#21
サブルの言葉は無駄に飾り立てられていて、コーディリアは一言一言に文句を付け、虚飾を剥がしていった。
その結果、判ったのは……この伝令板は確かにコーディリアが言うように450m程度の距離に○か×を一文字飛ばすことしか出来ず、再送信するためには60秒程度のインターバルが必要になるということだった。
オレは話を聞いた当初、直接文字が送れなくても○×……つまり1桁の2進数を送信する装置として使えるのではないかと考えた。
たが、1ビットを送る毎に60秒のインターバルが発生するという制約は転送レートを絶望的なまでに低下させている。
仮に数ビットを組み合わせて文字を送る方法を生み出したとしても、1文字を送信するのに数分かかるのであれば……伝令を飛ばした方が余程効率的だ。
またサブルが言うにはこの伝令板は30個までなら同時に使用することが出来るそうだが、それ以上数を増やすと魔力の波長とやらが混線してしまうらしい。
つまり、数を頼んで転送レートを高めることも難しいということだ。
サブルの口ぶりではそれらの問題の改善は目処が立っていないようで、研究費を投じれば本来の想定スペックになるという保証は皆無だとオレは判断した。
「なるほど、有り難うございました。正直な所、この研究の発展性は見込めないとオレは思っています。ですが……そうですね、今のこの状態でも工夫すれば何かに使えるかもしれない」
「何かとは?」
「いえ、それはこれから検討するのですが……。ではこういうのはどうでしょう。現在の伝令板のパテントを金貨500枚でグレイディア商会が買い取る。そして20枚の伝令板をセットにした現物を納品していただければ、さらに金貨500枚をお支払いする。その後、もし研究が進めば……そうですね、またお話しさせていただく」
「会頭!この欠陥品の査定額は金貨5枚ですよ!?」
「現物はそうでも、パテントは高く付くものだ。どうですか、サブルさん」
現状では限定的な機能しか持たない魔導具だが、少なくともクリッカー代わりには使えそうだ。このままではビジネスに使えないにしても、いつかの時のためにパテントは押さえておいた方がいいだろう。
そう言う意味では、現物と権利を金貨1000枚で買えるのなら安いものだ。
「わ……わかりました。では、研究を続けて、よりよいモノが出来れば……」
「ええ、そのときはまた価値に応じて買い取りさせていただきます。コーディリア、契約書を」
「……わかりました、会頭」
ジト目から恨みがましい目にグレードアップした目つきでこちらを睨みながらも、コーディリアはそう言った。さすが職務に忠実なことはある。
サブルとは伝令板に関する知的財産権と独占販売権をグレイディア商会に譲渡すること、また覚え書きとして今後伝令板に類する技術を開発した場合、権利取得の優先交渉権をグレイディア商会が持つ旨を記載した契約書を交わすことになった。
金貨の支払いは現物の引き渡しと交換ということになり、サブルは目標金額の1/3とは言え資金を得られたことに満足して事務所を去って行った。
で、問題は事務所に残ったコーディリアの方だ。
「……ボス?」
「不満があるのは判る。だがあの魔導具は何か使い道がある……とオレは考えている」
「じゃあ、どんなアイデアがあるのか、聞かせて下さい」
「飯でも喰いながら話をするか?」
「いえ、その後で結構です。私の方も提案したいことがあるので、ゆっくりと時間が取れる時に」
そう言うとコーディリアは杖を突いて自室へ戻っていった。
後で……ということは、おそらくピロートークで話をするということなのだろう。
てっきり不機嫌だと思っていたんだが……良く判らない女だ。
「……で、今日は随分と激しかったな?」
「リボでしたっけ?ボスが、あまりにも悪辣だったので、つい興奮して……。あと、腐れエルフのせいでストレスも溜まりましたから」
「お前の発散をするために愛人契約をした訳じゃないんだが」
「いいじゃないですか、別に」
