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#15

 ランディが週に金貨8枚の支払いという格安……に思える取り引きで魔剣を手にしたことで、周囲にいた冒険者達の空気が変わったことは肌感覚で感じられた。

 数名の冒険者がパーティごとに集まり、何事かを相談しているのが見える。


 もちろん、この場に居る全員が残クレ制度を利用して武器を手にするとはオレも考えてはいない。


 まずそもそも冒険者の全員がダンジョンへ出向くわけではない。オレが冒険者だった頃も街中の依頼しか受けていなかったし、当然そんな依頼には魔法の武器なぞ必要無かったからだ。

 そして残クレで魔法の武具を手にできる程の与信枠を得られるのは将来性がある冒険者か、あるいはこれまで実直に働いてきた者に限られるということも重要だ。


 いい加減な冒険者は与信の段階で弾いてこそ、この仕組みにプレミアム感が出るというものだ。


 結局、その日は3組のパーティが与信枠の審査を申し出たが、まともな枠が設定できたのは斥候役を兼務できる野伏(レンジャー)が含まれていた1パーティのみだった。

 残りの2パーティについては、回復役と盗賊を勧誘しなければ残クレは利用出来ないと言う結果になった。


「申し訳ありませんね、お客さん。ですが魔法の武器があれば前衛職の数を増やさずに済みますし、罠や怪我に対応出来れば結果としては探索効率は上がると思いますよ」

「……そういうものか……?うーん……」


 むろん、オレは冒険者の意識改革を促している訳ではない。

 納得が出来ればパーティの構成を見直し、再度与信の審査を受ければ良いし、納得がいかなればこれまでどおりのダンジョンアタックを行えば良いだけの話だ。


 ギルドにたむろしていた冒険者の数が少なくなったことを確認し、オレはコーディリアに撤収を伝えた。



「ボス、今日は見事なお手並みでしたね」


 ここ数日通っている「旨い店」で席に着くなり、コーディリアはそう言った。


「何の事だ?」

「あの香典というやつです。あれで顧客の心を掴んだじゃないですか。あれは計算しての事ですか?」

「……まぁ、お前が思いたいように思えばいいさ。それより、祝杯だ」

「……あ、すみません、ボス。私、外では飲めないんです」

「ほう?」

「……この足ですから。酔うと寝床まで戻れなくて」

「酒は嫌いか?」

「いえ、ワインは好きです」

「……なら、良さそうなワインを買って帰るか。独り酒で祝杯をあげるのは味気ないからな」

「ボス……いつからそんな優しい人になったんですか?」


 ヤクザが優しい?

