#6
その日の夕方、いつも通りマールは業務報告をするために事務所へやってきた。
昼間に冒険者ギルドで会った時より顔色が少し良いように思えたのは……おそらく明日と明後日が休みだという、連休前に特有の高揚感のせいだろう。
「報告、受理しました。マールは明日と明後日は何か予定はありますか?」
「いえ……お家の手伝いをしようかと」
「マール?休業日の過ごし方を商会からとやかくは言えませんけど……折角ボスがくれた休みなんですから、ちゃんと休まないと」
「……お姉様は、どうされるんですか?」
「私ですか?私は休みなので当然ゴロゴロします」
休日も実家で働くというワーカーホリックぶりを発揮しているマールに対して、コーディリアは家でゴロゴロすると宣言している。
まぁ、休みだから好きにすれば良いが……。一応マールには念を押しておくか。
「マール。休むことも業務のうちだ。褒められた事ではないが、こいつのようにダラダラとして過ごすのもいいし、友達とどこかへ遊びに行くのもいい。まぁ、リフレッシュしてこい」
「は……はい。ありがとう、ございます」
そう言うとマールは頭を下げて帰っていった。
そして翌日。
コーディリアとマールには休みをやったが、オレはパーティの手配でまだやることがある。
いつもなら早起きして朝食の準備をするコーディリアが起きてこないので、適当に買い置きしていたもので朝食を済ませ、出かけようとしたときだった。
事務所のノッカーが鳴っている。
「……誰だ?休業の札を掛けているだろうが……」
タイミング的に、そろそろ例の勇者に対して送った使者が目的地に到着していてもおかしくはない時期ではある。
もしかすると転移魔法とやらで勇者がラーゼンへやってきた可能性もあるかと思い、オレは事務所の扉を開いた。
が、そこに立っていたのは……外套を羽織ったマールだった。
「……マール?朝からどうした?」
「あ、あの……会頭、中へ入っても……いいですか?」
「ああ、もちろん構わんが」
仮に勇者が到着したとしても、マルレイン工房経由で連絡が入ることはあり得ない。
ということはマールが来たのは勇者とは無関係か。
オレがそんな事を考えていると、事務所の中へ入ったマールはキョロキョロと不審な様子で周囲に目をやる。
オレがその様子を訝しんでいると、マールはおもむろに外套を脱いだ。
現れたのは白い裸身……。いや、裸ではないが、キャミソールやスリップとでも評せるような、薄手の肌着のようなものだけを身につけた姿だった。
マールは童顔でスタイルも女としては貧相……言うならば幼児体型だ。
もしこれがそれなりに成熟した女の身体であれば、色気のある格好だと言えるのかもしれないが、これは……異世界風の子供用サマーワンピースか何かだろうか。
それにしては随分と丈が短いようにも思えるが。
「……まだ少し肌寒い季節のはずだが。少し薄着が過ぎるんじゃないか?」
少しサイズが合っていないのか、肩紐がずれかけていることに気付いたオレは、思わず間の抜けた言葉をマールに掛けていた。
オレの言葉にマールはワンピース……というか、キャミソールの裾を引っ張って下着と足を隠そうとしながら、頬を朱に染めて口を開いた。
「あ、あの……か、会頭……わ、私……の、格好……その……」
自分の格好についてコメントをくれと言っているようには見えないし、さりとて休日にどこかへ遊びに行く前に、服を見せに来たという雰囲気でもなさそうだが……。
これが見知らぬガキなら放置して出かけるところだが、マールはオレの商会で働く従業員である以上あまり邪険にもできない。
言葉に詰まるマールにどう応じたものかと悩んでいると、背後から声が聞こえた。
「ボスー、私の朝ご飯はどこですかー?」
言うまでもなく声の主はコーディリアだ。
事前の宣言通り休日はゴロゴロ過ごすつもりだったらしく、今頃になって起きてきたようだが……どうしてオレがあいつのメシの世話までしないといかんのだ。
オレが内心でイラついている間にも、コーディリアの声を聞いたマールがおどおどした様子で視線を彷徨わせている。
「メシの用意は無いぞ。あと、オレはもう出かける所だ。丁度マールが来てるから、お前が朝食を用意してやれ」
「え、マールが来てるんですか?」
奥からコーディリアの声と、杖を突く音が聞こえてくる。
そう間を置かずに事務所の奥へ続く扉が開き、コーディリアが顔を出した。
