#14
冒険者ギルドのホールを借り、オレは2つのブースを出した。
1つは冒険者の与信を行う……オレ的に言えばクレジット口座を設ける窓口。
そしてもう1つはマードック商会に依頼して出店させた、魔法の武具や魔導具の展示即売ブースだ。
オレが冒険者ギルドにブースを開設したタイミングは、連中が依頼報告のためにギルドへ戻ってくる夕刻だ。
戻ってきた連中は見慣れない魔導具の展示に興味を惹かれていたようではあったが、そこに記された価格を見てすぐに興味を失ってしまっていた。
それもそうだろう。マードック商会が提示していた価格は、商会で直接購入する価格よりもさらに1割も高かったからだ。
もちろん、これには理由があるが……冒険者達はその理由までは考えようとせず、物欲しげな目で魔導具を見ながらも、結局は誰1人としてブースに立ち寄ることなく全員が去って行った。
理由は簡単だ。冒険者達の稼ぎでは高価な魔法の武具に手が出せず、さらには自分達がダンジョンで見つけた物は全て換金される。
そのせいで連中の装備はいつまで経っても質が低いままだ。
そして連中に理解出来る、このどん詰まりな状況を打破する方法と言えば一攫千金の夢を叶えることで、冒険者はそのために危険なダンジョンへ潜る。
オレはそこに、ローンを組ませるという形で連中に新しい「夢の叶え方」を提示した訳だが、借金という意識が足を引っ張ることになった。
つまりオレが提示したビジネスを連中に浸透させるためには、ローンを借金だと思わせない形で飲ませる必要がある訳だ。
だがだが分割払いという概念の薄いこの世界の連中にとって「ローン=借金」という重い認識がある以上、気軽にローン手を出す者はいないとコーディリアは言っている。
つまり、オレの知る日本人の価値観である「分割払い=便利な支払い手段」という意識へのパラダイムシフトをおこす必要がある。
だが、この点に関してはオレにも勝算はある。
これが贅沢品に対する支出であれば単なる散財でしかないもののために、恥となる借金に手を出す者はそうそう現れないだろう。
だが、ローンの対象が冒険者の生還率とダンジョン踏破力に直結する魔法の武具や魔導具となれば話は別だ。
誰か1人でも契約を行い、ローンで手に入れた上級装備によって稼ぎが向上すれば、その冒険者をローンによる成功事例として広告塔に仕立てることが出来る。
そうすれば他の冒険者達に対する強力な誘因となることは火を見るよりも明らかだからだ。
しかし新規事業というのは常に順風満帆とは行かないものだ。
オレが考えたスキームはその後も3日続けて空振りで、業務後にオレに対してコーディリアが口にする当てつけ――たぶんに遠距離を歩かされた上に空振りなのが不満なのだろう――もそろそろ鬱陶しくなってきた。
あまり気は進まないが、サクラを仕込むことを考え始めた頃に、転機が訪れた。
「……あんた、確かこの間の……」
「お久しぶりです。今日はお2人ですか?」
「ああ、まぁな」
その日も冒険者ギルドで客の来ないブースに陣取っていたオレに声を掛けてきた男がいた。
金属鎧を身につけたこの男は、確かレベル4の戦士。オレがダンジョンへ出向いた時に同行したパーティの1人だ。
だが前回は4人で行動していた筈の鎧男は、弟だと言っていたローブの男と2人でギルドカウンターに報告を行っていたように見えた。
もしかして仲違いでもしたのか?
まぁ、このパーティがどうなろうとオレには直接関係ないが、ブースにお客さんがいるのといないのでは周囲の注目度も違う。
そう考えたオレは、さほど興味を感じていないことを隠しつつ、話しかけてきた男と雑談に興じることにした。
「他のお二人は?別行動ですか?」
「……実は、ジーンが……死んだ」
「死んだ……?」
ジーンというと盾を持った大男の名前だったはずだ。
罠に掛かる前提で宝箱を無理矢理開ける担当だった事を思い出し、無理な行動で命を落としたのかと思ったのだが、鎧の男が語った事情はそうではなかった。
「戦闘中に、ジーンの盾が壊れちまってな。重い一撃をそのまま食らって……。一撃で死ねただけ、まだ苦しみは無かったと思う」
「盾というと……あの時買った中古の?」
「ああ。どうやら見た目以上に痛んでいたらしくてな。最初の一撃は受けられたんだが、二撃目でバラバラに砕けちまったんだ」
「そうでしたか……。では相棒の方は……」
「カミラもその戦いで結構な怪我をしちまった。だが怪我以上に連れ合いを失ったのが効いたらしくてな。塞ぎこんじまってるんだよ」
オレはこの冒険者達に仲間意識を持っている訳ではないが、それでも一日とは言え同行した人間が死んだと聞くと、僅かとはいえ憐憫の情を感じることも事実だ。
オレは少額の支払い用に懐に入れていた革袋を取り出し、鎧の男に手渡した。
「……これは?」
「少しですが、香典です。彼女の治療費の足しにでもして下さい」
「すまんな……助かる。このカネは必ずカミラに渡す」
わざわざそんな事を言わなくても義理堅そうなこの男なら黙っていても女に香典は渡すだろうし、仮にこいつが着服したところでオレの関知するところではない。
しかし……やはり中古装備は冒険者の生還率を引き下げる要因になっているのか。
そんな事を考えていると、鎧の男はまだ何か用でもあるのか、物言いたげ表情でオレを……いや、オレの居るブースを見ている。
「なぁ、これ……あんたがやってる商売なのか?」
「ええ、そうです。冒険者の方の生還率を少しでも高めるお手伝いをしたいと思いましてね。ジーンさんにはお気の毒でしたが……」
「……もし、あんたの言うように、この……ローン?と言うもので良い武器や防具が手に入るのなら……」
「……そうですね。あるいは」