 もしそう見えるのだとしたら、それは二心があるからに決まっている。


 どうせ旨いものを食べるなら酒を飲みながらの方がいいというコーディリアの懇願を受け入れ、オレは料理とワインをテイクアウトすることにした。


「ボス、エスコートはしてくれないんですか?」

「調子に乗るな。貴族の夜会に出るんじゃないんだぞ」

「はぁ……やっぱりボスはボスですよね」


 コーディリアはジト目でそんな事を言うが、ワインと料理を持った状態でエスコートをしろと言われても無理だろう。

 ……こういうときの為に、側仕えの雑用係を雇っておくのも良いかも知れないか……。

 そんな事を考えながら、オレはコーディリアを伴い事務所へと戻る。



 ワインが好きと言うだけあって、コーディリアは結構な酒豪だった。

 元々この世界では衛生管理の問題で生水を飲むことができず、エールやワインが一般的な飲料だとは聞いていたが。


「それにしても飲み過ぎじゃないか?」

「久しぶりのワインなんですから、好きに飲ませて下さい。それに祝杯なんですから、ボスももっと飲んで下さい」


 そう言うコーディリアの頬は上気していて、普段の無愛想なこいつとは随分と雰囲気が違う。

 そう、普段は感情の薄い地味女だが、こうやっていると普通の貴族令嬢に見えなくもない。

 だが……これは飲み過ぎだろう。


「おい、明日も仕事があるんだぞ?」

「もう一杯だけ……」

「ならそれを飲んだら寝ろ」

「はーい」


 オレの言葉に不満げな表情で答えながらもワインのボトルを放そうとしない。どれだけ酒が好きなんだ、こいつは。


「……ボス」

「なんだ?」

「久しぶりすぎて、酔いました。立てそうにないです」

「随分と意識ははっきりしてそうだが?」

「いつもこうなるんです。今日は……分量を読み間違えました」

「それで?」

「ベッドまで連れて行って下さい」


 眼鏡越しの上目遣いでそんな事を言ってくる。

 どうしてオレが従業員をベッドへ運んでやらないといかんのだ。

 そう言ってオレは席を立ったが、横を通り過ぎようとした時にコーディリアに服の裾を掴まれた。


「ボス?」

「……今日だけだぞ」

「ありがとうございます」


 そう言うとふらつきながらもコーディリアは立ち上がり、オレに体重を預けてきた。

 女にしては背の高いコーディリアの吐息がオレに掛かり……。


「酒臭いな」

「まぁ、結構飲みましたから」


 色気も何もあったもんじゃない。

 ただ抱きつかれたままだと運びにくいので、オレはコーディリアの身体を抱き抱えた。

 ……いわゆるお姫様抱っこというやつだ。


「……貴族令嬢はお姫様のカテゴリに入るのか?」

「領地ではお姫様扱いでしたよ」

「そうか。酒臭いお姫様とは、領民もさぞ失望するだろうな」


 そんな事を言いながら、オレはコーディリアを部屋へと運ぶ。

 ダイニングの奥には二間の客室があり、コーディリアは奥の客間を使っていて、オレが寝床にしている二階への階段はその先にある。

 だが、自分の部屋の前まで運ばれたコーディリアは、再びオレの裾を引いて言った。


「……ボス?」

「なんだ?」

「私、お腹の贅肉が解消されたんですが」

「随分と早いな?」

「まぁ、色々と頑張りましたから」

「そうか」

「全部言わないと駄目ですか?契約の文言、暗唱しましょうか?」

「お前は頭の良い女だとは思うが、誘い文句としては最悪だな」

「褒め言葉だと受け取っておきます」

「……お前、本当に酔ってるのか?」

「さぁ、どうでしょう。でも、ボスは酒臭いと言ってたじゃないですか」


 そう言ってクスクス笑うコーディリアを抱き抱えたまま、オレは階段を上った。



 コーディリアとの情事は、可もなく不可もなくというところだった。

 本人にそう伝えると随分と不満げな表情をされたが、そんなところで無駄な世辞を言う必要もないだろう。


「……ところでボス、報告があるのですが」

「なんだ?」

「本業の方の週報です。債権と債務の変動をまだ報告していませんでしたから」


 ピロートークで業務報告を行う女は初めてだが、それもまたコーディリアらしいか。

 そんな事を思いながら、オレは耳許で囁くように細かな数字と評価を報告するコーディリアの言葉に耳を傾けた。


「なるほど、本業の方は継承した債権の回収を進めている訳だな。新規の融資は意図的に抑えているのか?」

「はい。ボスの新規事業が今後の収益の柱になるのなら、個人向けの金融事業は最低限で良いと考えました」

「街金をやめると問題はあるか?」

「グレイディア商会は商業ギルドに金融業として届け出を行っていますよね?新規事業のローンというものをギルドが金融事業と判断するかどうかが微妙ですので」

「ローンは完全に金融の範疇だが……新規性が高いと面倒ごとを引き起こしかねない、か」

「はい。ですから、看板を維持できる最低ラインの融資は続けるべきかと」

「判った。お前の判断を信じよう」


 そう答えながら、オレは確信した。

 コーディリアは絶対に酔ってなどいなかった。アレはオレに抱かれるための方便だったのだ、と。

 ……なら、丁度良い機会だ。


「コーディリア。オレの方からも確認したいことがある」

「はい、なんでしょうか」

「ナタリーのことだ」

「……はい」


 返事に、一瞬間があった。

 ナタリーというのは、コーディリアが雇った商会のメイドのことだが、実のところオレはまだ一度もナタリーと顔を合わせていない。

 コーディリアが言うにはナタリーはオレが外出している間に家事をこなしていて、オレが終日事務所に居る日は休みを取っているとの事だったが……。


「ウスラーから引き継いだ帳簿を確認した。それ以上、言う必要はあるか?」

「……ありません。申し訳ありません、ボス。嘘をついてました」

「理由を聞こう」

「……」


 コーディリアはウスラーが金を貸したナタリーという元メイドが債務不履行になり、返済猶予を認める代わりにメイドとして雇ったと言った。

 だが、オレが調べた帳簿の中にナタリーなる人物への貸し付け記録は存在しなかった。

 つまり、ナタリーは架空の人物だったと言う訳だ。


「……私、愛人契約でお金を貰っていたのに、これまで愛人らしいことを一度もしていませんでした。ボスはそれでもいいと言いますが、私は働かずに対価を貰うことが納得できませんでした。ですから……」

「つまり、貰った金の分を家事で返していた、と。それだけか?」

「……一応、私は子爵家の娘ですから。メイドとして賃金を貰うことに多少の抵抗があったのも事実です」


 要するに、コーディリアは自分のプライドを守るために架空のメイドをでっち上げていたと言うことか。


「なら、愛人としての責務を果たした以上、架空のメイドがどうこう言う必要は無いな?」

「……でも、ボスは家事を出来ないじゃないですか」

「事務所の環境整備業務という体で手当を付けてやる。それならいいな?」

「……実質メイドですよね?」

「いや、これは商会の正規業務だ。事務所前の清掃作業の延長だとでも考えるといい」

「……そう言うこじつけを言うところ、ボスらしいです。では今週の業務報告は以上で終了ですか?」

「そうだな」

「では、おやすみなさい」


 そう言うとコーディリアは目を閉じて寝る体勢に入った。

 いや、ここで寝るつもりか?


「おい」

「なんですか?もう眠いんですけど」

「自分の部屋に帰れ」

「無理です。杖、ダイニングに置いてきてるじゃないですか」


 確かにコーディリアを抱き抱えた際に杖はダイニングテーブルの脇に置いたままだったが……。


「杖、取ってきてくれますか?」

「面倒だ。お前が取りに行け」

「それが出来るなら最初から杖なんか使ってません。ですので、おやすみなさい」


 そう言うとコーディリアはオレの胸に顔を埋めて寝る体勢に入った。

 オレにしても今さらベッドから降りてダイニングまで杖を取りに行くのは面倒な以上、今夜はこいつと共寝するのが一番合理的ということか。


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