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#8

 ダンジョンという語は確か元々は地下牢を指している言葉だと聞いた記憶がある。

 オレはゲームの類いにはあまり興味が無かったが、それでもダンジョンと言えば石造りのブロックで構成された地下迷宮のイメージを持っていた。

 だが、ここは……。


「……光ゴケの生えたただの洞窟、か?」

「何言ってるんだい、ここはれっきとしたダンジョンだよ」

「洞窟とダンジョンの違いを教えていただいても?」

「迷宮資源が生成されるのがダンジョン。屋外型のダンジョンも存在」


 それまで無言だったローブの男がぼそっとそう言った。


 そうか、外見や構造でダンジョンか否かが区別される訳ではなく、迷宮資源……要するに昨日マードック商会の番頭が言っていた、アイテムやモンスターが湧いてくる場所をダンジョンと呼んでいる訳か。

 さすが異世界だけあって、オレの認識とは随分と違う。


「ダンジョンは複数あるんですか?」

「ある。ラーゼンの周辺には3つ。ここは一番攻略しやすい」


 鎧の男達前衛は周囲を警戒しているので、オレは後列にいるローブの男を相手に情報を収集することにした。

 雑談や実務的な会話には反応しなかったこいつが、ダンジョンの話題には反応してくるところを見ると……ダンジョンマニアか何かなのだろうか。


 それにしても廃棄されたアイテムや冒険者の死体からアイテムやモンスターが自然に生成される場所、か。

 昨日話を聞いた時点ではリサイクルプラントのような印象を受けたが、実際にその場に足を踏み入れると、まるでダンジョンそのものが生き物であるかのようにも感じる。


 こんな薄気味悪いところへ日々潜って宝探しをするというのは、正直ぞっとしない話だ。


「グゲゲェ!」

「ギガガガァ!」


 と、前方から鳴き声のようなものが聞こえてきたと思う間もなく、数体の小さな人影がこちらに駆け寄ってきた。

 光ゴケの照らす薄明かりごしに、その人影が冒険者ギルドの資料でみたゴブリンなる魔物だということはすぐにわかった。

 つまりアレが、オレが初めて目にする魔物にるわけだ。


 鎧の男、女冒険者、大男の3人はゴブリンに対して各々の武器を構える。

 それぞれ剣、手斧、大男は……木の盾と鉄の棍棒か?

 オレの隣にいたローブの男も杖を構えるが、相手がゴブリンだと見て取るとすぐに杖を降ろした。

 要するに、魔法を使うほどの相手ではないということなのだろう。



 実際、冒険者達はそう苦戦せずに6体のゴブリンを殲滅してみせた。


 ちなみに倒した数は鎧の男が3、女が1、大男が2だ。

 出発前に確認したレベルの数字がそのまま手際の良さに反映されているところを見ると、コーディリアが行っていた人間鑑定による能力査定というものは実績に裏付けられた手法なのだろう。


 だが、同時にオレは今の戦いを見ていて、この連中の危うい点にも気付いていた。

 それはゴブリンの発見と、戦闘態勢への移行が明らかに遅かったという点だ。


 冒険者達が武器を構えたのは相手が叫び声を上げて突進してきた後。

 つまり、敵の方が先にこちらを認識していたことになる。

 相手が武器を手に突っ込んでくる格下のゴブリンなら問題無く対処できるかもしれないが、より強力な魔物や飛び道具を持つ相手なら先制攻撃を許しかねない。


 だが一度だけの戦闘で彼等を無策と決めつけるのは早計だろう。オレがそんな事を考えている間にも冒険者達はゴブリンの死体を無視して奥へと進もうとする。


「戦利品は探さないんですか?」

「ゴブリンが持ってるものはボロボロの武具ぐらいだ。そんなもの持って帰ってもカネにはならないからな」

「現金は持ってないんですか?」

「魔物が現金を持ってるなんて聞いた事無いぜ?」


 鎧の男が肩をすくめて言った言葉に、それもそうだと納得した。

 これがゲームなら魔物を倒せばカネを落とすのかもしれないが、魔物が人間の通貨を持ち歩いているなんて事は普通に考えればあり得ない。


 殺した人間が金貨でも持っていれば、綺麗な戦利品として所有している可能性はあるかもしれないが、そもそも金貨を持ち歩くような人間がダンジョンに出向いてくることは無い。

