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#24

 結局の所マールはコーディリアの奴が「元商業ギルドのエース」と軽口を叩いたことを真に受けていたらしい。


 実際、コーディリアの才能からすれば、多少の誇張があるにせよ一線級であったであろう事はオレも否定しないが、マールにとっては自分が望んでも届かなかった商業ギルドのエリートが、自分を勧誘してくれることに感激し、畏敬の念と共に余分な好意まで抱いたというのが真相のようだった。


 マールがコーディリアの下に付くのであれば、個人的な忠誠心を持つことは悪くない。そう判断したオレは、マールの採用を決め冒険者ギルドからの移籍手続きを行うことにした。


 ギルマスはオレが選んだのがマールだと知り意外そうな表情を浮かべたが、まだ冒険者ギルドに勤め始めて日の浅いマールであれば仮に業務から完全に抜けても補充は容易だと考えたのか、思ったよりもすんなりと移籍を受け入れた。

 いずれマールの有益さを知ってギルマスが歯がみすることになるだろうと確信しながら、オレは素知らぬ顔で移籍契約書に署名する。



 幸いな事にマールは契約の勉強をしていたこともあり、数日で信用スコアの算出と与信枠の付与を独りでこなせるようになった。

 そのことを一番喜んだのはコーディリアだ。

 これで冒険者ギルドまで出向かずに済むと安堵するコーディリアだが、オレの一言で顔色が変わる。


「お前、歩かなくなったらまた腹に贅肉が付くぞ?」

「と、時々はマールの様子を見に行きますから平気です!」

「マールは毎日来て欲しいと言っていたが?」

「毎日行っていたら従業員を増やした意味が無いじゃないですか」


 コーディリアはそう言うが、与信状況についての報告は必要だ。

 結局、毎日の業務終了後にマールがグレイディア商会まで出向いて報告を行い、週に一度の頻度でコーディリアが監査を兼ねて冒険者ギルドへ出向き、与信状況とマードック商会との調整を行う体制を取ることになった。


 オレは当然どちらにも関与しない。

 なにせ、オレの創り出した輪転する欲望は、もはやオレが手を出すまでも無く自ら回り始めたからだ。



 このところ働きづめだったので少し休みを取ろうかと思っていたある日。

 珍しくオレの事務所にマードック商会の会頭が顔を出した。


「会頭直々にこんな小汚いところへいらっしゃるとは、何かありましたか?」

「いえ、ヤクザ殿に事業提携のお礼を申し上げようと思いましてな。何せこれまでは高価な魔導具を購入できるのは一部の冒険者のみ。仕入れた魔法の武具も数を揃えて騎士団に納入することで収益を出しておったのですが、今は半端な物でも冒険者の方がお買い求め下さる」

「なるほど、軍は装備の標準化を好みますからね」

「ええ、まさに。逸品であれば高位の騎士様の専用装備たりえますが、半端な武具はそうも行きませんからな。遠方のバルザックまで売りに行く手間が省けて大いに助かっております」


 バルザックという街についてはコーディリアから概略を聞いたことがある。

 確かこのマーネイという王国では2番目に大きい都市で、大きな闘技場があるとか……。おそらくこれまで魔法の武具は闘技場関連の市場に流れていたのだろう。


「ところでヤクザ様はマファーメラ神殿とも提携を結ばれたとか?」

「ええ、あちらともWin-Winの関係を結ばせて頂いています。先方は勇者の再臨を期待しているようですが」

「勇者、ですか……。そう言えば少し前に隣国で勇者様が現れたという噂を耳にしましたが」


 オレが語った勇者という言葉に、マードック会頭は世間話のようにそう言った。


 だが……勇者が現れた、だと?

 あまり興味を持っていることを悟られないよう、オレはあくまでも世間話を装って会頭から情報を引き出そうと試みる。


「そう言えば勇者は100年周期で誕生すると聞きましたが、もうそんな年でしたか?」

「古来よりの言い伝えではそうですが、魔王のおらぬ今の世に勇者様と言われましてもなぁ。剣と魔法の両方に秀でる御仁と聞きましたが、おそらく優れた力を持て余しておられるのではないでしょうか」


