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#9

「宝箱」

「ああ、ようやくだね……。今日は中々見つからないから外れかと思ったよ」


 女が自ら応急処置を終えた後、周囲を探っていた大男が帰ってきてダンジョンの片隅を指さした。

 無口な奴だと思いながら冒険者に続いて大男が示した方向を見に行くと、物陰に粗末な木箱がひっそりと置かれているのが見えた。これを宝箱と呼ぶのはいささか語弊がある気はするが……。


「木の宝箱か……外れだな」

「一応、中を見ておくかい?」

「そうだな。ジーン、頼めるか」

「わかった」


 オレが視線でローブの男に説明を求めると、奴は宝箱にはいくつか種類があると説明した。

 木製、鉄製、銀製、金製、プラチナ製と箱がグレードアップすると中身も良いものになるそうだ。

 随分と判りやすいシステムになっているじゃないか。


「しかし木や鉄はともかく、銀より高級なものは箱そのものを持って帰ったらカネになるんじゃないですか?」

「箱は動かせない。ダンジョンに生えてる」

「箱が……生える……?」


 ローブの男の説明は要領を得ないが、ここがアイテムを生成する機能を持つ場所だとすれば、箱のように見えるだけでアレはダンジョンと言う名の生物に備わった排泄器官なのかもしれない。

 そう思うと大男が空けようとしている木箱が途端に薄気味悪く思えた。


「ぐっ!」

「ジーン!大丈夫かい!」

「……大丈夫。ナイフが出た」


 不器用にも戦利品のナイフで手を切ったのかと思ったが、よく見ると箱の縁からナイフが飛び出している。あれは……罠か?

 先ほど盗賊は戦力にならないと言う話をしていたが、宝箱に罠があるなら罠を外せる人材、盗賊やら技術者やらは必須だろうに。

 罠に掛かる前提で箱を空けているようではサスティナビリティ以前の問題だ。


「中身は……ブーツに、ネックレスだね」

「ルディ、どう思う?」

「護符……かもしれない」

「なら、これは持って行こうか」


 そう言うと鎧の男はネックレスだけを袋に入れ、その場を去ろうとする。

 今回のダンジョンアタックで初の戦利品で、袋にはまだ余裕があるはずだが……。


「ブーツは持って行かないんですか?」

「商会の買い取り品にブーツは含まれてないんだよ。あんた、欲しいなら持って行っても構わないけど、損するぜ?」

「どういうことです?」

「商会の連中、買い取りリストに載ってない得体の知れないものを持ち込むとさ、鑑定料を取るんだよ」

「それは高いのですか?」

「ああ。評価額の5割さ。ぼったくりだろ?」


 アイテムの鑑定費用が評価額の5割。

 マードック商会ではアイテムを評価額の半額で買い取ると言っていた事と合わせて考えれば……。


「鑑定後に買い取りを依頼すると、無料で引き取られると?」

「そういうこったね。もし自分で使うなら5割の鑑定料は自分で払わないといけないんだ。馬鹿みたいだろ?」


 そう言うと女は肩をすくめてみせた。

 なるほど、マードック商会としては商品を売買するだけでなく、鑑定もまた収益化しているということか。なかかな商魂たくましいことだ。


 だが、先ほどローブの男はネックレスが護符である可能性を指摘していた。あれは鑑定したことにはならないのか?


「彼が先ほど鑑定していたように思いましたが」

「ルディかい?あれは『目利き』だよ。鑑定ってのは魔法を使うのさ」


 女が言うには既知のアイテムに関する知識と照合して種類を見極め、おおよその価格を知る技能が「目利き」

 。対して魔法を使った「鑑定」では詳細なアイテムの効果を知ることが出来るらしい。


 そう言えばオレがマードック商会へライターを持ち込んだ時も、スマホの査定の時もマードック商会の会頭は目利きをしていた。

 もしオレがライターやスマホが何であるかを示さずに持ち込んでいたとしたら、鑑定料として半額を取られていた可能性があった訳か。


 しかし鑑定が魔法なのだとしたら、もしかするとコーディリアがその魔法を使えるかもしれない。なにせあいつは人間鑑定が出来るぐらいだ。アイテム鑑定もこなせる可能性は高いだろう。


