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#18

 そして数日後。

 オレの事務所を僧服姿の男が訪れた。


「ヤクザ殿、先日は名乗りもせず失礼しました。私はマファーメラ様にお仕えす司祭でニクソンと申します」


 どこかで見たことのある男だと思ったが、オレの方には心当たりが無い。

 だが先日は……ということは、マファーメラ神殿でオレが話しかけた神学校の教員か。

 握手を求める男に応じながら、この男が派遣されてきた理由を思いオレは内心ほくそ笑んだ。


「それで、今日はどういったご用件ですか?まさか神殿の方が街金へカネを借り来られた……なんてことは無いと思いますが」

「ははは。確かに我らマファーメラ神殿は経済的に裕福ではありませんが……。ですが今日私が参ったのは先日貴殿から頂いたご提案にお答えするためです」

「そうでしたか。わざわざこんな所まで起こし頂いたと言う事は、良いお返事を期待しても?」


 オレの事に、司祭は頷くと言った。


「我々マファーメラ神殿は貴殿のお申し出を受けることを決めました。良き冒険者の方々に地母神の祝福があらんことを」

「それは良かったです。これで冒険者達も功徳を積むことが出来るでしょう。しかし……提案したオレが言うのもなんですが、随分と意思決定が早かったように思えますが」

「ヤクザ殿は聖女様の伝承はご存じですか?」


 オレの問いに直接答えず、司祭はそう問うてきた。

 傍らにいるコーディリアに視線を向けると、こいつはさも当然というように頷いて見せたが、おとぎ話に興味の無いオレはそんな話に心当たりはない。


「申し訳ない。不意勉強でして……」

「そうですか。実は我らマファーメラ神殿には――」


 そう言って司祭が語ったのは、遠い昔に実在したと言われる聖女と勇者の物語だった。


 何でもマファーメラの神官であったその聖女は、魔王を討伐する勇者に同行し、様々な奇跡を持って勇者の旅を助けたのだそうだ。

 オレからすれば眉唾モノの話だが、この世界には魔法が実在する以上、ヨタ話だと斬って捨てるわけにもいかない。


 しかし、言うに事欠いて魔王だと?


 オレがそんな事を考えている間にも司祭の話は続く。

 どうやら女神官は勇者と同道して旅を続ける……要するにオレが今回提案した、冒険者パーティ付きの回復役という立場だったらしい。


 冒険の旅は女神官の信仰を強め、最終的に女は聖女と呼ばれる程の信仰の力を得た。そして魔王が討ち果たされた後、聖女はその功績と信仰心からマファーメラ神殿の教皇へと上り詰めたのだそうだ。


「……なるほど。つまりマファーメラ神殿には元々冒険者と同行する先例があった訳ですね」

「ええ。ですが聖女様が同行していたのはあくまでも勇者様です。それはただの冒険者ではありません」

「おっしゃる通りです」

「ですが今回、ヤクザ殿の提案では勇者に至る可能性のある、徳の高い者が選ばれると言うではないですか。なら、我らとしても是非そのような勇者候補を支援させていただきたいと考えた訳です」


 なるほど、この連中は信用スコアの高い冒険者を勇者候補と見なし、勇者の介添人の立場を青田買いしたいと考えている訳か。

 この世界が多神教であり、ラーゼンの街にも医療の神ラースフォンという競合他社(・・・・)が存在する以上、勇者候補にアプローチする機会を逃す手は無いと考えるのは納得のいく話だ。


