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#25

 そしてその夜、コーディリアが「提案」があると声を掛けてきた。


「どうした?定例報告は明後日じゃなかったのか?」

「だって……あんな悪辣なところを見せられたら、我慢できなくなりますよ」

「お前の性癖は良くわからんが……。ただ欲情している訳じゃないんだな?」

「もちろんです」


 コーディリアとはいつの間にか週に一度、ベッドの上で「定例業務報告」を受ける取り決めになっていたが、今日は「定例」ではない話があるらしい。


 こいつが物欲しげな目をするのは大抵オレがビジネスを成功させた時だ。

 つまり、今日「黄金の獅子」とやらを債務の罠に絡め取ったことを見て、そう言う気になったのだろう。


 いつもより情熱的な情事の後、単なる口実だと思っていた「提案」をコーディリアは行ってきた。


「ボス、今日の手際は見事でしたけど、少し危うい気がします」

「冒険者共が警戒心を抱くということか?」

「やはり気付いていましたか。どうするつもりですか?」

「『黄金の獅子』が返済不能に陥ったことは隠さず、オレが連中の再建支援を行っているとマールに宣伝させるつもりだ。そうすればもししくじっても再スタート出来ると安心できるだろ?」

「それ、立て直しもボスの手の内で……ですよね」


 オレの提示した案にコーディリアは眉をひそめる。

 その様子から見れば、何か腹案でもあるのだろうか。


「で、提案というのはなんだ?」

「ボスの方法だとマイナスをゼロにしかできません。なので、ここはプラスに持って行ける手を打ちましょう」

「ほう。どんな手だ?」

「与信を与えた冒険者に記章を与えます。そして記章を持つ冒険者は商会や酒場、宿屋などで優遇を受けられるようにします」


 コーディリアが提案してきたものは、日本で言えばハイクラスのクレジットカードに付与される特典のようなものだ。

 グレイディア商会が与信枠を与えている冒険者は一定以上の信用(クレジット)を持つ者達だ。

 コーディリアはそこに記章と付加価値を乗せることでプレミアム感を演出しようと言っている訳だ。


「なるほど、悪くない案だ。使い方を誤ると破滅するが、与信枠(クレジット)を持っていることはステータスになる……そう言う仕掛けだな?」

「はい。どうでしょうか?」

「その記章はどんなものを考えている?簡単に偽造されるようだと使い物にならんぞ」


 オレがそう言うと、コーディリアは身体を寄せ、オレに抱きつきながら言った。


「もちろん、考えていますよ。そもそも与信を受けた冒険者は少数ですから、対象となる店や商会には与信者のリストを回しておきます。そして記章は細緻な飾り掘りを入れて偽造し辛くします」

「飾り掘りか。アテはあるのか?」

「ええ。マールの実家が工房だという話は覚えていますか?」


 確かマールを採用するときに、コーディリアがそんな事を言っていたような気がする。

 オレは曖昧な記憶を辿りながら、コーディリアに頷く。


「マルレイン工房と言うそうですけど、そこは銀細工が得意なのだそうです。ただ技術力は高いのですが、制作に時間が掛かるので大がかりな商いはできないそうで」

「つまりマールの実家にもカネを環流させる訳か。それで?」

「記章自体はあくまでも『偽造には手間がかっかる』程度で良いと考えています。本当に認証が必要な時は、冒険者ギルドのギルドカードを併用させるようにすれば良いかと」


 冒険者ギルドに登録した者にはギルドカードなるものが付与される。

 原理は良くわからないが、本人を認証し、冒険者としてのランクを魔法的に証明する機能が付いていると聞いた事があるが……。


「つまり、本格的な認証は外部任せにする訳か」

「ええ。幸いな事に与信事業は冒険者ギルドとの共同事業ですから」

「良いアイデアだ。で、いつから実行できる?」

「マールには試作品を作るよう指示してあります。明日にはサンプルとしてボスの記章が仕上がってきます」

「ずいぶんと手回しがいいな?」

「ええ。私はボスの右腕ですから」

「神の左手、悪魔の右手という言葉を聞いたことがあるが……。さしずめお前は悪魔の右腕だな」

「それ、ボスが悪魔ってことじゃないですか」


 そういってコロコロと笑うコーディリアの笑顔は蠱惑的ではあったが、同時にどこかっ邪悪な色(オレの色)に染まっているようにも思えた。



 結果としてコーディリアが提案してきたプレミアム路線への舵取りは大いに成功を収めた。


 「黄金の獅子」の連中が返済不能に陥ったという噂が流れたあと、一時的に与信を希望する冒険者も、新規にローンを組もうとする冒険者も現れなくなったことは事実だ。


 だがコーディリアが提携協定を取り付けた高級酒場やレストラン、宿の優待プランは、ただお得なサービスというだけではなく、これまでは底辺労働者だと白眼視され、場末の酒場で安酒をあおることしか出来なかった冒険者達の承認欲求や自尊心を大きく刺激することになった。


 なにせ高級店ではこれまで許されなかったはずのツケ払いが、与信枠を介したクレジット決済で可能になったのだから。


 そして高級店へ出入りするためのパスポートとなる与信記章(クレジットカード)も当然のごとく話題となった。


 マールの実家で作らせた銀製の記章はドッグタグのような形状で、表面にはグレイディア商会の紋章を刻み、裏面に所有者の名前とクラスを刻んだ。

 それは細工の精緻さから装飾品としての価値も高いと評されるものだった。


 そしてデザイン以上に、その記章を首から提げていれば、高い信用スコアを持つ存在そして人々の信頼(クレジット)を獲得することが出来る。


 オレが周知した「ローンは悪いものではなく、使い方次第だ」という詭弁めいた説明も相まって、一時は停滞していた与信希望者も再び増え始める。


 そんな中、2組目と3組目の返済不能パーティが現れた。


「あいつらか?アレは運が悪かったのさ」

「ローンを組むにしても、限度ってものがあるだろうよ」

「ああ、常識的に使えば問題ないさ」


 優遇措置のある酒場で噂される破綻者達の噂は、冷淡なものだった。

 首からドッグタグを掛けた冒険者達は笑顔で言う。


 俺達はそんな失敗はしない、と。


「俺達はローンで勝ち組になった。これからも上手く利用してもっと成り上がろうぜ」

「ああ、与信記章(クレジットカード)に乾杯だ!」


 だが、連中は忘れている。

 奴らの掲げている杯の一杯一杯が信用払い(クレジット決済)であるということを。


 与信枠は財産ではない。


 輪転する欲望に飲み込まれた連中が、その事に気付くのは……おそらくそう遠い未来ではないだろう。


これにて第二章は終了です。


第三章「情動の再構築-Affective Restructuring」は既に章末まで執筆が終了しておりますので、校正が終わり次第連載を再開いたします


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