#3
コーディリア経由で商業ギルドに人員派遣要請を出すことを決めた翌日。
これまでに見たことのない魔導具がグレイディア商会に持ち込まれた。
発見したのは馴染みの冒険者であり、今のところローン返済を上手く回しているランディのパーティだ。
「なぁ、ヤクザさん。これ、どう思う?」
「そうですね……魔導具としては正直あまり実用性はないと思いますが、売り方次第では結構な値が付くかもしれませんよ」
「そうなのか?なら、俺達が大田なへ持ち込むよりも、あんたに託して売り込んで貰った方がいいか……」
「アタシもそう思うよ。こういうのはヤクザさんに頼むのが一番さ。とはいえこれ、何かの役に立つのかい?アタシには使い道が思いつかないんだけどね」
ランディが持ち込んだのは小さなランプのような魔導具だった。
これが単なる魔法の照明器具なら金貨20枚が関の山といったところだが、鑑定魔法はこれが他に類を見ない魔導具だという結果を告げていた。
「ノクティルーチェ」という名の小さなランプの鑑定結果には「香彩灯」という別名が添えられている。
鑑定魔法を使ったルディが言うには、この魔導具は発する光の色を変えられるだけでなく、芳香を放つことも出来る環境演出効果を持つらしい。
正直、冒険者が照明器具として使用するには全く不要な機能で、せいぜい動く死体が彷徨く地下迷宮で臭気を抑える程度の効果しか期待できないだろう。
むしろ鼻の利く魔物が徘徊する場所なら、敵をおびき寄せてしまう可能性が考えられるような実用品とはほど遠い品だ。
それ故にランディ達は大店に持ち込んでも二束三文で引き取られると考え、相談を兼ねて雑多なアイテムの買い取りを行っているオレの所へ持ってきた訳だが……。
「これを照明器具として見れば単なる魔法のランタンとあまり変わらない値になると思いますがね、環境演出装置だと考えれば……おそらく貴族が好みそうな気がしますよ。コーディリア?」
「そうですね。会頭がおっしゃる通り、照明や芳香を自在に操れるのであれば夜会や晩餐会の雰囲気作りには最適だと思います」
「……ということです。では……そうですね、販売価格の1割を手数料として頂けるのであればオレが皆さんの代理でマードック商会へ売り込みますが、どうですか?」
オレの言葉にランディとカミラは目を見合わせる。
今日は神官のテリオンが同行していない所を見ると、ノクティルーチェは今日ダンジョンで発見した戦利品という訳ではなく、以前に持ち帰った外れアイテム枠のモノを内職として鑑定した品だったのだろう。
「アタシは異議無し。この旦那ならきっと高値で売ってくれるよ」
「うん。任せていいと思う」
「なら決まりだな。ヤクザさん、頼めるか?」
「ええ。では確かにお預かりしました」
マードック商会へアイテムを持って商談に行くのは久しぶりだ。
会頭とは最近事業提携の話しかしていなかったので、たまにはこういう直接的なカネのやり取りをするのも悪くないだろう。
マードック商会へ持ち込んだノクティルーチェの買い取り交渉には2時間ほどを要したが、結果的に金貨12,500枚という高値が付いた。
オレが最初に持ち込んだプラチナ製ライターは珍品として金貨5,000枚で売れたが、あれと比べてもと2.5倍の値が付いたことになる。
正直オレ自身もここまで高値になるとは思わなかった。
だが商談を終えた後、会頭が口にした言葉でオレは高値の理由を理解することになる。
「ヤクザ殿、できれば……同じモノをあと2つ手配することはできませんかな?」
「オレとしてもこれだけ高値で売れるのなら手配したいですが、ユニークアイテムだという鑑定結果でしたからね。おそらく2つとは存在しないのでは?」
「そうですか……。まぁ、では残り2つは王家の方で差配して頂くしかありませんな」
会頭の言葉は、この品が王家に献上されるものだということを示している。
だが、なぜ同じモノが3つも必要なんだ?