「ではこのブーツはオレが貰っておきます」

「ああ、好きにしてくれてかまわない。さぁ、次へ行こう」



 冒険者達はさらにダンジョンの奥を目指すようだ。

 しかしこんな不利な取り引きルールを押しつけられているようでは、冒険者がダンジョンで見つけたアイテムで自分達の装備を更新することもできないに違いない。

 それを受け入れざるを得ないとは、冒険者というのは余程軽んじられた職なのだろうか。


 オレは宝箱から拾い上げたブーツをずだ袋に放り込みながら、冒険者稼業というのはヤクザのシノギ以上に世知辛いものだと嘆息した。



 その後も何度か戦闘を繰り返し、冒険者達は手傷を負いながらも勝利を収めた。宝箱は2度発見したが、連中が言うにはどちらも外れだそうだ。

 結果としてオレのずだ袋の中には派手なデザインの服と、良くわからない箱のようなモノが1つ、そして得体の知れない薬が2本放り込まれることになった。


 冒険者達の方は剣を1本と指輪を一つ手に入れたようだが……。


「今日はここまでだな」

「そうだね。さすがにキツくなってきたよ。脇腹の傷も痛むし、引き返そうか」


 リーダー不在のパーティながらも鎧の男と女冒険者の判断は合致したようで、すんなりと撤退が決まった。


「今日の稼ぎは他の日に比べてどうですか?」

「少々渋いが……まぁ、いつもこんな感じだな。一攫千金はなかなか遠いさ」

「ダンジョンで一攫千金が狙えるんですか?」

「ああ、もちろんだ。最近だと『黄金の獅子』の連中がかなり高額なアイテムを見つけたらしい」

「その噂、アタシも聞いたよ。連中、自分達から儲けたとは言わないけどさ、最近は良い武器持ってるから一山当てたのがバレバレさ」


 なるほど。この連中が危険なダンジョンへ潜り、一見すると非効率的に見える探索を繰り返しているのは、人生の一発逆転を狙ってのことだったか。


 それはオレが日本で見ていた構図と同じだ。

 草コインや詐欺紛いの金融商品に手を出す連中は、ブラック労働や貧困から抜け出すため、常に一攫千金を夢見て投機やギャンブルに手を出すものだ。

 極希に幸運を掴む者もいるが、大抵は破産してさらに深みへとはまっていくのがお約束だというのに。


 おそらくは底辺肉体労働者である冒険者達も、日本でオレがカモにしていた連中と基本的に思考形態は同じなのだろう。

 ただタチの悪いことに、日本ではネットの向こうにしか見えなかった成功者の実例が、ここではすぐ間近に実在している。となれば……いつかは自分達にも幸運が回ってくると、信じたくもなるだろう。


 これが日本であれば金を失うだけで済むかもしれない。

 だが、冒険者達は命をチップにしたギャンブルに挑んでいる。


 オレからすればそれは勝ち筋の薄い、分の悪いギャンブルにしか思えないが、賭け金が大きいだけ連中の抱く夢は大きくなる。

 そして、掛け金に比例してオレのビジネスチャンスも大きくなる。


 ――まぁ以前と同じように、せいざい稼がせて貰うさ。


 ただし、今度はオレ自身が刺されないように。

 細心の注意を払い、連中から恨みではなく、表向きは感謝を向けられるような構造にして……だが。



「そういえば宝箱に入っていた剣は魔法の剣なんですよね?それも換金するのですか?」

「そうだ、これは換金だ。なにせ1本しかないからな。運良く剣と斧と盾と杖が出てくれればいいんだが、そんな幸運はまずありえないからな」

「ああ、なるほど……」


 鎧の男は笑いながらそう言うが、入手した剣を見る目は物欲しげだ。


 奴が腰に佩いているのは武器屋で見かける吊し売り(量産品)の剣。

 そして宝箱から手に入れたのは魔法の剣。

 普通であれば当然、魔法の剣に持ち替えるべきだろう。


 だが、奴らは4人組で、山分けのルールを採用している。

 つまり鎧の男があの剣を占有するためには、他の連中が持ってる3/4の所有権を買い取る必要がある。


 ダンジョンで手に入れた品が高価であればあるほど、冒険者はそれを自分で使うことができず、換金せざるを得ない。

 冒険者側からすれば悲劇的なことだが、商会の立場に立ってみれば良い品ほど入荷しやすくなる皮肉な構図だ。


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