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#23

「ボス……じゃなくて会頭、遅くなりました。先に言っておきますがこの遅刻は私の怠慢によるものではなく、あの腐れエルフが押しかけてきたせいですので!」

「……コーディリア、言い訳は見苦しいぞ」

「うう……あの腐れエルフのせいでまた私の評価が……」


 オレがマールをどう説得しようかと考えていると、コーディリアが冒険者ギルドに姿を現した。時計を見ると確かに与信業務を開始する時間を少し過ぎている。

 こいつがあの腐れエルフというのは当然サブル・カムルの事だろうが……。


「私としては不本意ですが、会頭が提示された買い取り物品をあのエルフが持ってきましたので、検収と支払い、パテントの契約締結も済ませておきました」

「相変わらず手際はいいな、コーディリア?」

「ええ、こう見えても元商業ギルドのエースですから」


 自分でエースだと言い切るのは自意識過剰だとは思うが、こいつが有能なのは事実だ。

 と、オレが話している最中だったマールが目を瞬かせながらとコーディリアの方を凝視している。


「……会頭?何故か私、熱視線を浴びているのですが。こちらの方は?」

「ああ、お前が提案した従業員の候補だ。今事業の説明をしていた所だが……丁度良い、お前が後を引き継げ」

「丸投げ!?丸投げですか!?」

「丸投げも何も、お前が提案してきたことだろうが。それに、採用になればお前の部下になる相手だ。上司が面談するのは当然だろう」


 オレはマールの事をコーディリアに任せ、ギルドの外で一服することにした。


 コーディリアが入手してくれたシガロリはあっという間に無くなってしまった。

 今は適当な薬草を乾燥させたものを紙巻きタバコにして吸っているが……どうもしっくりと来ない。


 クレジット事業が一段落したら、タバコの再現に本腰を入れるかと考えていると、通りの向こうから見知った連中が歩いてくるのが目に入った。


「あ、ヤクザの旦那じゃないか!」

「ああ、カミラさん。それに皆さんも……そちらの方は……」

「初めまして、ヤクザ殿。僕はマファーメラ神殿で神学を学んでいるテリオンと申します」

「これはご丁寧にどうも。グレイディア商会のヤクザです。……ということは皆さんは神殿に認めて貰えたのですね?」

「ああ、あんたの推薦状のおかげでな。昨日、テリオン殿を派遣しで貰えることが決まったんで、今日は顔合わせがてら街の外でゴブリン退治を引き受けてきたところだ」


 なるほど、いきなり未経験者をダンジョンへ連れて行くのではなく、連携や立ち回りを確認するために簡単な依頼を受けてきたということか。


 ゴブリン退治は駆け出しの冒険者でも務まる依頼だし、転職(クラスチェンジ)したばかりの盗賊や初冒険であろう神学生を実地訓練するには最適だ。

 なかなかどうして、立派なリーダーぶりじゃないか。


「いや、しかし神官サマってのはすごいね。支援魔法で身体は軽くなるし、怪我もあっという間に治っちまう」

「いえ、僕はまだ駆け出しですし、神学校の同輩にも僕より優れた神官候補は何人もいますから」


 テリオスはそう謙遜してみせるが、おそらくこいつより能力の高い神学生が複数いるのは事実だろう。

 オレが神殿の人間なら、最初のテストケースに出す人材は、人当たりが良く、かつ失ってもそう痛くは無い……主力級からは一段階劣る人間をまず投入する。

 謙虚なテリオンはその条件に合致しているように見えるし、コイツと、そしてランディ達が失敗しなければより優秀な人間も派遣されてくることになるのだろう。


 そんな事を考えながらテリオンを見ていたオレは、こいつが僧服の上から革鎧を身につけていることに気が付いた。見たところ新品では無く、所々すり切れた印象だ。

 それに腰には剣ではないが、鉄製の棍棒……メイスと言ったか?そう言うものも下げている。


「失礼、その装備は?神殿には神学生の方は戦闘に参加しないという条件を伝えていたはずですが」

「ああ、これは……テリオン殿が無手だと不安になるんじゃないかと思ってな。俺の判断で中古の装備を提供させて貰ったんだ」

「はい。ランディ殿のご厚意に感謝いたします。魔物を目の前にすると、どうしても何か身を守る物があるほうが安心できますので……」


 これはランディの勇み足だが、確かに俺もダンジョンへ向かう際は自衛用の魔導具を手にしていた。

 使うかどうかはともかくとして、万が一の保険として武装させておくことそのものは悪くない判断か。

 ……とは言え、神殿側に報告はしておく必要があるだろう。


「冒険者ギルドに依頼報告をされたら、後で念のため神殿にもこの件は報告しておいた方が良いと思いますよ」

「ああ、もとよりそのつもりだ。それに今日はテリオン殿の歓迎会もしないといけないからな」


 ゴブリン討伐そのものは報酬の安いシケたシノギだが、中級冒険者であれば一度の冒険で多数を狩ることが出来る。

 連携を試しながら大量のゴブリンを狩ったランディ達は懐具合もそれなりに暖かいのだろう。


 冒険者ギルドへ入るランディ達を見送りながら、俺は冒険者パーティに神官を派遣させるという事業提携が上手く回りそうなことに満足し……残り少なくなったタバコの煙をゆっくりと楽しんだ。



 討伐報告を終え、神殿へ向かうというランディ達と入れ替わりにオレは冒険者ギルドへと戻った。

 見るとグレイディア商会のブースにコーディリアとマールが並んで座っている。

 面談をしている……にしては、対面ではないし、オレが一服している間に話が纏まったのか?


