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#4

 翌日からグレイディア商会は金融業として本格的に営業を開始した。

 と言っても積極的にプロモーションを行うわけではないから、カネに困った食い詰め者が事務所を訪れるのを待つだけだ。

 正直、こういう無駄な時間はオレの好みではない。


 昨夜、コーディリアとの間に「客がいない時は互いに肩肘張らずに接する」という勤務条件を申し合わせたオレは、あえて砕けた調子で声を掛ける。


「コーディリア。オレは少し出かけてくる」

「承知しました、ボス。融資の申し込みがあった場合の信用見は商業ギルドの標準査定並でよろしいですか?」

「ああ、そうしてくれ。判断に迷う場合は保留でいいぞ」

「お言葉ですが、商業ギルドでは上司に融資の判断を仰いだことはありません」

「そうか。なら頼りにしているぞ」


 プライドを傷付けられたのか、少しむっとした様子でそう強弁するコーディリアを事務所に残し、オレは街へ出た。


 金貸しについてはコーディリアに任せておけばまず問題は無さそうだが、オレは街金一本で喰っていくつもりはない。

 オレの仕事はスキームを創出することで、仕組みができあがれば自動的にカネが入ってくるというのがオレの理想だ。


 となれば何かこの異世界に合わせたビジネスのネタを探すことが、今のオレの仕事ということになるが……。

 そんな事を考えながら、行き先は特に決めずにオレは街中を散策する。


 すでに何度も歩いた街中を見ていても目新しい発見は無い。

 ふと足が向かった灰鹿亭の跡地は、残骸すら片付けられていないまま放置されていた。


 金を返さずに逃げる無責任なジョンに対してウスラーが貸し付けを行っていなければ、ここはまだ営業を続けていたのかもしれない。

 そんな考えても仕方のない事をふと考える。


 しかしそれは金貸しを引き継いだオレにも無関係な話ではない。

 ウスラーは保証人を取ることで融資の与信を行ったが、オレがコーディリアに指示した融資判断も基本的には保証の有無や不動産などの担保を基準としたものだ。


 本来、与信というのはもっと複合的な要素で行うべきものだ。保証人や担保だけで与信を行っていると有望な客を逃してしまう可能性がある。

 日本のようにネットワークや信用情報を管理する機関が存在しないこの世界で、他に与信を担保する方法……か。


 漠然と頭の中に浮かんだ仕組みを形にするべく、オレは灰鹿亭跡地を後にした。



 市場と商店を回り、適当な食事とコーディリアへの土産(・・)を買い求めたオレはひとまず自分の事務所へと戻ることにした。

 営業中になっている札を裏返して閉店に切り替え、オレは事務所の扉を開く。


「いらっしゃいませ……ああ、ボスですか。おかえりなさい」

「オレだと判った途端に笑顔がジト目になるのはどうにかならんのか?」

「雇用契約通りのオペレーションですが、何か」


 まったくもってこの女は良い性格をしている。そう思いながらオレは手にしていた荷物をコーディリアに差し出した。


「昼飯だ。あと、その服を脱げ」

「昼間からですか?それにボス、さすがの私でも昨日の今日で体型は変わりません」


 オレの言葉に、コーディリアは非難の目でこちらを見てくる。

 どうやら脱げというのを、抱かせろと解釈したらしい。まぁ、それもそうだろう。この口の減らない女に対するからかいも兼ねて、わざとそう取れるように言ったのだから。

 だがオレがコイツに求めていることはそういうことではない。


「そうか、それは残念だ。だが脱いで貰う必要がある。そのブラウスをこれに着替えてこい」

「……ブラウス、ですか?」

「ああ。お前の格好はギルド職員の制服だろうが。そのまま金貸しをするのはさすがに不味い。全てを買いそろえるのはナシだとしても、イメージだけは変えておきたい」

「ああ、そういう……。了解しました」


 そう言うとコーディリアはオレの差し出した包みを受け取り、奥の部屋へと移動した。

 心なしか残念げな表情をしていたような気がするのは……気のせいだろう。



 しばらくして、杖を突きながら現れたコーディリアの印象は随分と変わっていた。

 元々来ていた商業ギルドの制服は白いブラウスに紺色の長袖ベストを合わせたフォーマルな印象のものだった。


 だがオレが買い与えたのは黒い開襟シャツで、ブラウスをこれに替えたことで随分と……そう、ヤミ金の受付らしい崩れた印象の服装になった。

 ヤクザが経営するヤミ金に、純然たるオフィス制服然とした服を着た眼鏡の女が座っていることは違和感が強かったが、これでオレの事務所らしくなったというものだ。


「……おかしくないですか?」

「なに、よく似合ってるぞ。少々胸は貧相だがな」

「それは私のせいではないですから」


 元が貴族令嬢だけあって顔の作りはそれなりに整っているくせに、コーディリアは化粧っ気もなく全体的には地味な印象だ。

 そんなこいつがラフな開襟シャツを着ている点はやや違和感が無いでもないが、贅沢は言えないだろう。


 オレはコーディリアを誘い、ダイニングへ向かう。

 席に着く間もなく、コーディリアが報告と提案があると言ってきた。


「喰いながらでいいか?」

「かまいません。まず報告ですが、午前中に借り入れの申し込みが2件ありました。少額で査定も問題が無かったため、貸し付けを行いました」

「わかった。だが、今後は一々報告する必要はないぞ」

「もちろんです。これは私が適正に仕事をこなせるというアピールです」


 口の減らない女だ。だが、金貸しについてはコーディリアに任せておいて問題無いというオレの判断が正しかったと確認出来たのは上出来だろう。


「で、提案というのは?」

「実は1人、返済猶予を求めてきた者がいました。その者の処遇についてなのですが」

「融資判断以外は自信が無いか?」

「いえ、そうではなく。その者の返済を猶予する代わりに、こちらで家事を担当させてはいかがという提案です」

「家事?……メイドということか?」

「はい。私もボスも料理ができません。私は掃除や洗濯も苦手ですが、ボスに下着を洗われることは遠慮したいのです」

「いや、どうしてオレがお前の下着を洗う前提になっている……?」

「そこでハウスメイドです。返済猶予を求めてきたナタリーは主婦ですが、元は商家でメイドをしていました。彼女であれば適任かと」


 コーディリアが言う事はもっともだが、返済猶予を求めてきているということはそのナタリーへの貸し付けはウスラーが行っていたものだろう。

 ウスラーは借用書類に借入人の経歴などは記載していなかったと思うが……。


「提案そのものは問題はないが、ナタリーとやらが元メイドだとどうやって知った?」

「人間鑑定の魔法を使いました」

「……ほう」


 そう言えばこの世界の魔法には対象の能力を確認するものがあると聞いた事がある。

 実際、オレがギルドで魔法を習い始めた頃、講師である魔道士はオレの能力を見て魔法の素質が無いと言っていた。

 つまりコーディリアもその手の魔法が使えるということか。


「なるほど。お前が融資の査定に自信があるのはその魔法故か?」

「はい、そうです。それで、ボス?」

「ああ、かまわない。そのナタリーとやらにはどう連絡を付ける?」

「午後にもう一度来るよう伝えています。では雇用契約を締結し……現状のままだとおそらく3年ほど毎日食事と家事をさせれば返済完了になるかと思います」

「なら3年の間に正規雇用するメイドを探す必要があるな」


 コーディリアにそう答えながらも、オレは別の事を考えていた。

 事務所に帰る前に考えていた与信の仕組み。人間鑑定なる魔法があれば、あるいは――。


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