あるいは――ジーンは死ななくてすんだかもしれない。
もちろん、そんな「もしも」の事を口にしても意味は無い。だが、オレがそう言いたい事は鎧の男にも伝わったのだろう。
「話を、聞かせてくれないか?オレでもそのローンっていうやつは出来るのか?」
「ええ、よろこんで。コーディリア、お客さんだ」
「はい、会頭。ではこちらへ……」
鎧の男、ランディがオレの提示した与信の仕組みに興味を持ったのは、仲間の死という理由があったことは確かだろう。
だが、おそらく。
オレが奴に渡した香典が、奴の心を動かす一押しになったことも……間違いないことだろう。
その後、コーディリアと冒険者ギルドによる与信作業が行われた。
ランディとその弟ルディは冒険者歴が共に4年と長く、中堅冒険者だった。そして同時にギルドから依頼を斡旋される程度には依頼の達成度や依頼者からの評価も高く、信用スコアは満点に近い数値が算出された。
だが一方で2人のレベル上限は共に5で、一般人としては優秀ではあるが頭打ちが近いため伸びしろはあまり大きくなく、また今はパーティが2人で戦士と魔術士という攻撃偏重であることから、与信枠そのものはそう大きく設定することは出来なかった。
この2人をサクラに使うなら、ここで与信枠を大きめに取ると言う選択肢も無いわけではないが、他の冒険者が興味深げに見ているところで特例措置を行うことは先々の事を考えると毒にしかならない。
なので、オレは基準通りの与信結果を2人に告げた。
「お二人の与信枠は金貨230枚ずつですね」
「230枚か……なら、残念だがあの剣は買えないな」
ランディがそう言って視線を向けたのは、マードック商会のブースに飾られている魔法の剣だ。
かつてランディ達が手に入れたものよりも上質な、切れ味と刃の耐久力が向上した品だが、価格は……一割の手数料を乗せて金貨330枚になっている。
残念そうなランディに、オレは可能な限りの笑顔を浮かべて、言った。
「いえ、この与信枠でもあの剣を使うことができますよ」
「……?どういうことだ?どう見ても金貨100枚分足りないじゃないか」
「今回、ご兄弟でクレジット口座を開設していただけるなら、お二人で合わせて金貨460枚分の与信枠をお作りすることが出来ます。それに……あの剣を手に入れるには半額分だけお支払い戴けば大丈夫ですよ」
「2人分の枠……?半額?どういうことだ?」
先ほど鏡型の魔導具で行った人間鑑定でランディは平均的な知能、弟のルディの方は平均より優れた知能を持っていることが判っていた。
なのでオレはルディに向かって、オレが仕掛けたビジネススキーム……ペアローンを絡めた残クレについての説明を行った。
魔剣を手にするために必要な「支払額」は剣の評価額の1/2であること。
そこに利率を加え、毎週一定金額を支払うことで、半年間は魔剣を自由に使えること。
しかし、この契約を締結するためには評価額の全額に等しい金貨330枚分の与信枠が必要であること。
契約を結べば、半年後に残金の金貨165枚を一括で支払って魔剣を自分の物にするか、それとも返却して支払いを終えるかを選ぶことができること。
途中で支払いが滞らなければ「信用」が蓄積されて与信枠が拡大し、希望すれば契約更新時により高性能な武器へ乗り換えることも可能であること。
そしてなによりも……毎週の支払いは、金貨8枚であること。
「金貨8枚……?ルディ、その数字は確かか?」
「……うん。でもそれだと、支払う額が金貨208枚になる」
「ええ、オレの方も商売ですから、本来半年で支払って戴くべき金貨165枚との差額はこちらの取り分にさせて戴いています」
「良くわからんが……。とにかく、オレ達は毎週金貨8枚を払えばあの剣を手に入れることが出来るのか?」
「支払期間中はマードック商会さんに所有権は残っていますが、自由に使って戴いて構いませんよ。ただ、余所へ売られたり、壊されたりすると……契約違反になりますが」
「だが、金貨8枚は破格だな……1週間の生活費より安いぞ?あんたはそれで商売になるのか?」
「ええ、もちろん。慈善事業ではありませんから」
そう。これはもちろん慈善事業ではない。
オレが儲け、マードック商会も1割の割賦手数料を取ることで通常より高い値段で商品を販売できる、極めて美味しい取り引きだ。
さらに言えば冒険者側も、安価で高性能な装備を使う事ができる。
三方一両損ならぬ三方一両徳とでも言うべきスキームだ。
金貨330枚の剣を、残価165枚設定で半年リースする。
半年間は週8枚、最後に165枚払えば買い取り可能。
言葉にすればそれだけの話だが、割賦販売もリースも、なんならクレジットという概念も無い相手に説明するのは少々手間取ったが……それでもランディは契約を締結することを了承した。
「では契約内容の確認を。ルディさんの代読でもかまいませんが」
「俺は難しいことはわからんからな。ルディ?」
「うん、確認した」
「では今回はペアローンの形になりますので、お二人には連帯支払い義務が生じます。そちらもご確認戴けますか?」
「……うん」
ルディは魔術士だけあって文言の読み込みも理解も早い。しばらく書類に目を落としたあと、うなずくと問題無いと言ってきた。
「ではこちらにサインを。まずはオレから……『契約と商業の神エルフローラの御名において記す。ここに交わす言葉と印は神聖な契りなり。両者、心魂をもって条々を守護し履行せよ。約束を違える者には報いあれ』……さあ、どうぞ、契約が済めばあの魔剣は貴方のものです」
「ああ。契約と商業の神エルフローラの御名において――」
かくしてオレが仕掛けた残クレというスキームは、動き出した。




