとする。

 だが、それを見て取ったアーノルドが素早く剣を振るい……。


「きゃぁぁ!?」

「魔王の手先め……!」


 アーノルドの剣が、袈裟懸けにコーディリアを切り裂いた。

 不安定な姿勢で一撃を食らったコーディリアがオレの方に向かって倒れ込んでくる。


「おい、コーディリア!」

「……ボ……ス……にげ……」


 オレが抱え起こしたコーディリアは、血まみれの顔で囁くようにそう言うと。


 ……死んだ。


「勇者殿、後は魔王ですぞ!」

「勇者様、聖女である私と勇者である貴方様を陥れようとした魔王です。速やかに討伐を!」

「わかっている!」


 事態が理解できないままコーディリアの亡骸を抱きかかえたオレに、血塗られた長剣を手にしたアーノルドが迫る。


「慎重さが徒になりましたな、会頭殿?」


 バルタザールがいやらしい笑みを浮かべてそう呟いたのが聞こえた。


 そして、振り下ろされる剣がまるでスローモーションのようにゆっくりと動いているのが見えた。


 オレがビジネスでヘマをして死ぬのは、自業自得だと割り切ることが出来る。


 だが、これは一体なんだ?


 契約神の制約なんてものはただの迷信で、効果の無いまじないでしかなかったのか?


 衝撃と共に感じる熱さ。

 そして、腕の中で冷えていくコーディリアの身体を感じながら……オレの意識は闇に飲まれてゆく。


「……で、どういうことなんだい?」

「なに、これは重複契約(コンフリクト)という……」


 奴らが遠くで何かを喋っているのを感じながら、やがてオレの意識は漆黒の中へと完全に飲まれていった――



 ――暗い。

 そして、静かだ。


 死ぬというのはこういうことなのだろうか。

 なら、何故死んだはずのオレに意識がある?


 違和感を感じた次の瞬間、周囲が光に包まれた。

 視線の先には……ランディと、白いドレスを身につけたカミラが並び立っている。


 なんだ……これは?


 オレは事務所でアーノルドに斬りつけられたはず。

 そしてオレの腕の中でコーディリアが死んだ。


 はずなのに。


 オレの正面には悪戯でも企むかのような表情をしたコーディリアが立っている。

 その姿には傷一つ無く、まるで今オレが経験したことが夢の中の出来事であったかのように思える。


「ボス?」

「……コーディリア……?」


 オレは自分の声が掠れていることに気が付いた。

 だが、コーディリアはオレに顔を近づけると極上の笑みを浮かべて、言う。


「私と結婚して、子爵になりませんか?」


※次回は物語の更新を1度お休みさせて頂き、第3章に登場するキャラクター紹介を行います

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