 連中がオレの提案を受け入れた理由が人類の救済や教義だと言い出したのなら、俺の側としてもマファーメラ神殿の出方を慎重に見極める必要があった。

 だがこの連中が欲得ずくで来るのであれば……その方がオレとしては納得できるし、リスクマネジメントもしやすくなる。


「なるほど、そのような理由でしたか。オレとしても冒険者から勇者が生まれる事を期待していますよ」

「ええ、まったくです。では対象となる冒険者の選定と学徒の受け入れ体制についてお話しを……」


 そう言う司祭に頷いたオレはコーディリアに合図をし、具体的な調整へと入ることにした。



 司祭が帰った後、コーディリアはいつも通りのジト目でオレを睨みながら、言った。


「ボス、どういう悪魔的な手段で神殿の人を欺したんですか?」

「おいおい、悪魔に欺されるようじゃ神殿の権威も何もあったもんじゃないな」

「それで?」

「なに、オレは連中の解釈を再定義してやっただけだ。もっとも欲望を刺激する毒をひとつまみ放り込んでやったがな」

「……やっぱり悪魔ですよね、ボス」


 コーディリアはそう言うが、オレはこいつに確認しておきたい事があった。

 そう、先ほど司祭が言っていた聖女や魔王、そして勇者のことだ。


「コーディリア、悪魔のことはどうでもいいが、魔王や聖女の事を知ってる素振りだったな?」

「素振りも何も、ソフィア教皇の伝承を知らない人の方が珍しいんじゃないですか?ボスは頭が良いのに、時々常識が抜けてますよね」

「嫌味はいい。どういう話なのかバックボーンを聞かせろ、まず勇者と魔王は実在するのか?」

「ああ、やっぱりボスも男の子なんですね?もしかしたらオレは勇者ヤクザ!とか思ってます?」


 実際にオレは勇者ヤクザなんだが、人間鑑定の結果は誰にも見せていないから当然コーディリアもその事は知らない。

 冗談は良いからさっさと放せと促し、コーディリアに語らせた勇者と魔王の物語はこうだ。


 この世界には確かに魔王領と呼ばれる魔物が住まう土地があり、その地を治める王、魔王が存在していたこと。

 魔王はおおよそ100年周期で人間の住む領域へ侵攻を行い、そのたびに勇者が現れ魔王を撃退していること。


「……まて、100年周期というのは何か理由があるのか?」

「マーネイ王家の見立てでは繁殖力の強い魔物が増加して、魔王領内でその全てを養えなくなるタイミングだと考えられていますけど、本当かどうかはわかりません」

「人口増加と対外進出か……まぁ、100年周期の宿命とやらよりは納得がいくか。で、魔王が存在していた、というのは?」

「実は40年ぐらい前に、100年周期とは関係無く魔王が攻めてきたことがあったんです。間の悪いことにその時代の勇者様が没した後で、予言者達は30年近く先まで新たな勇者様が生まれないと予言をしまして」


 コーディリアの言葉に、オレはおそらく魔王が内圧による対外侵攻を行うのではなく、人間が勇者を失ったタイミングを狙って戦略的な侵攻を行ったのだと考えた。

 コーディリアもオレの推測に頷くと40年前の侵攻は勇者不在のまま進み、魔王領に隣接する人間の王国が壊滅的な打撃を被ったのだと言った。


「で、その何とかという国はどうなったんだ?滅びたのか?」

「いえ、エセルニウム王国は異世界から勇者の召喚を行ったんです」

「……異世界の、勇者だと?」

「はい。そして勇者の力を借りたあの国は魔王の『討伐』に初めて成功しました」

「これまでは撃退と言っていたな?討伐ということは、魔王を殺したのか?」

「ええ、魔王も、その一族も根絶やしにしたと聞いてます」


 オレはコーディリアの言葉を吟味する。

 それまでの魔王侵攻はやむにやまれぬ事情による内政の混乱を打破するものだったが、最後の侵攻は明らかに領土欲に基づくものだ。

 100年周期の侵攻はオレから言わせれば予定調和のプロレス、おそらくは魔王領の人口調整を行うための間引きを兼ねていたはずだが……その周期を壊したことで、外部からの異物(異世界の勇者)を招き入れることになった、か。


 結果として魔王は予定調和的に撃退されるのではなく、その系譜ごと経たれることになった。


「それで、その勇者はどうなった?国王にでもなったのか?」

「いえ、そのあたりは結構あやふやで……魔王と相打ちになったとか、魔王軍の生き残りに暗殺されたとか、色んな噂が出回ったと聞いています」

「どちらにせよ、今その国に勇者はいないということか?」

「はい。魔王が討伐された後、勇者様の姿を見た者はいないと」


 召喚されたということは、送還された可能性も考えられるが、そう言う噂が出回らない所を見れば実際に魔王同様勇者も死んだとみるべきか。

 しかし勇者召喚……?

 オレはふとある事が気になり、コーディリアに声を掛けた。


「その100年周期で魔王が侵攻してくる次のタイミングは何時だ?」

「……そう言えばもう2、3年でその時期ですね。ただ魔王領の大部分は既に人間が統治していますから、魔王も、魔王軍も存在していませんけど」


 コーディリアは肩をすくめてそう言うが、そのタイミングとオレの人間鑑定の結果を合わせれば……オレが次の勇者として呼ばれたという可能性も否定できない。


 だが、誰に?

 いや、それ以前に魔王は系譜を経たれ、不在となったはず。


 そう思うが、実際にオレの鑑定結果には「クラス:勇者/ヤクザ」と併記されていた。


 それはつまりオレが勇者と魔王(ヤクザ)の二役を兼ねることを求められているということか?


「……まさかな」

「それよりボス、そろそろ冒険者ギルドで営業する時間ですけど」

「そうだな。今のところ与信枠が設定できたのは5組だったか?神殿の協力を取り付ける事が出来たんだ。今後はパーティ編成次第で与信枠が設定できる連中も増えそうだな」

「ええ、まずモデルケースになるパーティを選んで、こちらからマッチングを仕掛けた方がいいかもしれません」


 コーディリアの提案に、オレは魔王と勇者のことを脳の片隅へと追いやる。

 オレは勇者にも魔王にも興味は無い。


 ……なにせオレは、ただの善良な経済ヤクザだからな。


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