上気した頬に、少し潤んだ瞳でコーディリアはそう言う。
地味女然とした普段と違い、ベッドの上では令嬢らしく見えるのはどういうことだろう。
「で、伝令板のことは……」
「ええ、ボスにもまだ使い道が見えてないことは理解しました。けどボスの悪魔的商業センスに反応したことも理解しました」
「悪魔は余計だ。それで、お前の提案というのは?」
オレの問いに、コーディリアは身体を寄せながら言った。
「人を、雇いましょう」
「メイドか?」
「いえ、違います。商会の従業員……というよりも、与信査定を行う人員です」
「理由は?」
「人間鑑定の魔導具と与信評価の算出式があれば誰にでも出来る作業ですし、ボスは属人化することを望んでいないから、です」
コーディリアは真顔でそう言う。
確かにオレは自分の考案するビジネススキームを特定の人的資源に依存する形で展開するのは望ましくないと考えている。
理由は簡単だ。その人間がいなくなれば業務が回らなくなるし、万が一どこかに引き抜かれでもしたら、スキームごと奪われることにもなりかねない。
だが、上目遣いのコーディリアの言葉にはまだ裏があるとオレは確信した。
「表向きの理由はわかった。で、本心は?」
「……冒険者ギルド、遠いから歩くの嫌です。お腹も引き締まったので、もう勘弁して欲しいで……ひゃぁ!?」
「確かに腹の肉はそれなりに引き締まってきてるが、まだ肉付きはいいじゃないか」
「ボス、意地悪です」
「だが正直に理由を言ったことは評価してやる。すぐにとは言わんが、人員は増やすようにしよう。……ギルドに常駐させる形になるから、ギルド受付嬢から引き抜くか」
「それはありかもしれませんね。信用スコアにも詳しいでしょうし、一石二鳥です。けど、ボス?」
「なんだ?」
「住み込み希望者は採用しないで下さいね?」
そう言うとコーディリアはオレに抱きついてきた。
これは独占欲ってやつか?
いや、違うな。
コイツのことだ。愛人契約を結ぶ女が増えると、自分の取り分が減るとでも考えているのだろう。
オレ自身も別にコーディリアを愛人として囲っていたい訳ではないし、こういう関係になるのも場の流れでそうなっているだけだ。
互いに愛だの情だのを抱いている訳でもない関係に、余計なノイズを加えるのはオレも望むところではない。
「コーディリア、もう少し普段から愛想良くできないのか?」
「愛想良くするという条項は愛人契約にしか含まれてませんから」
そうだ、コーディリアはこういう変な女で、オレもそんなところが気に入っている。
それだけの話だ。
「ところでその足は、治らないのか?」
オレの問いに、コーディリアは器用に軽く肩をすくめて答える。
「いえ。治せますよ。例えばエリクサーなんかを使えば」
「なら、なぜ治さない?」
「高いんですよ、エリクサーって。一本で金貨数万枚はします」
単純に日本円換算すると数億ってところか。
確かに高いが、非現実的な金額というわけでもない。
オレがそう指摘するとコーディリアはため息を付いてから言った。
「生命の危機でもない障害にそんなお金を出せるのは王侯貴族だけですよ」
「……お前、子爵家の令嬢だろうが。立派な貴族じゃないか」
「ええ。お父様なら、たぶん治してくださったと思います」
……コーディリアの父親である子爵はコイツの足が不自由になった事故で死んだと言っていた。そしてその後を継いだ叔父とはそりが合わず、半ば追放される形で商業ギルドに放り込まれたとも。
「気にしないでください。この足のおかげでボスと出会えたので、私は結果的に良かったと思っています。もし足が治っていたら、つまらない貴族に嫁いで、退屈な夜会でうんざりしていたでしょうし」
「裏通りの金貸しの愛人よりはマシじゃないか?」
「似たようなものですよ、きっと」
まあ、人に誇れない人生を選んだのはこいつ自身だ。
それにオレはコーディリアの親でも恋人でもないから、コイツの足を治すために駆けずり回る義理もない。
だからこの話は、それで終わりになった。




