#13
翌日と翌々日、オレは事務所を閉めてコーディリアと2人、事業の詳細を詰めることにした。
新しい与信システムと冒険者を対象にしたビジネススキームそのものは完成していたが、この国の法律に合わせた細部の調整が必要だったからだ。
オレはヤクザだが、シノギについては「合法的」に行うことをポリシーとしている。
法解釈をミスってつまらない難癖を付けられるのはまっぴらゴメンだし、もしそんなヘタを打てばオレが自分自身を許せない。
そう宣言したオレを呆れた表情でみやりながらコーディリアは言う。
「ボスって見るからに悪党なのに、順法精神に溢れた人なんですか?」
「オレが悪党なのは否定しないが、余計なお世話だ。それに法を守るのはビジネスにケチを付けられないためだ」
「ああ、リスク管理的な感じなんですね……了解です」
コーディリアは商業ギルドで長く働いていた上に元貴族だけあって国の法律には詳しかった。
いや、貴族令嬢として過ごしていたのは未成年の頃だったはずだから、こいつが法律に詳しいのは出自とは直接関係は無いのか。
「ああ、それですか。私も奉公に出された最初の頃は実家からいつか助けが来ると思ってたんですが、そんな事はなくてですね。独りで生きていかないといけないんだと判ってから、猛勉強したんです。おかげで随分と目は悪くなりましたが」
「……そうか」
まるで人ごとのように眼鏡を弄りながらそう言ったコーディリアの言葉に、オレは自分の過去を否応なく思い返させられた。
生まれ育った世界は違えど、こいつはオレとやはり似ている。
オレもコーディリアも、身の不幸を恨むのではなく自らの力で世界を見返してやろうと考えるクチだった訳だ。
未だに理解出来ない部分も多い女だが、行動原理はオレ自身と極めて近しいこいつは、存外にオレの右腕には相応しいのかも知れない。
そんな事を考えながら、オレは詰めの作業を急ぐ。
「よし、これなら問題無いだろう」
「そうですね。面倒な貴族が横やりを入れてこない限りは大丈夫かと」
「貴族の横やりか……。あり得る話か?」
「たぶん、この街で商いをしている間は領主に付け届けをしておけば大丈夫です。ですが他の街にまで影響を拡大すると、面倒な貴族が絡んできます。例えばアルスマン子爵家とかが」
コーディリアが口にした子爵家の名は、言うまでもなくこいつの実家だ。
どういう意味かと思いながら、コーディリアを睨み付ける。
「別に私がいるから目を付けられるという話ではありません。アルスマン子爵家は代々財務卿の副官である財務官を務めていましたから。金融関連で目立った動きをした商会は必ずチェックされます」
「なるほど。しかし、その目を付けられた商会にお前がいると……」
「叔父上の事ですから、十中八九難癖を付けてくるでしょうね。すみません、ボス。もしご迷惑になるようであれば、今のうちに私を……」
「目を付けられないよう上手く立ち回ればいいだけの話だ。それに少なくとも将来に目を付けられるかも、という程度でお前を切るつもりは無い」
「……意外です。割と冷酷に切り捨てられると思ったのですが。……でも、ありがとうございます」
コーディリアはそう言って頭を下げるが、こいつを切ることになるとしても、それが今である必要はない。
実際に面倒ごとが起きるまでは、せいざいオレの元で働かせるさ。
「ところでボス。一つ重要なご報告が」
「なんだ、改まって」
「私のお腹ですが、少しだけ引き締まってきました」
……一瞬、何のことかと思ったが……そう言えば愛人契約を持ち出したコイツの贅肉をネタにからかったことがあったことを忘れていた。
「そうか。だが少しだけということは、まだ贅肉が付いている訳だな?」
「数日で劇的に改善するなら、いかがわしいダイエット効果を謳うポーションやら魔導具が売れる訳ないじゃないですか!」
どうやらオレの知らないところで日本と同じような胡散臭いダイエット商品が売られているらしい。
いずれそう言う商品を商っても良いかと考えながら、オレはコーディリアに笑いかける。
「なら、そんなお前に朗報だ。明日からしばらく事務所は午前中のみの営業にする。夕方からは冒険者ギルドで出張営業だ」
「それのどこが朗報なんですか?」
「ここから冒険者ギルドまではそれなりに距離がある。ウォーキングをすれば贅肉の解消に繋がるかもしれんぞ?」
