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#10

 今回、オレが出した依頼はあくまでもダンジョンアタックの見学だったが、ダンジョンから帰還した後に冒険者達がどのような行動をとるか確認するため、無理を言って事後処理にも同行させてもらうことにした。


 街へ戻った冒険者達は、まず戦利品を売却する為に商会を訪れることにしたようだ。


「傷の手当てはいいんですか?」

「先立つものが無いと手当ても何も無いからな」


 鎧の男は肩をすくめてそう言い、傷に触ったのか顔をしかめて見せた。

 つまりこの冒険者達はまさにその日暮らしで、負傷した際の備えすら持ち合わせていない状態でダンジョンへ向かっていたということか。

 計画性が無いのか、それとも冒険者というのはそこまで追い詰められた職業なのか……。


 半ば呆れながら連中の後に続き、オレがたどり着いたのは大通りの外れにある見知らぬ商会だった。


 オレはてっきり冒険者が魔導具の類いを売却するのはラーゼンの街で一番の大店、マードック商会だとばかり思っていた。

 つまり冒険者に対する搾取構造は、一見すると人徳者に見えて実は腹黒な、あの老会頭による阿漕なビジネスだと思っていた訳だ。


 だが冒険者達は自分達のような並の冒険者ではマードック商会のような大店は相手にしてくれないと言い、普段から街で3番手のボルタックスという商会で取り引きを行っているのだと言った。


 それはつまり、鑑定料や買い取り制限に関連する諸々は個別の商会が課したルールではなく、少なくともこのラーゼンという街では共通となっている商習慣だということなのだろう。



 査定の結果、結局剣は金貨125枚、護符は金貨175枚の値が付いたが、指輪は要鑑定の品だと言われ、買い取りが成立しなかった。

 それなら指輪は自分達で使えば良かろうと思ったのだが、この手のアイテムにはそれなりの確立で呪われたものが含まれているらしく、冒険者達は骨折り損だと嘆きながら街の裏路地に指輪を放り捨てていた。


 買い取り価格の合計は丁度金貨300枚。

 四等分すると1人当たりの取り分は75枚だ。


 ざっくりとした日本円換算だと1日で75万円相当の稼ぎになるが、その金額は当初オレが思っていたよりも割の良い商売のようにも思えた。

 だが、その金額はあくまでも「売上」でしかなく、経費の精算がこの後に待っていることに、オレはまだ気付いていなかったのだが。



 カネを手にした冒険者達は次に薬師のもとへ赴き、治療を受けることにしたようだ。


 薬師のもとへ向かうと聞いた時、オレは違和感を感じた。

 なぜならオレがこの世界へ来た時、腹に刺し傷のあるオレは神官の治療魔法で癒されたと灰鹿亭の女将が言っていたからだ。


 実際、致命傷だったはずの傷は、多少の跡は残っているにせよ傷そのものは完全に癒えている。

 つまり治癒魔法なるものは実在するし、流れ者であるオレが治療サービスを受けられるというのに……なぜ街の住人でもある冒険者達は、わざわざ薬師に頼る必要がある?


「ああ、神官は街の人には安価で治療魔法を掛けてくれるんだけどね。アタシら冒険者相手だと治療費(お布施)が跳ね上がるんだよ」

「何か理由でも?」

「アタシらは自分から好き好んで怪我をしに行ってるって言うんだよ、アイツら。こっちは生きるために仕方なく戦ってるんだっての!」


 女は顔をしかめてそう言う。

 宗教的な教義によるものかと思ったが、自業自得の負傷に対して神官は厳しいということか。


 穿った見方をすれば、日銭しか稼げない一般市民より、ダンジョンへ潜れば纏まったカネを稼ぐことが出来る冒険者達を相手に毟った方が集金効率が良いと考えていそうにも思えるが。