 ……オレのような例外を除けば。


 それにもしダンジョンが無限に金貨を生み出すとすれば、街に贋金で溢れることになり貨幣価値が暴落することは避けられない。

 つまり、このダンジョンが現金を生まない方が、皆にとって幸せということなのだろう。



 オレがダンジョン経済について理解を深めている間にもダンジョンアタックは続く。

 3度モンスターと遭遇したが、やはり冒険者達は敵に先制を許し、場当たり的な応戦を行っていた。


 最後の戦いでは数の多い魔物の集団相手に対してローブの男が初めて魔法を使用したが、それでも女が傷を負った。

 その戦闘の際も、相手が先制していたことを踏まえると、この連中は最初の戦闘から相手が格下だからと侮って手を抜いていた訳ではなかったようにも思える。


「失礼。どうして斥候を出さないのですか?先ほどから先制攻撃を受けているように見えましたが」

「俺達は戦士だからな。気配の察知は苦手なんだよ」

「盗賊や野伏(レンジャー)をメンバーに加えないのですか?」


 オレの言葉に冒険者達は顔を見合わせると苦笑する。


「確かに斥候職がいると罠の発見やら偵察やらは出来るが、あいつらは戦闘力が低いからな。折角敵を倒してお宝を手に入れても、ろくに戦力にならない連中に分配していたら赤字になっちまう」

「……なるほど。では回復職や補助職がいないのも?」

「補助魔法なんて贅沢なもん、アタシらには無縁だよ。怪我だって街へ戻れば薬師の治療やポーションでなんとかなるからね」


 オレは当初、この連中がただ人数あわせのために寄せ集められた烏合の衆だと考えていた。

 だがどうやらそうではなかったようだ。


 奴らはダンジョンアタックという、あくまでもモンスターを殲滅する火力を重視する構成で編成されている。

 そしてパーティの固定メンバーとして必要なのは敵を倒すことが出来る戦士や魔道士。


 探索や支援要員は火力に直結しないため、報酬を頭割りにする際のコストと見なし、非正規雇用やスポット利用で済ませているということか。


 たしかにその編成にはある種の経済合理性はあるように思える。

 だが……第三者であるオレの視点からすれば、この編成は危険極まりなく非合理なものに見えた。


 短期的な成果を偏重するあまり、効果の見えづらい補助業務を軽視し、結果としてプロジェクトが危機的な状況に陥る。そんな案件は日本でいくつも目にしてきた。


 そしてそういったプロジェクトはオレのような経済ヤクザの介入を許し、最終的には喰い荒らされることになる。


 ――要するに、冒険者達が置かれた境遇はかなり末期的で、だからこそオレがこいつらを喰い物にすることが出来る。おあつらえ向きな状況だってことだ。


 もちろんオレは慈善事業家ではないから、こいつらに意識改革やリスクマネジメントを説くつもりはさらさらない。

 だが冒険者をオレのビジネススキームに組みこむのであれば、無限に生成されるダンジョン資源と違って有限な人的資源であるこいつらを、ただ使い潰すのは好ましくない。


 冒険者達を骨の髄まで利用しつくすためにも、こいつらの生存性を高め、ダンジョンアタックの効率を最大限に高める仕組みを生み出す。

 そう、それは慈悲や功徳ではない。あくまでも長期間にわたってオレに利益をもたらすための仕組み……いわゆるサスティナビリティ(持続可能性)の実現ってやつだ。


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