 オレの視線を感じたのか、コーディリアはマールに何か告げ、オレの方へ向かってゆっくりと歩いてきた。手に何か紙を持ってるが……雇用契約書だろうか。


「採用する事に決めたのか?」

「いえ、最終判断はボスにしていただこうと思いまして。ところでボス、評価額金貨1,000枚の魔導具を例の残クレで26週払いにした場合、毎週の支払いはいくらになりますか?」


 コーディリアが唐突なことを言うのには慣れたつもりだったが、今回はすこぶる付きだ。

 何かの冗談かと思ったが、コーディリアの目が――いつものジト目だが――真剣な様子だったので、オレは頭の中でざっくりと利率計算を行い、金額を算出する。


「週あたりなら金貨26枚に銅貨1枚ってとこだな」

「回答までに3秒ですか。お見事です、ボス。ちなみに私もボスと同じぐらいの速度で暗算できますが」

「お前の自慢はいい。それで、今の質問にはどういう意味がある?」

「こちらを。マールに同じ問題を解かせました」


 そう言うとコーディリアは手に持っていた紙を手渡して着た。


 そこには小さな丸文字で数字がいくつも書き込まれていて、最終的にはオレが暗算で求めたモノと同じ数字が記載されている。


「計算は合っているようだな」

「はい。ですがマールは紙を使い、正解を導くまでに47秒を要しました」

「なるほど。それで、お前はこの結果をどう見る?」

「はい。私は……マールを採用したいと思います」

「そうか。判った」


 マールを採用するという言葉に対して、オレが異議を挟まなかったことにコーディリアは少し驚いたような表情を浮かべた。

 だが、オレがこいつの意図を見抜いたと気付いたのか、ため息をつくと言った。


「ボス。こういうときは『どうして暗算も出来ず、計算も遅いマールを雇うのか』と聞くところですよ」

「聞く必要は無い。その計算用紙が全てを物語っている」

「……はぁ。ボスが有能なのは知ってましたけど、面白みはないですよね」


 コーディリアはそう言うが、マールが計算に使った用紙には計算のプロセスだけでなく、検算を行った結果までもが丁寧に記されていた。


 与信業務の際には冒険者達から望みの装備をどの程度の支払いで手に入れることが出来るのか、質問される機会は多いだろう。

 オレやコーディリアなら暗算で即答できるが、その答えの正確さと、冒険者が素直に信じるかどうかはまた別物だ。


 実際、オレが伝えた支払額をランディは鵜呑みにせず、ルディに再確認をさせていた。

 冒険者達は識字率が低く、計算が苦手な者も多い。

 だからこそ、連中は誰かの言葉を簡単に鵜呑みにはしない。


 だが、マールの記した計算プロセスは判りやすく可視化されている上に検算まで記されているため、計算メモであると同時に冒険者が納得しやすい資料にもなっている。

 暗算で求めた答えに言葉を重ねて説明を行うよりも、例え泥臭く見えても、多少計算が遅くともマールのやり方の方が結果的に早く相手を納得させることが出来る。


 ……そう。コーディリアはマールに説明可能性の高さと信頼獲得力があると判断したのだろう。


「それで、経歴や人柄はどうだ?」

「問題無いと思いますよ。小さな工房の娘で上にきょうだいが3人いるせいで家業は継げず、本人は商業ギルドで働きたかったそうですが……。コネが無いと就職できませんからね、あそこ」

「お前はまさにコネ就職の代表格だな?」

「それは否定しませんけど。で、次善の就職先として冒険者ギルドへ就職したそうですけど、未練があるのか契約に関わる勉強をしているみたいです」

「なるほど。オレ達からみれば、掘り出し物ということか?」

「ええ、そうですね。今はまだ自信はなさげですが、作業は丁寧ですし伸びしろもあると思います」

「わかった。オレとしては採用に異議は無いが……本人は納得してるのか?」

「それは本人に聞いて下さい」


 オレの言葉に、コーディリアは少し困惑した表情を浮かべて、言った。

 何か含むところがある言葉に、ふとマールの方へ視線を向けると……表情の薄い顔だというのに、妙に熱い視線でこちらを見つめている。


「おい、なんだ、あの視線は」

「ですから、本人に聞いて下さい。悪い子では無いと思いますけど、面談だと言ってるのに対面では無く私の隣に座ってくる変な子ですが……」

「なんだ、それは……」

「ボス、試しにあの子にも愛人契約を持ちかけてみていいですか?」

「いや、オレは子供を抱く趣味は無いが」

「成人してますよ、あの子。それに持ちかけるだけです」


 コーディリアの言う事は良くわからないが、こいつのことだから何かを見極めようとしているのだろう。オレが無言で頷くと、コーディリアはマールを手招きした。


「マール、雇用契約についてなのですが。実は愛人契約を結べば手当てが追加で支給されます」

「あ、愛人……!?わ、私が、ですか?」

「ええ。どうですか?私も……」

「わ、私、お姉様の愛人になります!」

「「……は?」」


 愛人契約と聞いたマールは一瞬目を大きく見開いたが、コーディリアに視線を向けると頓狂な事を言い出した。

 期せずしてオレとコーディリアの言葉がぴたりと合わさる。


 ……今、マールはなんと言った?


「……マール?愛人契約は私と結ぶのではなく、こちらのグレイディア商会会頭、ヤクザ様と結ぶのですが」

「え?……あの、それは嫌で……」

「……やっぱり」

「おい、コーディリア」

「ボス、詳しい説明は後で。ではマールは愛人契約無しでの雇用ということで条件を詰めさせて頂きます」


 額に汗を浮かべながらコーディリアはそう言うと、マールを連れて与信審査のブースへと戻っていった。

 対面で席をすすめるコーディリアを無視してマールは今回もコーディリアの隣に座っている。


 そうか、理由はわからんがコーディリアの奴は理解不能なレベルでマールに懐かれているということか。


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