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#2

 女の経歴は少なくとも書類上では完璧だった。

 貴族の子女として最上級の教育を受けており、読み書きも計算も完璧。

 実務経験は7年となっていたが、付記事項として商業ギルドでの実業務に従事していると書かれていた。

 貴族である以上、礼儀作法についても問題は無いだろう。


 ただ……気になる項目がない訳でもない。


 希望する雇用形態が終身雇用、かつ住み込み希望というのはどういうことだ……?


 これが庶民や、貧しい商家の娘なら判らなくもないが、子爵令嬢が提示する条件としては不自然極まりない。

 もしかすると前段の情報は全て虚偽だということか?


「失礼、この人物は商業ギルドに勤務しているのですか?」

「ああ、コーディですね。はい、彼女は私の同僚です」

「ここに書いてあることは事実ですか?その、子爵家の令嬢というのは……」

「えっと……はい、そうですね。全て事実ですし、コーディはアルスマン家のお嬢様で間違いありません」


 受付嬢は笑顔でそう答えたが、その表情に嘘偽りがあるようには思えなかった。


 基本情報が偽装や誤りでないのなら、間違っているのは雇用条件の方か。

 そう考えたオレは、再度受付嬢に確認を行う。


「ではこの希望する雇用形態の項目は何かの間違いということですかね?」

「いえ、コーディならこの条件を希望すると思います」

「……理由を伺っても?貴族令嬢が市井の商会へ住み込みを希望するとは考えにくいのですが」


 オレの言葉に受付嬢は一瞬だけ思案する表情を浮かべたが、軽く頷くと言った。


「そうですね。本人に会えばすぐ判ることだと思いますので事前にお伝えしておきますと……彼女、足が不自由なんです。全く歩けない訳ではなくて、杖を突けば歩行はできるのですが、職場と住居は近い方が負担は少ないといつも言っています」

「なるほど」


 受付嬢の言葉に、オレの脳裏に浮かんだのは……杖を突くギルド職員の姿だ。


 そう。1週間前にオレがウスラーをやり込めた際に立ち会っていたあの女性職員は杖を突いていた。おそらくあれがコーディリアだったのだろう。

 そしてあの職員は怒鳴りつけるウスラーに対して臆した様子も見せず、粛々とした対応を行っていた。


 貴族令嬢という先入観から、オレはこのコーディリアという女をもっと打たれ弱い女なのだと勝手にイメージしていたが、あれがコーディなら見所はありそうだ。


 だが、貴族の子女が終身雇用を求める点が不可解であることに変わりはない。

 この女の能力や資質は好ましいが、生家である子爵家から横やりが入る可能性や、余計なしがらみを抱えていないかどうかは確認する必要がある。


「ではこの終身雇用というのは?」

「それは……本来ならコーディ本人から、と言いたいところですが……。その、彼女、実家からほぼ絶縁されているんです。ですから、子爵家とのコネクションをお求めの場合はあまりお役に立てないのではないかと……」

「子爵家の長女が実家から絶縁、ですか?理由を伺っても?」


 少し困った表情を浮かべた受付嬢がいうには、コーディリアという女は確かにアルスマン子爵家の長女であり子爵の嫡出子であることに間違いはないそうだ。


 だが彼女の足が不自由となった馬車の事故によって子爵は死亡。子爵位を継いだ子爵の弟、コーディリアからみれば叔父にあたる人物によって、商業ギルドへの行儀見習いという形で事実上追放される形になったのだそうだ。


「令嬢を追放……?政略結婚に使えば良さそうに思いますが」

「ヤクザ様、貴族の奥方には社交が必須です。ダンスを踊れなくなったコーディは……その、貴族の方々としては……」

「ああ、なるほど」


 足が傷ついた程度のことで社交界での存在価値が失われるとは、まるで競走馬のようだ。そんなピント外れなことを思いながらも、オレはコーディリアが雇用形態に終身雇用、住み込み希望と記した理由を理解した。


 つまりこの女は優秀な事務職員であり、貴族令嬢と同じ能力を持ちつつも貴族のしがらみからは解放されている。


 一度見かけたはずのコーディリアがどのような印象の女だったのかは全く覚えていないが、それはおそらく人目を惹く美人でも、容姿が他者を不快にさせるような醜女でもないということだ。