「……おい、なんて格好をしてるんだ」
「いえ、休日ですから」
事務所に姿を現したコーディリアは、いつぞやと同じ短いタンクトップに下着だけという、人前に出すのも憚られる格好をしている。
最近「業務報告」の際には「制服」だと称してネグリジェやナイトウェアを身につけるようになってはいるが、そうでない日の業務終了後はいつもこういう格好で家の中をふらついているが……まさかマールの前にこの姿で出てくるとは。
オレはコーディリアの格好に皮肉の1つも言ってやろうかと考えた。
だがふと傍らのマールに視線をやると、コーディリアの方を見て目を大きく見開き驚愕の表情を浮かべていることに気付いた。
まぁ無理もないだろう。
マールはコーディリアの事を仕事の出来るエリートだと尊敬しているのだから、まさかその憧れの上司が休日はこんなだらしない格好をしていると知ればショックを受けて当然だ。
「おい、コーディリア。お前も薄着をするならマールを見習って可愛い格好をしたらどうだ?」
「愛人業務をしている時はちゃんとした格好してるじゃないですか」
「普段着の話だ。マールも何か言ってやれ」
オレがそう言ってマールに声を掛けると、硬直していたマールははっと我に返ると、床に落ちていた外套を慌てて手に取った。
「……マール?」
「あ……あの……ごめんなさい……!」
マールは小さくそう言うと、慌てた様子で外套を羽織ると事務所を出て行った。
「おい、コーディリア。マールの前で愛人業務などと生々しいことを言うな」
「ええ……私のせいですか?」
コーディリアにそう軽口を叩きながらも、オレは走り去ったマールのことが気になっていた。
マールがどういう意図であんな格好で事務所へ現れたのか……。思い当たる理由が一つもない。
本来なら追いかけて話を聞くべきなのかもしれないが、休日にさして親しくもないオレが追いかけて話を聞くのは少し憚られる。
休暇明けにでも、コーディリアにさりげなく話を聞かせるか……。
とりあえずランディとカミラの結婚パーティ絡みのセッティングは無事に終わった。
連中が結婚し、引退するのは少し先の話になるそうだが、件の勇者がいつラーゼンへ来るか判らない以上、先に片付けられることは片付けておいた方が良い。
オレの思惑によって結婚パーティはグレイディア商会の休暇が明けた2日後に開催されることになった。
休暇が明けて早々にマールの様子を見に行ったコーディリアが言うには、マールの仕事ぶりはいつも通りだったそうだ。
ただ、気になる事があったとコーディリアは言う。
「……目を合わさない、だと?それはいつもの事じゃないか」
「いえ、あの子がボスと目を合わせようとしないのは知っていますけど、私にも目を合わせようとしないんです」
「お前のだらしない姿を見て幻滅したんじゃないか?」
「……やっぱりですか?私も薄々そんな気がしていたので、直接問いただすことができなくて」
これまでマールはコーディリアのことを元商業ギルドのエースという偶像として見ていた気配があった。
その偶像が壊れ、素のコーディリアが見えたことで失望している可能性は高いだろう。
「それで、マールの体調はどうだったんだ?」
「顔色は相変わらずですね。早めに新人の手配をした方が良いかと」
「そうだな。制服の件はどうなってる?冒険者ギルドの制服を着せないだけでも、マールの負担は減るだろう?」
「仕立屋に当たりは付けています。けど新人の服も作る必要がありますから、まとめて発注しようかと」
「経費削減としては正解だが、マールの負担を考えると微妙だな」
オレがそう言うと、コーディリアは心底意外なことを言われたという表情でオレを見る。
「……ボスって商売相手には悪辣なのに、従業員のことはちゃんと考えるんですね?」
「当たり前だろうが。従業員や舎弟に裏切られたらスキームは回らない。これは組織を維持し、円滑に回すために必要な投資だ」
「ああ、慈悲とか慈愛とかじゃないんですね。いえ、知っていましたけど」
「慈悲やら慈愛やらで金が稼げるなら、いくらでもくれてやるさ」
「……なら、今日は『業務報告』の日ですから……私に慈愛を下さいね?」
コーディリアの言葉が本気なのか冗談なのかはわからないが、それでこいつがやる気になるなら安いものだ。
マールもこいつぐらい気安く接してくれると楽なんだが……。




