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#22

 翌日、普段より少し早く冒険者ギルドへ出向いたオレは、ギルマスに受付嬢の1人をオレの商会の専属にしたいと申し出た。


「うちも人員が足りてる訳じゃないからな……引き抜いてあんたのところへ連れて行かれると困るんだが」

「いえ、勤務先は冒険者ギルドのままで、なんならカウンターでの受付業務も従来通り行わせてもらってかまいませんよ。ただうちの与信業務が入った場合はそれを優先することと、所属をグレイディア商会に切り替えて、うちの守秘義務契約に従って貰う形にはなりますがね」


 オレの言葉にギルマスは厳つい顔に疑問の表情を浮かべる。

 なにせオレが提案していることは、表向きは何も変わらないように見える形になっているからだ。


「その場合、何が変わる?それに、受付嬢の給料はどうなる?」

「給料そのものはうちから支払いますが、契約上はギルドカウンターの業務をうちに委託される形になりますので……。まぁ、受付嬢の仕事内容と給料は現状とほぼ同じ。人材派遣料としてギルドからうちの商会へ、現在の給料と同額を支払っていただく形ですかね」

「それは……実質何も変わらないということじゃないか」

「本人にはうちの与信業務の分だけ給料が加算されますし、そちらさんも貴重な受付嬢を減らさずに済みますから基本的には従来通りですね。ただうちもギルドカウンターで与信業務が完結してWin-Winって奴ですよ」

「ふむ……。まぁ、あんたの提案のおかげで冒険者の死傷率が目に見えて下がっているからな。希望する職員がいれば、その話にのってもいいぞ」


 ギルマスは業務負担や給料の件だけを見て変化はないと思ったようだが、この提案のミソは受付嬢の1人がオレの支配下に入るという点にある。


 オレの傘下に入った受付嬢は業務委託を受けてギルドの業務と与信査定を行うことになる。

 そして与信査定にはギルドの情報が必要だが、ギルドの業務に与信情報は直接関係がない。


 つまりNDA(秘密保持契約)を結ぶとしても、保護される情報はオレが保有している与信情報だけで、ギルド側の情報はオレに筒抜けになる。


 ……要するに、オレは情報を一方的に入手できる経路(パス)をギルド内に打ち込むことが出来るという訳だ。


 もちろん商業ギルドのように厳密な契約を行う組織が相手なら、こんな雑で小手先の方法は通用しないだろう。

 だが冒険者ギルドが行う業務はあくまでも依頼を集積し、冒険者を割り当て、評価と支払いを行う……言うならば人材派遣、口入れ屋でしかない。


 ギルマスが気にするのはギルドにとっての最重要リソースである人的資源の数を維持できるかどうかだ。

 受付嬢が引き抜かれず、また冒険者の死傷率を低下させる効果があるオレとの業務提携を維持することは、ギルマスにとっては内部情報がリークするリスクよりも魅力的なのだろう。


 その後、オレはギルマスと受付嬢の所属に関する法的な整理や守秘義務の線引き、指揮命令系統についての確認を行った。

 契約関連にはやや疎いとはいえ、人の扱いには慣れたギルマスらしい確認事項を上げてきたが、オレの方も契約書に盛り込んでおきたい条項であったため、話はスムーズに纏まった。