オレがその事を問うと、会頭は少し意外そうな顔をして言った。
「おや……ヤクザ殿にしては珍しいことですね。もうすぐ姫様方のお誕生日ではありませんか」
「姫様……方?」
「ええ。アルメリア様、ルリシエラ様、ドロテア様の三王女様方です」
そう言えばオレはこの国が王国であり王家が支配していることは知っていたが、王家のメンバーについて意識したことはなかった。
そして今会頭は何と言った……?
アルメリア、ルリシエラ、ドロテア……それが王女達の名前だということは判るが、3人の名前と誕生日の献上品だと……?
「もしかして、その王女様方は、三つ子なのですか?」
「ヤクザ殿……まさかご存じなかったのですか?」
「え、ええ。オレは流れ者ですので……」
まさか異世界から流れてきたとは言えず、苦しい言い訳をするしかないが……しかし三つ子の王女か。
「おそらくこの品を好まれるのは、お三方の中で最も社交的な第二王女ルリシエラ様でしょうな。国を継がれる第一王女アルメリア様にはもう少し実用的な品をお贈りすることになりそうですが」
「なるほど。ではドロテアという第三王女は?」
「ドロテア様は正直良くわかりませぬ。以前ヤクザ殿が持っておられた例の『スマホ』のような珍妙な品であれば喜ばれたと思いますが」
会頭の説明でオレの頭の中で3人の王女のイメージが固まってゆく。
第一王女にして国を継ぐアルメリアは実務的な人間。
第二王女であるルリシエラは社交的な人間。
そして第三王女であるドロテアは……つかみ所のない人間ということか。
まぁ、今のところオレは王都に出向く予定も、王家と直接取引をするつもりもない。
三王女とやらに面会する機会が出来るようなことでもあれば、もう少し情報を集めてもいいが……今は王女より、直接の商売相手になる勇者の方が優先度は高いだろう。
結局オレが事務所へ帰ったのは夜も更けてからで、マールは当然のように本日分の報告を終えて帰った後だった。
コーディリアはオレがマールにアシスタントを雇用する説明をしていたと思っていたらしく、新人の話を告げるとマールが驚いていたと言った。
「ああ、そう言えばマールに話をしに行くのを忘れていたな」
「しっかりしてくださいよ、ボス……」
「だが金貨12,500枚の商談は成功させてきたぞ?」
「うちの取り分は1,250枚ですか。一日の利益としては大きいですが……」
「で、マールは何か言っていたか?」
「助かります、と言ってましたね。少し顔色が悪かったので、結構疲れは溜まってそうですが」
コーディリアの言葉にオレはマールが思っていたよりも過労気味になっていることを理解した。
オレの経営するグレイディア商会は基本的にヤミ金だが、闇だからといってブラック企業である必要はない。
「なら、マールに休暇を取らせることにするか。アシスタントが入り次第、一日か二日、無理にでも休みを取らせてやれ」
「ボス、私には臨時のお休みをくれないんですか?」
「お前は休みがあっても部屋でゴロゴロしてるだけだろうが」
「休日の過ごし方にケチ付けないでください!」
まぁ、与信業務が止まると他の業務も少なくなる。グレイディア商会全体として休業日を作るのも悪くないだろう。
「金貨11,250枚です」
「「「「え?」」」」
同じパーティで生死を共にしていると反応も似るのか、ランディ、カミラ、ルディ、テリオンは異口同音にそう声を上げ、全員が固まった。
「金貨1,250枚――」
「あ、ああ……驚いたよ。それぐらいの金額なら納得できる」
「――は、お約束どおり1割の手数料としてうちで頂きますがね」
「……は?」
オレの言葉を途中で遮ったカミラだったが、オレが告げた金額が1割の手数料と知って再度硬直した。
つまりランディ達の認識だと冒険者としては、いかにユニークアイテムとはいえ、使い物にならない照明器具程度のものが金貨12,500枚というのはあり得ない数字なのだろう。
そんな4人の様子をよそに、オレは隣に控えていたコーディリアに声を掛ける。
