#8
こいつがオレをからかっていることは目を見れば判る。
だが、その言葉の中には……ほんのひと欠片だけ、コーディリアの本心が混じっているように思えた。
だからこそオレは、この言葉を否定する必要がある。
「お断りだな。オレはヤクザだ。家庭を持つつもりはないし、結婚だ何だと重いことを言ってくる女も願い下げだ。そういう女は積極的に遠ざけるさ」
「……そう言うと思ってました」
コーディリアはそう言うと、近づけていた顔を引く。
と、その背後で周囲の喧噪に紛れて、ジョッキが床に落ちる音がした。
見やると、そこにはトレイを持ったマールが立っていて、その足元には三つのジョッキが転がっている。
「……マール?どうした」
「あ……いえ……その……ごめん、なさい……」
そう言うとマールは落としたジョッキを拾い上げるとその場から逃げるように立ち去った。
「やっぱり何か変ですよね、あの子」
「ああ、そうだな」
人混みの奥に消えた小さな背中に、オレはマールに何があったのかを考えたが……その理由は何も思い浮かばなかった。
その後、ランディ達に関わる一連のセレモニーが終わったあと、オレとコーディリアはマールを探した。
だが、既に会場にはマールの姿は見当たらず、オレ達はあいつが途中で帰ってしまったのだと結論づけた。
パーティは夜遅くまで続き、タダ酒で泥酔した冒険者達が三々五々ねぐらへ帰るころ、オレもコーディリアを伴って事務所への帰途についた。
「ボス……。今夜は、抱いてくれますか?」
「悪いな。今日はそんな気になれない」
「……意地悪」
帰宅後、しなだれかかるコーディリアの身体をそっと押しのけ、オレは1人自室へと戻る。
コーディリアは恨みがましい目でこちらを見たが、重い女云々の話をした直後だけあって、自重したようだ。
灯りを消した部屋でベッドに寝転がると、コーディリアの言葉が脳裏に浮かぶ。
おそらく、コーディリアも本気で結婚がどうとか考えている訳ではないのだろう。
そもそも日頃の言動からすればアイツが本気で子爵位に未練を持っているようには思えない。
オレへのからかいと、ビジネスを拡大する方法の一つとして提案してきただけだ。
そう、結婚披露パーティという場の空気に飲まれただけの一時の戯れだ。
「私と結婚して……か」
――そう独りごちたオレの言葉は、自分でも驚くほど感傷的なものだった。
翌日。
ランディ達の一攫千金に刺激されたのか、冒険者達の多くは二日酔いに悩まされながらもダンジョンへ向かって行った。
オレは傘下の冒険者達に無理はするなと伝えたが、連中としては自分もランディと同じ舞台に立ちたいと考えているのか、話を聞く気はまるで無いようだった。
「ボスの広告戦略が当たったということでは?」
「少々効果がありすぎたかもしれんがな」
オレの言葉にコーディリアは苦笑する。
その日は朝から小雨模様だったが、昼過ぎには雨脚はかなり強くなっていた。
ダンジョン内の環境は天候に左右されづらいとは言え、二日酔いと悪天候という悪条件が重なったことで、ダンジョンアタックに挑んでいた連中も早々に探索を切り上げ街へと帰還してきているようだった。
そして夕刻にはまだ早い時間帯。その中のひと組――最近オレの傘下に入ったパーティだ――が事務所へとやってきた。
「旦那、この鎧なんですが……買い取って貰えませんか?」
「鑑定結果はどうだった?」
「いえ、その……今日は魔術士が二日酔いでして……」
「で、未鑑定だと?」
「はい。明日、何か別のモノを鑑定させますから、前借りということで……見て貰えませんかね」
そう言って冒険者が収納袋から取り出したのは、華美な装飾が施された金属製の全身鎧だった。
金属製の全身鎧はオーダーメイドで生産されるもので、魔法の掛かっていないものでも金貨1,000枚は下らないと聞いたことがある。
そんな全身鎧に魔法が掛かっているとすれば、かなりの高額査定が期待できるだろうから、冒険者が一刻も早く価値を知りたいと考えるのも当然だ。
「コーディリア?」
「……私が鑑定魔法を掛けるんですか……?」
「今、鑑定を使えるのはお前だけだろうが」
「なら、鑑定結果に関わらず評価額の1割を貰えるのなら、手を打ちます」
「……だ、そうだが?」
以前もコーディリアは鑑定の魔法を掛けるのを面倒くさがっていたが、今回は手数料を要求している。
まぁ、こいつも金属製の鎧は高価だという事を知っているのだろう。
「かまいません。お願いします、姐さん」
「誰が姐さんですか……」
「なら評価額から1割引いた価格を買い取り査定の基準に使うということでいいな?」
「はい、それでお願いします!」
話が纏まったのでコーディリアが鑑定を使う前に契約書を整える。
本来であればこの程度の事にエルフローラ神の契約書は使わないんだが、今回はモノがモノだ。
鑑定結果が出てからそんな話は聞いていないとゴネられることを避けるために、正式な契約書を交わす。
「では鑑定します」
「ああ、さっさとやってくれ」
コーディリアが呪文を唱えている間にも雨脚は強くなり、ついには遠雷が聞こえ始めた。
窓の外に稲光が見える中で呪文を唱えるコーディリアの姿は、おとぎ話の魔女のようにも見えた。
「……判りました。この鎧は『クリサリス』です」
「クリサリス……サナギか?」
「ええ。効果は装備者の身体能力を1/2に低下させます」
「……おい、それは呪いのアイテムということか?」
「まだ続きがあります。装備中は能力が低下しますが、この鎧を着けて致命傷を受けると、それまでに蓄積したダメージを力に転化することが出来るようです」
「要するに殴られ続けて、最後にキレて反撃できる鎧か」
「ボス、言い方……」
コーディリアはそう言うが、一見すると立派に見えるこの鎧はどうみても外れだ。
名前からするとサナギの間は耐え、最後に羽化するというコンセプトなのだろうが……致命傷を受けてから羽化しても意味がないだろう。
コーディリアが言うには全身鎧は本来着脱が難しいものだが、これはその魔法効果的に戦闘中に装備解除することが前提となっているため、意識すればすぐに装備を外すことは出来るらしい。
「なら、何発か喰らって少し溜めてから脱げばいいのか?」
「いえ、致命傷を受けるまでは力の転化は効果を発揮しませんね」
「……ゴミだな」
「ゴミですね」
「そんな……ゴミだなんて……」
オレの見立てだとこの鎧は普通の金属鎧よりも扱いづらい、呪いのアイテムでしかない。
つまり鎧本来の価値である金貨1,000枚ではなく、それ以下の価値しかないということになる。
「そもそも、これ成人男性が着れないサイズですよね?」
「確かにハーフリングか、細身のドワーフか、それとも子供でもないと着れないだろうな」
「評価額としては金貨10枚ぐらいでしょうか。私の取り分、金貨1枚ですね」
「そんな……」
冒険者は肩を落としているが、実用品としての価値が無いことは事実だ。
ただ、見栄えは良いので、装飾品としてなら使えるかもしれない。
「マードック商会へ持って行けば金貨4枚と銀貨5枚で買取になるが、オレに売るなら金貨50枚で買い取ってやる」
「……ボスの提案に乗るべきです。そうすれば私の取り分も金貨5枚になりますから」
身も蓋もないコーディリアの意見に、冒険者達はしぶしぶ賛同し、結局この魔法の鎧はオレの事務所に飾られる置物になった。
まぁ、ヤクザの事務所に鎧兜が飾られているのはある意味、様式美だからな。




