#3
その後、コーディリアと雇用条件の詰めを行うことになったが、ここでもオレはこの女がただの事務屋ではないことを意識させられた。
なぜならコーディリアは――愛人契約の件は別として――報酬として固定給ではなく、歩合制で支払うことを求めてきたからだ。
「今のところオレの商会は大きな商いはしていませんから、この歩合給だとギルド職員の給与の半額程度になりますが?」
「住み込みで使わせていただく部屋の家賃を無償にしていただけるのであれば、問題ありません。それに……」
「それに?」
「ヤクザ様は今後、間違いなく事業を拡大されますから。将来への布石です」
「そう思う根拠を伺っても?」
「先日の手際と、マードック商会とのコネクション。それもおそらく事前に何か根回しをされていたのだと思いました」
これは驚いた。あの時マードック商会の会頭はあくまでもオレとは初対面を装っていたし、ウスラーもその演技に欺されていたように思えた。
しかし第三者として立ち会っていただけのコーディリアは、オレが会頭に根回しをしていたことに気付いていたということか。
「……なるほど。ですがオレが事業を拡大できなければ大損ですよ?」
「そのときは私の眼鏡が曇っていたというだけの話です。それにもしそうなれば、愛人契約で穴埋めを行いますので」
その言葉にオレは苦笑したが……だが、オレ自身、どうせ商いをするなら街金のような小金を動かす商売だけでなく、もっと大きなスキームを創り出したいと考えていた。
コーディリアなら、オレが興す新しい事業にも十分に対応出来るに違いない。
オレはコーディリアを値踏みしていたつもりだったが、おそらくこいつもオレを値踏みしていたのだろう。
そして、互いに利用価値があることを認め合った。
そう理解したオレは彼女の示した条件を飲み、契約を締結した。
そしてその3日後、つまり今朝だ。コーディリアは商業ギルドを退職し、裏通りにあるオレの根城、先日までウスラー商会だった一軒家へと引っ越してきた。
階段の上り下りは辛いというのでコーディリアには一階の奥にある客間をあてがった。
だが、人足に荷物の運び込みを指示する彼女は何故か先日見かけた商業ギルドの制服姿のままだ。
搬入作業が終わり、一息ついたら業務内容のレクチャーを行うと伝えると素直に応じたが、事務所に姿を現したコーディリアは相変わらずギルドの制服を着ている。
「……それは、ギルドの制服ですよね?」
「はい。買い切りなので、実質的に私物です」
「他の商会でギルドの制服を着ていたら問題になるのでは?」
「表通りの大店ならそうでしょうね。ですが、裏通りの金貸しにいる女の格好なんて、誰も気にしませんよ」
真顔でそう言うが、何かあったときに商業ギルドに文句を言われるのはオレだ。
再度その服装は問題になると指摘したオレに、コーディリアは微妙に視線を外しながら、言った。
「……仕事で着られるような服を他に持っていません」
「貴族……いや、元貴族の令嬢ですよね?」
「令嬢らしい服は皆、子供服です。成人前にギルドへ奉公に出されたので、以降は自分で服を買っていました」
……そう言えばこの世界において新品の服は異様に高いことを失念していた。
オレ自身、未だに日本から持ち込んだスリーピースを着たままなことだし、この機会にテイラーでも呼んで服を作らせるか。
オレがそう提案すると、コーディリアは頭を振って言った。
「まだ事業が軌道に乗っていない状況で無駄遣いは禁物です。他に従業員が増えてからでも良いのでは」
「……確かに理屈は通ってますね。それで、本音は?」
「採寸は面倒で嫌いです」
貴族令嬢と言うのは着飾るのを好むと思っていたのだが、この元貴族令嬢には自らを飾ろうとする意識が完全に欠如している。
まぁ、オレとしても無駄な被服費が削減できるのは好ましいが……。
ともあれ、当面は商業ギルドの関係者が顔を出したらコーディリアは裏へ下がらせるという場当たり的な対応をするということで話は済み、オレはコーディリアに業務的な説明を行った。
業務終了を告げたあと、一度部屋へ戻ったコーディリアは肌着同然の格好で姿を現した。
上はノースリーブのタンクトップ一枚。
ボトムスは履いていないのでシャツの下からは下着が見えている。
もちろんオレはこの程度の格好で動じたりはしないが、こいつが何を考えているのかが判らずに首をかしげた。
「ところで会頭。食事は何時でしょうか?」
「何時というと?」
「いえ、ですから夕食の時間です」
「……もしかしてオレに用意しろと?」
「住み込みですから」
もちろんオレは料理なんてした事はないし、この国へ来てからは宿や酒場で飯を喰うか、屋台で買った物を適当に喰っていた。
今日も適当な酒場へ繰り出そうかと考えていた所だったが……。
オレは思わずコーディリアに自分で買いに行けと言いかけて、ようやくこいつの意図に気が付いた。
コーディリアは足が不自由で気軽に外を出歩くことが出来ない。
ただ、オレがそこまでこいつに同情的ではない事を察して、あえて外出できない姿でオレの前に現れ、自分で食料調達が出来ないことをアピールしてやがる……?
