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#10

 ギルドホールにいた数組の冒険者にマールの捜索を依頼して半日が経った。

 だが、街のどこにもマールの姿は見当たらない。


「……大変だ!あの受付嬢らしき子が昨夜遅くに1人で街の外へ出たのを見た奴がいたぞ!」


 夕刻、一人の冒険者がギルドに駆け込んできた。

 その報告は……マールが昨夜、雨の降る中一人で街の外へ出て行ったという、にわかには信じがたいものだった。


 昨日の日報が事務所の前に落ちていたということは、マールが事務所まで来ていたことの証でもある。

 そしてその場で……オレとコーディリアが代替工房の話をしているのを聞いたとすれば?


 もしかするとオレ達の会話を、マルレイン工房が切られる話だと誤解した可能性は否定できない。


 マールは実家からオレの妾になれと催促されていたが、そんな事情を知らないオレはマールの申し出を拒絶した。

 そしてオレが実家の破滅を決定づけられる判断を下したと誤解すれば……居場所のなくなったマールが現実逃避のために街を出て行くことは考え得る話だ。


 オレは冒険者の報告を聞いてすぐに、捜索エリアを街の外へと切り替える指示を行った。


 しかし……結局、冒険者達は夜になってもマールを見つけることが出来なかった。


 マールの手がかりが得られないまま、オレはグレイディア商会へと戻った。

 途中、人を雇って状況をコーディリアにも共有していたが、オレが一人で事務所に戻ってきたことを見たコーディリアは無言で状況を問うてきた。


「行き先は不明だ。街の外へ出たところで足取りが途絶えている」

「……そう、ですか。私のせい……ですよね」

「多少はそうだろう。だが、オレのせいでもあるし、あの両親のせいでもある。だがそんな事はどうでもいい」


 おそらく、オレもコーディリアも、そしてあの両親も。

 誰もマールに悪意など抱いていなかったことは事実だ。

 だがそれぞれが正しいと思っていた言動が、マールを追い詰めた。


「……コーディリア。明日はお前がギルドで与信を行え」

「ボス!?」

「仕事は仕事だ。事情があっても、穴は空けるな」

「……」


 コーディリアはオレの言葉に不満げな表情を浮かべるが、やがてため息をつくと言った。


「マールが帰ってくる場所を確保しておく、という意味で受け取っておきます」

「解釈は好きにしたらいい。ただ、代替人員の手配は並行して進めておけ」


 オレの言葉にコーディリアは嫌悪の表情を浮かべるが、それでも黙って頷いた。



 オレは冒険者ギルドに対してマールの捜索依頼を継続して出していたが、翌日も、その翌日も。マールの消息は掴めなかった。


 だが、マールが姿を消してから数日経ったある日、思わぬ所から情報がもたらされた。

 街の近くの森の中でワーグの討伐を行っていた冒険者が発見した……魔物の犠牲になった旅人や行商人達の遺物の中に、ボロボロになった血まみれの冒険者ギルドの制服が混じっていたという報告が、ギルドにもたらされたのだ。


 マールが最後に目撃された時に着ていたのはギルドの制服で、その残骸が意味することは……考えるまでもなく、明白だった。


 エミリアをはじめとしたギルドの受付嬢達も。

 そしてコーディリアも。


 泣き崩れる女達を尻目に……オレは運命の残酷さに一人思いを馳せる。


「……人生なんて、所詮はそんなもの、か……」


 手製タバコの煙が目にしみる。

 サングラスで目元を隠し、タバコを投げ捨てたオレは……独り事務所へと戻った。



 遺体が無いまま行われたマールの葬儀にオレは参加しなかった。


 葬儀の後、オレはマルレイン工房を訪れ契約の解除を告げる。どうして、と縋り付く両親を見るオレの目は、随分と冷たかったことだろう。


「どうして?縁故で関係性が強くなると思うのなら、縁故を失えば関係が切れるのも当然だと思うべきでしょう。それに……あんたらが余計なことを吹き込んだせいで、うちは有能な従業員を失ったんですよ。損害賠償請求されないだけありがたく思って欲しいですね」


 絶句するマルレイン工房の連中をその場に残し、オレは利用価値の無くなった工房を後にした。



 その後、冒険者ギルドはマールが抜けた穴を埋めるために新人を雇い、オレのグレイディア商会もコーディリアが見つけてきたなんとかという女を与信業務の後釜に据えた。


 空気は沈んだままだが、業務は再び回り始める。


 ギルドの業務も、オレのスキームも、属人的なものではない。だからマールがいなくなったからといって業務が止まることはない。


 人一人の生き死には世界を左右しない。

 そう、オレが日本で死んだからといって、日本が崩壊したりしないのと同じだ。



 そんな事を考えながら業務を回していたある日、オレの事務所に薄汚れた格好をしたガキが現れた。

 年の頃ならマールと同じぐらいだろうか。赤毛で、どこか濡れた犬のような匂いがするそいつは物乞いのようだった。


「ギルドで……ここへきたら、助けてくれるって」

「うちは慈善事業じゃないんでね。余所を当たってもらえますか」

「ええ……」


 オレの言葉にうなだれ、事務所を出て行く後ろ姿を見ても何の痛痒も感じない。

 だが、オレはふとあることを思い出した。


 そう言えばマールに退職金を出してやっていない。

 短い間とはいえオレの商会に貢献したあいつへの退職金を、年の近いこのガキにくれてやれば……弔いとまでは言わないが、オレの心にわだかまる思いが晴れるかもしれない。


 そんな打算的なことを考えたオレは、名も知らぬガキに少額だがカネを渡し、二度と来るなと念を押した。


 赤毛はその後オレの事務所に姿を見せなかったし、ギルドでも街中でも見かけなかった。

 おそらく、どこか他の街へでも流れて行ったのだろう。


 何日かしてオレがそのガキのことを忘れた頃……ラーゼンの街に大きな変化が訪れた。


 そう。オレが招致した「勇者」がついにこの街を訪れたのだ。


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