#16
翌朝、日の出と共にコーディリアに起こされたオレは有無を言わさず杖を取りに行かされた。これではどちらが雇用主か判ったものではない。
コーディリアは杖を受け取ると例を言って自室へ戻り、オレが二度寝を決め込んでいる間にキッチンで朝食の準備を済ませたようだ。
ただ、朝食が出来たと言いに来るわけでもなく、勝手に自分だけ食べてさっさと片付けを始めているあたりは実にこいつらしい。
「なんだ、家事が出来ないフリはやめたのか?」
「はい。ボスの分もありますから、適当に食べて下さい」
「ああ、そうさせて貰う」
「ではボスが食べている間に今日の業務に備えて書類整理をしておきますので」
そう言うとさっさとダイニングを出て行こうとするコーディリア。
別に照れている訳でもなんでもなく、平静そのものといった様子にオレは若干の安堵を感じていた。
もし昨日オレが抱いたことでこいつがベタベタと恋人面をし始めたら、解雇はしないまでも少し遠ざける必要があると考えていたからだ。
だがコーディリアは昨夜の事を特段気にした様子はないし、態度もこれまで通りだ。
愛人契約を自分から申し出るぐらいだから、そのあたりはビジネスと割り切っているのだろう。
なら、オレの方も余計な情を感じる必要無く、ドライに接するだけだ。
「コーディリア、少し話がある」
「はい、なんでしょうか?」
「この国の宗教のことだ。ここにはどんな宗教があり、どこの宗派が癒し手を抱えている?」
オレの言葉にコーディリアは一瞬小首をかしげてから、何かに納得したように頷いた。
「ああ、冒険者の与信枠を拡大するために神官をパーティに入れる根回しですね?」
「そうだ。それで?」
「そうですね……この国が主神として崇めているのは契約と商業の神エルフローラ様ですが、エルフローラ様の神殿では契約に関することしか取り扱っていません」
「では街中で治癒の奇跡を売り物にしているのはどこのどいつだ?」
「言い方、気を付けた方が良いですよ。私はそんなに信心深くないですけど、熱狂的な方にそんな言葉聞かれたら背教者か異端者か……って思われます」
オレの知る宗教家というのは拝金主義の詐欺師ばかりなんだが……。
ただ郷に入り手は郷に従えという言葉もある。オレはコーディリアの言葉に頷くと、続きを促す。
「お布施と引き換えに癒しの奇跡を授けてくれる神様だと、医療の神ラースフォン様と、あとは地母神マファーメラ様あたりでしょうか。どちらもこのラーゼンの街に神殿がありますが、ラースフォン神殿は貴族や商人向け、一般人はマファーメラ様の慈悲に縋ることが多いですね」
「何か違いがあるのか?」
「身も蓋も無い話ですが、神官の力量とお布施の金額が関係しています。ラースフォン神殿には徳の高い司祭様がおられますが数は多くありません。マファーメラ神殿はこの街に神学校を開設しているので司祭様方は皆教師としてお忙しくされているそうです。なので治療は基本的に神学生が修行代わりに行っていると聞いています」
「なる程、見習い神官の治療では深刻な傷は癒やせないが、その分治療費は安くて済むということだな?」
オレの言葉にコーディリアは頷く。
そう言う事情があるのなら、オレが冒険者パーティに僧侶を加えるよう交渉する相手は、地母神とやらの神殿になるだろう。
「判った。ではオレはその地母神の神殿へ出向いて事業提携のオファーを行ってくる。昼には戻る予定だが、遅くなった場合は先に冒険者ギルドへ出向いて与信を行っておけ。オレの予想では今日辺りから与信希望者が増えるはずだ」
「承知しました。けど、神殿に業務提携なんて言うの、ボスぐらいのものですよ……」
コーディリアのジト目は見慣れているが、今日のジト目は過去最大のジト目かもしれない。
マファーメラ神殿とそこに併設された神学校。
言葉の響きからオレはそれらが街の中央部にある立派な建物だと勝手に思い込んでいた。
だがそれらはエルフローラとラースフォンの神殿であり、マファーメラ神殿は城壁の外にあるという。
向かった街の外には広大な農地と、いくつかの古びた建物が並んでいる。神殿と言うよりも酪農を営んでいる牧場のような光景に、半信半疑ながらも近くに居た僧衣を着た男に声を掛ける。
「失礼、こちらにマファーメラ神殿があると聞いたのですが」
「ええ。貴方の目の前にあるこの建物がマファーメラ神殿ですよ」
「……なるほど。では神学校というのは……」
「あちらに校舎と寄宿舎が。神の学び舎へ入学を希望されているのですか?」
「いえ、そういうわけではなく……」
どうやら本当にここが神殿と神学校のようだ。
と言うことは、遠くで農作業をしている質素な服装の若者達が神官の卵なのだろうか?地母神の神殿だけあって信仰心を高めるために大地を耕すのだろうかと思いながら、オレは目の前の男に来訪の意図を告げる。
「オレは以前、ここの神官様に命を助けられた者です。おかげさまで元気になり、幸いにも商いで利益を出せるようになりました。ですから、神殿と地母神様への感謝の気持ちを込めて寄進をさせて戴こうかと思いまして。できればこちらの責任者の方にも感謝の言葉を伝えさせていただければ」
「おお、それは素晴らしいお心掛けですね。是非中へ、高司祭様もお喜びになると思いますよ」
男――おそらく、神学校の教師なのだろう――はそう言うとオレを古びた建物へと案内してくれた。
オレが先ほどこの男に話した内容には真実と嘘が紛れている。
真実はオレが神官に助けられたということ。
そして嘘は神への感謝の気持ちで寄付をするということだ。
女神らしき存在によって異世界へ送り込まれたオレだが、それでも神なんてものは信じていないし、当然の事ながら信じていない存在に感謝の気持ちなど抱きようがない。
ふと見やると神殿らしき建物の入口には、剣を掲げた男と祈りを捧げる女の像が飾られている。
女の方は地母神かその神官だろうと推測がつくが、何故冒険者を嫌うこの神殿に武器を持った男の像が掲げられている?