「それは、自力で食料調達出来ないというアピールのつもりですか?」
「ご理解いただけて幸いです。それで、何時になりますでしょうか?」
平然とそう言うコーディリアの逞しさに呆れるやら感心するやら。こいつは本当に元貴族令嬢なのかと思いながら、オレは適当な食い物を買いに市場へと向かった。
簡単に食事を済ませた後もコーディリアは部屋に戻らず、台所のテーブルに着いたままだった。
まだ何かあるのかと思って声を掛けるが、昼間と違い愛想笑いすら浮かべず、ジト目とでも言うような表情でオレの方を黙って見つめている。
「……」
「なにか喋ったらどうですか?」
「……なにか」
「愛想良くしろとは言いませんがね、少し打ち解けようとする努力をしてみたらどうです?」
「それは、業務命令でしょうか?」
「いえ、そう言う訳ではないが……」
「なら、お気になさらず」
イラつくやり取りの後、コーディリアはため息をついてから話しかけてきた。
「会頭。いいかげんその話し方止めませんか?」
「しゃべり方?どういうことですか?」
「ですから、その本心ではない丁寧口調です。お芝居とまではいいませんが、不自然に思えます」
「……不自然だと?どうしてそう思った?」
「なんとなくです。ですが、今の口調の方が自然だと思います。業務時間外はそちらの方がよろしいのではないかと」
「そうか。……なら、そうさせてもらう」
別にオレは無理をして丁寧な言葉で話している訳ではないが、どことなくオレ自身の鏡像のように思えるこの女の前で丁重さの仮面を被りつづけるのは馬鹿らしく思えた。
「で、お前の方も営業用の笑顔をやめて無表情という訳か?」
「はい。笑顔は疲れるので、営業時間外はこれでご容赦ください」
先ほどの丁重な言葉がどうこう言う話も、おおかたオレに笑顔を求められないよう先回りしてきたのだろう。
先ほどまで感じていたコーディリアへの苛つきが、いつの間にか興味へと代わっていく。
面白い女だ。
「ところで会頭」
「営業時間外なんだろう?なら会頭は止めてくれ」
「なら、何とお呼びすれば?」
「……ヤクザでも、ボスでも好きにすればいい」
「なら、ボス。ご相談があります」
そう言うとコーディリアは居住まいを正すと、言った。
「愛人契約の件なのですが」
「ああ。怖じ気づいたか?別に無理強いするつもりはないが」
「いえ、違います。実は歩合給でとお願いしたとき、ボスが愛人契約を即座に締結してくださると読んでいたのですが」
「……読みが外れた、と」
「はい。ですので、その……お給料が、想定よりも少なくて」
コーディリアは恥ずかしそうにそう言うが、この女のことだ。
愛人契約を恥じている訳ではなく、オレの行動を読み切れなかったことを恥じているのだろう。
「で?」
「……一度お試し戴いて、良ければ契約という形でいかがでしょうか」
「その手管は貴族令嬢のものというよりも、娼婦のものだな?」
「どちらも似たようなものです。着飾り、男に媚びを売る生き物ですから」
「なるほど。それで、その格好がお前の夜の仕事着という訳か」
「お手当をいただけるようになれば、もう少しマシな格好が出来るようになります」
本当に面白い女だ。
だが生憎とこいつはオレの好みではないし、ビジネスパートナーを抱いて余計な情を持つのはオレの趣味でもない。
「コーディリア」
「はい、ボス」
「愛人契約分の手当ては出してやる。だが、今のところオレはお前に興味は持てない。だから、手当てを使ってオレがその気になれるよう、自分を磨いてみせろ」
「……納得いきません」
「なら、具体的に指摘してやる。まずその腹の贅肉を落とせ」
「……!これは!」
赤面したコーディリアはシャツを引っ張って腹を隠そうとする。
もちろん、デスクワーカーであり、足が不自由なこいつが運動不足であることは百も承知だ。
だが今日はこいつにいいようにやられた。これは意趣返しというやつだ。