「では、丁度窓口の手が空いている時間だと思いますから、候補者に声かけをしてきても?」

「直接口説くのか?まぁ、業務の邪魔にならんようには気を付けてくれよ」


 呆れた表情でそういうギルマスに軽く会釈をしてから、オレは受付嬢達のいるギルドカウンターへと向かう。



「ヤクザ様っ!聞きましたよ!?グレイディア商会で受付嬢を雇うって!」

「今ギルマスと話していた所なのですが……随分と情報が早いですね?」

「お茶を出しに行ったエミリアが、ヤクザ様の商会で受付嬢を雇うという話を聞いたらしくて!」


 喰い気味にそう言った顔なじみの受付嬢の言葉に、オレはそのエミリアという受付嬢を真っ先に候補者から外すことにした。

 内輪のこととは言え、情報管理が出来ない人間に用はないからだ。


 カウンターには5名の受付嬢がいるが、丁度昼間で冒険者達は出払っているためか、全員が手持ち無沙汰な様子だ。

 オレと馴染みの受付嬢の話を聞きつけて、4人がオレの近くに集まってきた。その中には先ほど茶を出しに来た女……エミリアも混じっている。


「それで、どんなお仕事なんですか?お給料は?」

「ギルドカウンターの受付も条件はいいんですけど、ヤクザ様のところならもっと良い条件で働けそうですっ!」

「わたし、わたしを採用して下さい!」


 口々に姦しくそんな事を言ってくる。

 だが、オレが気になるのはこの話に乗ってこない、残り独りの受付嬢だ。


「失礼、彼女は……?」

「ああ、マールですか?彼女、少し前に受付嬢になったところなので、転職とかは考えてないんじゃないかしら」

「暇な時間にもずっと本とにらめっこしてて、人付き合い悪いんですよ、あの子」


 オレの回りに集まった受付嬢は確かに年齢が少し高く、ベテランであるように見える。 

 一方でマールという名の新人は、まだ制服に着られているように見え、どこか頼りなさげな雰囲気を纏ってはいるが……。


「あの方と少し話をしてみたいのですが」

「ええ!?私とヤクザ様の仲じゃないですか!雇うのは私では!?」


 オレの言葉に、最初に声を掛けてきた馴染みの受付嬢は予想外のことを言われたと言わんばかりの反応を示す。

 だがオレは最初からこの女を雇用するつもりは無かった。

 当然だろう。


 なにせこいつは、オレが脅迫と賄賂を使ったとは言え、ウスラーの件で依頼書をオレに流出させた張本人だ。もしオレのビジネスに関わらせたとしても、同じ事をやらかす可能性は極めて高い。

 所属する組織を裏切る人間は便利に使い倒せば良いが、身内として取り込むにはリスクが高すぎる。


 だが、もちろんオレはそんな事は口にしない。

 なにせ、本心を悟られると利用価値が無くなるだけでなく、さらなる裏切りを招きかねないからだ。


「いえ、ベテランの方々を引き抜くとギルマスに怒られてしまいますからね。ギルドの業務にまだ不慣れな人の方が、皆さんの負担にもなりにくいでしょうから」

「あー、それはそうですけど……」

「ちぇっ、せっかく玉の輿狙ってたのに!」

「エミリア、ヤクザ様のところには子爵家のご令嬢もいるのよ?」

「えー、あの人と私なら、私の方が可愛いよ?」


 勝手なことを言っている受付嬢達をその場に残し、オレはマールという女……いや、まだ少女と言った方がいいだろうか?

 ともかく、オレはこちらに興味を示さず何かを読んでいたそいつに声を掛ける。


「失礼、何を読まれているのですか?」

「……え?あ、はい……あの、依頼の受け付けでしょうか?」

「いえ、貴女が何を読んでいるのと」

「……契約に関する、その法律の……」


 契約に関するこの国の法というのはオレも一通り確認したが、回りくどい表現でわざと難解にしるした嫌らしい文章だったように思う。

 コーディリアはそれが貴族的なんだと訳のわからない事を言っていたが……。少なくとも仕事の合間に読むようなモノでもないだろう。


「……それで、あの。ご用件は……」

「ああ、申し訳ない。実はオレの商会で働いてくれる人を探していましてね」

「……?あの、私、冒険者ギルドで働いていますので……」

「ええ、知っていますよ。受付の方を一人うちの所属にさせて頂く話をギルマスと進めているんですがね。マールさん、でしたか?貴女、興味はありませんか?」

「……?」


 マールはオレの言葉に訳がわからないという表情を浮かべている。

 おそらく他の受付嬢とは違い、エミリアが持ってきた噂話を聞いてもいなかったのだろう。


「ああ、申し遅れました。オレの名はヤクザ。先日からこちらでブースを出させて頂いているグレイディア商会の会頭です」

「あ、ああ……。信用スコアの……」


 ここ数日、オレは冒険者ギルドに出ずっぱりだったんだが、このマールという受付嬢はオレの事を認識していなかったらしい。

 もっともオレの方もこんな受付嬢がいたことに気付いていなかったのだから、お互い様なのかもしれないが。


 ただマールの方は冒険者から信用スコアの算出を依頼されたことがあるらしく、オレの事は知らなくとも事業の方は認識していたようだ。


 オレはマールに募集している仕事は与信関連の業務だが、信用スコアを扱う都合上、与信業務が無い場合は冒険者ギルドの受付業務を兼任するのだと説明した。


「……それ、今となにか違うのでしょうか……?」

「仕事内容的には与信評価が加わりますが、そう大きな違いはありませんよ。ですが仕事は増えますから、それに見合った報酬はお支払いしますがね」

「……お給料……。でも私にそんな難しいお仕事できるかどうか……」


 オレの言葉にマールは一瞬だけ、物欲しそうな顔をしたがふるふると頭を振ると自分には務まらないと言った。

 その仕草を見ていると、貧相な体つきと相まってまるで子供のようにも見えるが……。

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