 少なくともオレの知っているエセ宗教家共なら、間違い無くそう考えるだろうからな。


 4人の治療費は神殿で魔法を掛けて貰うよりも安いとは言え、それでもそれぞれが金貨数枚ずつを請求されていた。

 特に脇腹に負った傷が思いのほか深かった女は、金貨15枚を請求され随分渋い顔をしていた。


 だが身体が資本である以上、支払いをケチる訳にもいかないのだろう。

 結局4人分の治療費を合算すると金貨33枚になり、冒険者は分配前の売り上げからその代金を支払った。



 4人は治療を受けた後、次に鍛冶屋へ出向くと言った。

 聞けば武器や防具の整備が必要との事だったが……。


「この盾、もう寿命だな。修理して使うのは無理だぜ」

「……うむ」

「新しいのを用意するかい?それとも中古にするか?」

「中古」


 大男の盾は戦闘でガタが来ていたようで、買い換えを余儀なくされた。他の連中の武器も刃こぼれしたり、留め具が緩んだりしていて、結局装備の維持に総額で金貨76枚を請求されていた。

 仕事道具の減価償却と考えれば理解はできるが、連中のシノギが戦闘なだけに、武器防具の損耗は思ったよりも激しい。

 特に攻撃をまともに食らう盾や鎧といった防具の類いは数度ダンジョンへ赴く度に買い換えが必要らしく、装備代は毎回冒険者の財布を圧迫しているそうだ。


 ローブの男は直接戦闘に参加しておらず装備も痛んでいないが、パーティは一蓮托生だからか装備代も治療費同様に戦利品の売り上げから支払っていた。

 残りの金貨は191枚。

 治療と装備の維持だけで稼ぎの1/3以上が吹き飛んだことになる。


 その他にも冒険の合間に使っていたランプやロープといった消耗品の補充や、携帯食料の買い増しなどでさらに11枚の金貨を使い、結果として連中の手元に残ったのは金貨180枚だけだった。


 ダンジョンで命を賭けて戦い、得た金額が1人当たり金貨45枚。

 それが命の値段としてそれが高いの安いのかかはわからない。だが仮に重傷を負ってしまえば、その程度のカネでは休業補償にもならないだろう。



 最後に冒険者ギルドを訪れ、オレが依頼完了のサインを行った事で連中は1人当たり金貨2枚の依頼報酬を得た。


「ありがとうございました。参考になりましたよ」

「あんたも冒険者なんだろ?ダンジョンに潜る前に見学するなんて初めて聞いたけど、それぐらい慎重だと大成するのかもしれんな」

「まぁ、そうですね」


 鎧の男の言葉にオレは曖昧に答える。


 連中は傷の回復と療養を兼ねて1週間程度休暇を取り、その後また一攫千金を求めてダンジョンに潜るそうだ。


 それを夢に向かって努力を続ける姿と評するべきなのか、それとも待ち受ける死に向かって自分から飛び込む愚行と評価すべきなのか……オレには判断が付かなかった。



「帰ったぞ」

「お帰りなさい、ボス。朗報があります」

「ほう、何だ?」


 事務所へ帰ったオレを仏頂面のコーディリアが出迎えた。

 まぁ出迎えたと言っても事務机に座ったまただが。


 しかし、朗報だと?