だがオレがその像について男に説明を求める前に、奴はさっさと建物の中へと入ってしまった。
ここで像を見ていてもオレの目的は達成できない。気にはなるが……まずは先に交渉を行うべきか。
「おお、貴方が寄進をしていただける方ですかな。私はこの神殿を任されております司祭のユルゲンと申します」
「ご丁寧にどうも。オレの事はヤクザと呼んで下さい」
高司祭相手にヤクザと名乗ることに内心で苦笑しながらもオレは交渉のテーブルに着いた。相手は老齢に差し掛かった穏やかそうな男だが、高位の神官である割にはその身なりは質素なものだ。
「それで……。なにかお話があると伺いましたが」
「ええ、少し前にオレは盗賊に襲われて大けがを負ったのですが、こちらの神官の方に助けていただきました。そのお礼をと思いまして」
「それは良い心がけですな。地母神様も貴方のような敬虔な信者をいつも見守っておられることでしょう」
高司祭は微笑みながらそう言うが、オレとしては女神に常時ストーキングされるのはまっぴらごめんだ。
だがそんな感想を顔に出すと交渉が決裂するのは火を見るより明らかだ。
「実は盗賊に荷を奪われ途方に暮れていたのですが、冒険者として再起を図りまして。幸運にもその後、自分の商会を持つ事ができました」
「それば素晴らしいことですな。さぞ功徳を積まれたのでしょう」
「いえ、オレは幸運だっただけです。ですが……オレの知り合いはそうではなかった」
「ほう、そのお知り合いの方はどうされたのですか?」
オレの言葉に高司祭は本心からか、それともそう装っているだけかは判らないが、心配げな表情を浮かべた。
さて、ここからがオレの交渉術が問われる場面だ。
「実はその彼も冒険者だったのですが、戦いで仲間を庇い命を落としてしまったのです。オレのように治療が間に合えば、あるいは助かったのかもしれませんが……」
「それは誠に残念なお話ですな。ですが、我らが女神、マファーメラ様は――」
「ええ、こちらの神殿では、冒険者のように自ら戦いに赴く者を好ましく思っておられないことは、存じ上げております」
高司祭はオレの知り合い――あのジーンという大男は一応知り合いの範疇だろう――が死んだと聞き、悲痛そうな表情を浮かべる。だがそれでも冒険者に対する治療を受け入れそうな気配は皆無だ。
「ですが、もし彼が……例えば街を守る衛兵や騎士だったとしたら、女神様の慈悲を賜れたのでしょうか」
「それはもちろん、そうでしょうな。何せ衛兵の方々も、騎士様も民を守るために戦ってくださいますから」
「冒険者の中には隊商や旅人の護衛を引き受ける者もおります。女神様はそのような者もお見捨てにならないと?」
「もちろんですとも。女神マファーメラ様は民のために戦う者であれば大地の恵みをお与えになられます」
「そうですか……。実はその彼はダンジョンへ赴き、生計を立てていたのです。彼の持ち帰った品々は騎士様の武具や民の生活を向上させる魔導具。オレは彼もまた民の為に戦うものだと思っておりました」
「それは……まぁ、そのように考えることも……その、出来ぬ訳ではありませんが」
オレの言葉に高司祭はそれまで浮かべていた沈痛な表情を、困惑と猜疑の入り交じったものへと変えた。
おそらくオレが何を言いたいのか、そしてここまでで自分が話したことが、オレの誘導尋問だった事に気付いたのだろう。
「ヤクザ殿とおっしゃられましたかな。貴方のおっしゃりたいことは判ります。冒険者にも癒やしを与えよとおっしゃりたいのでしょう?ですが冒険者の全てが民の為に働く者達ではありません。中には無法者も多く存在しておるのです」
「ええ、そのことはオレも良く知っています。オレが世話になった宿屋も、故無き借金の取り立てに現れた無法な冒険者によって火を付けられてしまいましたから」
「なんと惨いことを……」
何とかという冒険者達は無法というより無能さによって火災を招いたのだが、そのことはまぁどうでもいい。
「それにヤクザ殿、我々とて傷つく者達を見捨てることは本意ではないのです。ですが冒険者のように日々自ら傷を負う環境に身を置く者達を全て癒していると、民の救済を行うことが叶いませぬ」
「司祭様のおっしゃる通りだと思います。冒険者は全てが善では無く、そして癒し手の数も不足しているということも、まさにその通りとしか言いようがありません」
「ご理解いただけましたか。お力になれないのは心苦しい所ですが……」
オレが同意したことで高司祭は冒険者に癒やしを与えて欲しいという要望をオレが断念したとでも思ったのだろう。あからさまにほっとした表情を浮かべている。
だが、オレのプレゼンはここからが本番だ。