「げっ……ボス、私にあそこまで歩けっていうんですか!?」
オレの足だと事務所から冒険者ギルドまでは15分もあればたどり着くことが出来る。
だが杖を突いて歩くコーディリアなら、おそらくその倍以上は掛かるだろう。
歩くことを面倒がって住み込みの職場を探していたこいつにとっては想定外の事態かもしれない。
だがこいつが事業拡大を見込んだ歩合制の給与を選択した以上、新規事業に関わらないという選択肢は最初から存在しない。
つまり、いくら文句を言おうとコーディリアは当面の間、毎日事務所と冒険者ギルドを往復することになる訳だ。
「なに、交通費代わりに晩飯は奢ってやる。表通りに旨そうな店があったからな」
「……毎日『旨そうな店』で食べてたら、ダイエットにならない気がするんですけど」
「それはお前の自制心次第だな」
「やっぱりボスは悪党です。この悪魔!」
コーディリアはジト目でそう言うが、オレは最初から自分が悪党であることは否定していない。
日本でならここで「このヤクザ!」と罵られるところなんだが、やはりこの世界では悪魔呼ばわりか……。
そんな事を思いながら、オレは明日から始まる新事業に想いを馳せた。
「それでボス。今日の業績について感想を伺っても?」
「まぁ初日はこんなもんだ」
「……もしかして負け惜しみですか?」
冒険者ギルドで新規ビジネスを開始した初日の夜。
何とかという「旨い店」で差し向かいでメシを喰っていたコーディリアが、いつも通りのジト目でそんな事を言ってきた。
こいつが言うように、初日の今日は冒険者の反応は極めてドライで、契約締結どころか詳細を聞こうとする者もいなかった。
だが、それは織り込み済みだ。
……だからオレがこいつに答えた言葉は決して負け惜しみではない。
「でもボスの新事業、難しいんじゃないかと思います」
「何がだ?」
「だって、話が旨すぎますよ。私が冒険者だったら、悪人顔の人間が笑顔で旨い話を持ってきたら、絶対欺そうとしているって思いますから」
「悪人顔は余計だ」
そう。コーディリアが言うように、オレが仕掛けたビジネスは初日の今日、大惨敗と言って良い状況だった。
理由はわかっている。
この国の人間に取って、オレが提示した手法は斬新過ぎたのだ。
「ローン……でしたっけ?私はボスの考えを最初から聞いていますし、制度設計にも関わりましたから利点は理解していますけど、普通の感覚だとどう見ても借金ですよ」
「まぁローンは実質的に購入金額を全額借り入れているから、借金なのは事実だがな」
「ボスも知ってるでしょう?うちに来る客が皆フードで顔を隠していることを。金貸しから借り入れをするのはタブーとまではいいませんけど、かなり恥ずかしいことですから」
コーディリアの言葉に、先日事務所の前で出会った何とかというエルフの事を思い出す。そう言えばあいつもフードを目深に被っていた。
つまり、金貸しの事務所に出入りする所を他人に見られることを忌避する世界では、他人にカネを借りる形になる商取引は受け入れられにくいということか。
「コーディリア。この国には割賦販売ってものはないのか?」
「割賦……というと?」
「有り体に言えば先に商品を受け取って、代金は分割で払うことだ」
「商会同士の取り引きなら売掛金を分割で支払うことはありますけど、一般相手の小売りでは聞いた事が無いですね。現金払いか、現物払いです」
「……なるほどな」
今回オレが仕掛けたのは与信によるクレジット制度と、それを利用した利率の高いローンの仕組みだ。
だがこの国ではそもそも分割払いという習慣そのものが無いという点は、リサーチ不足だった。
「そもそも、細かい契約条件を張り出しても冒険者には理解できないんじゃないですか?商業ギルドに出入りしている商人ならちゃんと読んで理解するとは思いますけど」
「契約条件が読めない冒険者はこのビジネスの対象外だから、そこは問題ない」
「そうですか?なら私としてはボスのお手並み拝見というところですが」
そう言うとコーディリアは綺麗な仕草で果実水を飲み干した。
こういうどうでも良い所作だけは貴族令嬢らしいのが、こいつの小憎たらしいところだ。
そんな事を思いながら、オレは明日にむけた事業戦略の見直しを行うべく、今日の状況を脳裏に思い起こす――