 特にこいつに何かを頼んでいた覚えは無いが……。


「昨日ボスが言っていた、煙を吸う……タバコでしたか?同じものかどうかは判りませんが、商業ギルドの伝手で入手しましたよ」

「ほう。それは確かに朗報だな。街中でいくら探しても見当たらなかったんだが」

「北方のドワーフが吸っているモノだそうです。私も初めて見ました」


 そう言ってコーディリアが差し出してきたのは小さな木箱だ。

 蓋を開けると中に入っていたのは……。


「なるほど、葉巻(シガロリ)か」

「その表情、微妙に外れですか?」

「思っていたものと少し違うが、まあ合格点だ。いくらだった?」

「金貨15枚です」

「……3本でか?」

「ええ。個人のモノを無理を言って分けてもらったので、おそらく割高だとは思いますが」


 冒険者の女が喰っていくために傷を治療した価格と、オレが嗜好品で消費する金額が同じというのは皮肉なことだ。


 久しぶりのタバコは後で楽しむことにして、オレは先に用件を済ませることにした。


「今日はダンジョンへ行ってきた」

「唐突ですね。じゃあ、その杖と袋は戦利品ですか?」

「杖……ああ、これは別だが、袋の中はそうだな」

「戦利品ではないと言うことは、私へのお土産ですか?」

「どうしてオレがお前に土産を買ってくる必要がある?」


 頓狂な事を言い出すコーディリアを軽く睨み付けてやるが、図太いこの女は動じずに言った。


「いえ、私の杖に少し不具合がありまして。石突の部分が緩んでいて、不安定なんです。ボスならそこに気付いて新しい杖を用意してくれていると信じていました」

「なら、その信用は的外れだな。これは歩行用の杖では無く魔導具だ。だが、業務外の仕事を引き受けるなら、くれてやってもいいぞ」


 オレの言葉にコーディリアは少し小首をかしげてから、言った。


「……わかりました。では、ここで脱げば?」

「そう言う業務外じゃない。もっと別なことだ」

「面倒な業務よりこちらの方が楽なんですが」

「お前な…。まあいい。コーディリア、鑑定の魔法は使えるか?」

「人間鑑定のことは昨日お伝えしたと思いますが」

「ちがう。アイテム鑑定の方だ」

「……使えますけど」


 コーディリアは露骨に嫌そうな表情を浮かながら、そう答えた。

 使えるのなら問題はない。

 オレはコーディリアが座る事務机の上にずだ袋を置き、中身を示して見せた。


「鑑定が使えるお前に業務外の仕事を発注する。こいつを鑑定してくれ」

「5つも?無理ですよ。魔力が持ちません」

「どういうことだ?」

「鑑定魔法は魔力を大量に消費するんです。私だと……たぶん1日で3つが限界です」


 冒険者達は鑑定費用としてアイテム評価額の半額を請求されると言っていたが、それは鑑定魔法の燃費が悪いせいか?

 いや、オレと同じでこいつの魔力が少ないだけかもしれない。


「コーディリア。お前の魔力量はどれぐらいなんだ?平均的な魔法使いとして」

「私、別に専業の魔法使いじゃないですが……商業ギルドで鑑定も行っていた職員の中では平均よりちょっと上です」

「商会が抱えている鑑定士も同じ程度か?」

「専業の魔法使いならもう少しできると思いますけど……。伝説の大賢者でもなければ、みんな五十歩百歩ですよ?」


 ということは商会が鑑定を渋るのはリソース不足という側面もある訳か。

 効果が不明で買い手がつくかどうかも判らず、鑑定回数そのものも限定的となれば、確かにリスクを取ってまで積極的に買い取ろうとしない判断は納得がいく。


 だが折角ここに鑑定ができる人的資源があり、未鑑定のアイテムがあるんだ。

 使わない手はないだろう。


「状況は理解した。とりあえずこのブーツと服、あとは……箱を鑑定してくれ」

「3つも!?ボス、鑑定が終わったら絶対にその杖くれますよね?鑑定結果が不満だとか言って約束を反故にしないように、契約書を書いてもらえますか?」

「疑り深い女だな。なら前払いで先に杖をくれてやる。これならいいだろう?」


 契約書に使用する、エルフローラ神に聖別された用紙も無料ではない。どうでもいいことで消費するのは無駄だと考え、オレはコーディリアに杖を先払い報酬として渡した。


「これ、なんの魔導具なんですか?」

「そいつは仕事が終わってからだ。さあ、さっさと鑑定しろ」

「はーい」


 随分と緩い返事で応じられた。コイツはやはりオレを舐めているのかもしれないな。

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