「コーディリア。こちらの方々のローン残高は?」
「はい。テリオン様以外の3名様を合計すると金貨972枚と銀貨3枚になっています」
「おめでとうございます。ローンを完済した上でまだ金貨10,000枚以上が手元に残りますよ」
「……あ……あの、ヤクザの旦那……?これ、新手の詐欺じゃ……ないよね?」
「カミラさん、人聞きの悪いことを言わないで貰えますかね?うちはまっとうな商売をやってる商会ですよ?」
「すまないね……突然の事で事態が飲み込めなくて……」
彼らが発見したノクティルーチェの買い取り金額は、当の本人達が予想していた価格よりも数倍、いや10倍近い値だったのだそうだ。
残クレの支払い分を精算しても一人当たり金貨2,500枚以上、単純に日本円換算すると2,500万円相当になる。
一生遊んで暮らすには不足だが、それでも十分に一攫千金の夢が叶った瞬間だと言えるだろう。
この国の経済事情は工業製品こそ高いが、日用品の類いは比較的安価だ。
金貨2,500枚だと装備を増強すればすぐに使い切る金額ではあるが、派手な生活をしなければ冒険者を引退して一生安泰に暮らす事も不可能ではない。
幸運に恵まれたランディ達がどういう選択をするのかは判らないが、これはオレにとっても良い広告等になる。
オレがそんな事を考えていると、事務所の隅に固まって何事か相談していた4人は一斉にこちらを振り向き、全員を代表してランディが口を開いた。
「その、金貨11,250枚というのは……すぐに貰えるのか?」
「ええ、マードック商会も商いが大きくなりましたから、即金で支払うと言っていますよ」
「そうか……。なら、カミラ。兼ねてから言っていたことだが……」
「ああ、いいよ。ルディ、テリオン殿、すまないね」
「構わない。一人でも潜る」
「僕はまだあと10ヶ月ぐらい修行期間があるので少々困りますが……。ですが、マファーメラ神殿の神官見習いとして、お二人の前途を祝福させて頂きます」
……うん?
こいつらは何を言ってるんだ?
オレが連中の話す内容がいまいち理解できず首をひねっていると、コーディリアが珍しく明るい声で言った。
「お二人とも、おめでとうございます」
「……おい、コーディリア。どういうことだ?」
「ボスはこういう所は鈍いですよね……。ランディさんとカミラさんは冒険者を引退されて、ご結婚されるんですよ」
「……いつそんな話になった……?」
オレは思わずそう呟いたが、確かに先ほどこの4人が口にした言葉はコーディリアの言った「ランディとカミラが結婚して冒険者を引退する」という前提を当てはめるとしっくりくるものだった。
つまり一攫千金を成し遂げた二人は早期リタイアし、テリオンと……おそらくルディは冒険者を続けるということなのだろう。
優秀なパーティでありローンや与信の広告塔であったランディに引退されるのはオレとしては少々痛手だが……。
折角だ、この二人の結婚をオレの事業の宣伝に使わせて貰うとしよう。
「いや、おめでとうございます。オレとしてもお二人が幸せになってくれると嬉しいですよ」
「アンタに祝福して貰えると、アタシも嬉しいよ。色々と世話になったね」
「いえ、こちらこそ。つきましては世話ついでに……最後にお二人の婚姻を祝福するパーティをグレイディア商会で開催させて頂くというのはどうでしょうか?」
「え……?」
もちろんオレはこの連中をただ祝福したい訳ではない。
ランディ達は残クレを使った成功モデルだ。この二人が残クレで強化した装備で成功し、一攫千金を成し遂げて幸せな早期リタイアを行ったということを「結婚披露パーティ」という形で冒険者連中に派手に宣伝すれば……。
「……ボス。口では良いこと言ってますけど、笑顔が邪悪ですよ」
「うるさいぞ、コーディリア。それよりパーティの手配だ。予算は金貨1,250枚以内に収めろ」
耳元で余計な事を言ってきたコーディリアにそう指示をしたオレは、この好機をどうビジネスに利用するか思考を巡らせる――