 なら、ヤミ金であるオレの商会に受付として置いていてもそう違和感は無いだろう。


「わかりました。ではこのコーディリアと言う女性と直接話をさせていただけますか?」

「はい、わかりました!私、ヤクザ様ならきっとコーディを幸せにしてくれると信じてます!」


 受付嬢が何か的外れなことを言った気がしたが、このコーディリアという女をどのように利用するかを考えていたオレは、その言葉を軽く聞きながしていた。



 他の雇用希望者と違いコーディリアは商業ギルド内にいたので、その場で面接を行うことになった。

 オレとしては書類審査に問題が無かったので条件さえ折り合えば採用でも問題ないとは思っていたのだが、ギルド側としては被雇用者にも意思確認をさせる義務を負っているらしい。


 で、会議室のようなところでオレはコーディリアと顔を合わせている訳だが……。


 なんというか、オレの中の貴族令嬢というイメージと目の前の女の姿に大きな乖離がある。


 生憎と日本では貴族や華族との接点は無かったが、それでもメディアでなら諸外国の貴族や王族を目にしたことはある。

 そのイメージでは、高貴な女というのは華やかさと同時に独特のオーラを纏っている印象だったんだが……。


「初めまして。コーディリアと申します」

「ああ、初めまして。オレのことはヤクザと呼んでください」


 目の前に居る女は、取って付けたような愛想笑いを浮かべた、高貴さやオーラとは無縁の女だった。

 服装は受付嬢と同じギルドの制服だが、受付嬢と違って化粧っけも無い。


 顔立ちは確かに整ってはいるが、不格好な眼鏡を掛けているせいで貴族と言うよりも研究職と言われたほうがしっくりとくるような気もする。


 そして……入室時に突いていた杖を傍らに置いて放そうとしないところを見ると、本当に足が不自由なのだろう。


 そこまで考えて。オレは自分が誤っていた事に気が付いた。

 オレは今、無自覚のうちにコーディリアのことを女としての価値で評価していた。

 だがオレはこいつを自分の情婦にしたい訳ではない。

 ならあくまでも仕事上の片腕として利用できるかどうかという点でのみ、見極めを行うべきだ。


「身上書は拝見しました。当方としては貴女の能力はとても好ましいと考えています」

「そうおっしゃるという事は、能力以外に何か問題があるのでしょうか?」

「問題ではなく、確認したいことがいくつか」

「……雇用形態に関することでしょうか」


 ……どうやらこの女は頭の回転も速いらしい。

 オレの言葉尻から確認事項があることを推測し、それが雇用条件であることを見抜いてみせた。

 悪くない。そう思った。


「ええ。住み込みという事ですが、なにぶんオレの商会は出来たところでしてね」

「存じ上げております。覚えておられないかも知れませんが、私はヤクザ様が商会を手中に収められた場に立ち会っておりましたから」


 婉曲な言い方をしているが、要するにコーディリアはオレがウスラーを欺き、脅迫する形で商会を手に入れたことを承知していると言っている訳だ。


「……なるほど。では、オレの生業を知った上でも雇用を希望されますか?」

「はい。どの道、私には行き場がありません。商業ギルドでの行儀見習いは本来であれば2年前に契約期間が終了していましたし、そろそろ居づらくなっていたので」

「ではもう一つ。オレの商会には他に従業員はいませんし、オレも他に住まいを持っている訳ではない。ですから住み込みとなるとオレと同居になりますが、貴族家のご令嬢として問題があるのでは?」

「私の貴族籍は既にあって無いようなものですから。あの、私の方から一つ確認させていただいても?」

「ええ、もちろん構いませんよ」


 さて、この後は何を言ってくるのか。

 事業内容についてか?

 それともオレがウスラーを陥れたことを糾弾してくるつもりか?


「住み込みの条件として肉体関係を求められるのでしたら、別途愛人契約を結んでいただけると助かるのですが」

「……は?」

「ですから、業務命令であれば拒みはしませんが、その件につきましては商会員としての雇用契約外ですので、別途の契約を――」


 何を言っているんだ、こいつは。

 貴族の子女が自分から愛人契約を持ちかけてくる、だと?



 ――この時にコーディリアを切っておくべきだった。


 だが、灰鹿亭の事で少しセンチメンタルになっていたあの時のオレは、おかしな事を言うこの女のことが何故か気に入ってしまった。

 そして愛人契約については実績(・・)に応じて別途契約ということで、コーディリアと雇用契約を結ぶという大失態を演じることになった。

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