 そう言うと会頭は笑うが……もしそれが本物の勇者だとしたら、この世界にはオレとそいつの2人の勇者が存在することになる。


 不在の魔王と2人の勇者。


 オレをこの世界に導いたあの存在が女神だったとしたら、随分と間の抜けたミスキャストをやらかしたものだ。


 だが、勇者が現れたのが隣国であれば、オレがそいつと関わる可能性は低いだろう。



 それから1月ほどが経ち、与信を受けた冒険者パーティの数が20を越えたあたりでオレが待ち望んでいた事態が訪れた。

 ほんの数回の支払いで、債務を焦げ付かせた不運な連中が現れたのだ。


 その連中は与信枠を拡大するために盗賊をパーティに加えたが、信用スコアが低かったため神官の派遣を受ける事は出来ず、代わりに錬金術師を引き込んでいたそうだ。


 そして拡大した与信枠をフル活用して装備を拡充したところまでは良かったのだが……無理な依頼に挑んだせいで強力な魔物に遭遇して敗退。

 錬金術師の活躍もあってメンバーは全員命を取り留めたものの、ローン契約で購入した魔法の武器を1つ失ったそうだ。


 残クレ契約で入手した武器の所有権がマードック商会にある以上、現物を失っても支払い義務は消えない。

 いや、それどころか期間終了後の「武器の返却」が成立しなくなる。


 もちろんオレはそのリスクを承知していたから、契約書には残クレのルールに従い、アイテムが返却不能になり、残価を含めた残債が残っている場合は契約を強制終了し、残額を一括で支払う旨の条項を盛り込んでおいた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!武器が無くなって、オレ達は冒険に出ることもできないんだぞ!?それなのに、金貨500枚近くを一括で払うのは無理だ……!」

「そう言われましてもね。お客さん、契約書にはちゃんと一括払いについての説明が書いてありますし、そちらも契約内容を確認した上でサインを行っているはずですがね?」


 事務所で青い顔をしながら冷や汗を垂らす、「黄金の獅子」とかいうパーティのリーダーにオレはそいつ自身のサインが入った契約書を突きつけてやった。


「ご存じの通り、これはエルフローラ神の名において交わした契約書です。それを破るとなると……どうなるんでしょうねぇ?」

「なら、どうしろと……残りの装備を全部売り払って、冒険者を引退しろって言うのか!?」

「まさか、そんな事は言いませんよ。契約書、よく読んでください。こういう場合の付帯事項も書いてあるでしょう?」


 そう言ってオレが指で示したのは、債務不履行に陥った場合の処理だ。


『乙が本契約に基づく支払債務を所定の期日までに履行しなかった場合、乙は当然に期限の利益を喪失し、甲が付与した一切の与信枠は直ちに凍結されるものとする。


 乙は、前項の場合において残存する債務の全額を、甲の請求に従い一括して支払う義務を負う。

 ただし甲が相当と認めたときは、乙に対し甲の指定する依頼を受諾させ、その報酬、戦利品その他乙が取得した経済的利益の相当額を債務の弁済に充当させることができる。


 前項の適用の有無、指定依頼の内容、納付方法、充当順序その他必要な事項は、甲がこれを定める』


 要するにこの条項は債務者に労務による支払いを行わせる……この世界の言葉に翻訳すれば「借金奴隷」という奴に落とす感覚に近いものだ。


 だが借金奴隷はカネで売買される存在だが、オレはこの冒険者達をを余所へ売り飛ばすつもりはさらさらない。

 なにせこの連中にはダンジョンへ潜り、戦利品を持ち帰ることでキャッシュフローを生み出す力がある。みすみす稼ぎ手を余所に渡す必要なぞ、あるはずもないからだ。


「だが、武器が無くては……」

「ご安心ください。武器はこちらで貸与しますよ。もちろん、リースになりますがね」


 この連中が稼ぐために使う武器は一見すると資産に見えるが、短期間での減価償却が必要な消耗品でもある。


 当初返済すべき債務が500枚の借金であったとしても、新たな武器を強制的にリース契約で与えることで、さらなる負債を負わせることもできる訳だ。


 結果としてこの連中がいったい金貨何千枚分を返済することになるのかは判らないが……運が悪ければ数年は返済のためにダンジョンに潜り続けることになるだろう。


 もちろん、オレはこの連中をダンジョンの中ですり潰して消費するつもりはない。


 オレは闇バイトを使い捨てるトクリュウの連中とは違う。

 手駒は大切に使ってこそ収益を生む。

 特に、経験を積んだ冒険者のような人的資源は、魔法の武器などとは比べものにならない「資産」だからだ。



 連中を使い潰すのであれば命懸けで高難易度の依頼に挑ませるという手も無いではないが、オレは冒険者の長期運用を考えている。

 人間鑑定の魔導具を使い、連中にとっての適性レベルを見極めた仕事を差配すれば、事故率を引き下げることが可能になる。


 そして対価は要求するが、必要であれば武器防具の提供や回復手段の提供は惜しまないし、魔術士には鑑定の魔法も教え込み、換金できるアイテムの種類も増やしてゆく。


 アイテムの目録が充実すれば「目利き」で簡易鑑定できる物品が増え、連中の返済速度が上がることは言うまでも無いが、同時にオレが手元に置いている「アッシュメイカー」や「ウインドダンサー」のような珍妙な装備でも、どこかの物好きの目に留まり、市場に流通するようになるかもしれない。


 マードック商会のお株を取るつもりは無いが、ニッチな魔導具が流通するようになれば……オレが新しいスキームを見出すヒントになるかもしれない。

 そう。つまりこれは一方的な搾取の罠ではない。


 あくまでも合法的な商取引、それも冒険者に利益のあるWin-Winなものだ。


 この様子を見ていたコーディリアは、がっくりと肩を落とす「黄金の獅子」とは対照的に、オレがとても邪悪で、良い笑みを浮かべてたと評したが……余計なお世話だ。


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