#1
「……」
「なにか喋ったらどうですか?」
「……なにか」
無表情でナメた事を言ったのは、差し向かいで食卓に着いている栗色の髪の女だ。
もしオレがDV気質なら、間違いなく女を殴り飛ばしていた所だろう。
だが女にとって幸運だったのは、オレはヤクザではあるが暴力的なDV男ではなかったということだ。
内心のイラつきを押さえながら、平静を装って言葉を続ける。
「愛想良くしろとは言いませんがね、少し打ち解けようとする努力をしてみたらどうです?」
「それは、業務命令でしょうか?」
「いえ、そう言う訳ではないですが……」
「なら、お気になさらず」
もしかすると、オレは人選を誤ったのかもしれない。
いくら利用価値があるとはいえ、こんな女と四六時中顔を合わせるハメになるとは……。
オレはこの女を自分の右腕として選んだという失策を、今さらながらに悔やみ始めていた。
この無愛想な女、コーディリアと知り合ったのは3日前の事だ。
……いや、正確に言えばこいつがオレの意識に止まったのは、さらにその1週間ほど前だったが……そんな事はどうでもいい。
クソッタレな出会いの切っ掛けは、オレの拠点になったグレイディア商会の屋号を登録した、あの日だったことだけは間違いない。
「――それで、ヤクザ様。以前から従業員の雇用をお考えとの事でしたよね?商会の登録が完了いたしましたので、当ギルドから人員を紹介させていただくことが可能ですが」
「それは助かります。ですが、紹介ですか?求人を出すのではなく?」
「はい。人足や倉庫番等は募集で探すことになりますが、商会内部の事務的なことを託す人材は商業ギルドの身元保証を求められる商会が多いですから」
ウスラーから奪い取った商会を自身の経営する「グレイディア商会」として登録を行った事で、オレは自動的に商業ギルドの会員に登録された。
そして会員サービスの一環として、商業ギルドの受付嬢は従業員の紹介制度があると告げた。
オレはてっきり雇用条件を示して人材募集を掛けるのだとばかり思っていた。
だが確かに彼女が言うように経理や事務を担当させる人間なら、能力の担保や信用保証があった方がいい。つまり紹介制度は理にかなっているということだ。
「わかりました。ではまず1名、オレの右腕として働いてくれる人間を紹介していただけませんかね」
「承知しました。では希望される人材の条件をこちらにご記入ください」
受付嬢が示した書類にはいくつもの項目が印されている。
読み書き計算の必要レベル。
身分指定や礼儀作法の要否。
特定組織や国家とのコネクションの有無。
護衛経験や戦闘能力の要否とレベル。
どうやら商業ギルドが紹介する人員というのは単なる事務員だけではなく、様々な分野の専門人材が紹介対象になっているようだ。
武器を振り回し、薬草を採取し、暴力的に借金の取り立てを行うことしかできない、肉体労働者しか登録されていない冒険者ギルドとは雲泥の差だ。
そんな事を思いながら、オレは希望する人材の能力を記してゆく。
初手から完全に希望に添う人間が見つかるとは思えないが、右腕になる人間を探すなら妥協するのはナシだ。
まずは高い条件を示し、該当する人間がいなければ条件を調整していくのがベターだろう。
そう考えたオレが採用したい人間の必須能力として挙げたのは、以下のものだ。
まず最高レベルの読み書き計算能力。
これは経理処理や契約書の作成に必須の技能で外すことはできない。
次に身分……これは正直迷ったが、先々のビジネスを考えると純然たる平民よりもある程度の身分を持つ者の方が公の場に馴染みやすいと考えた。
商家の出身か、無理筋だとは思いながらも貴族家の出身者を指定する。
そして最重要なのは実務経験の有無だ。
オレは従業員を一から教育する気はない。となれば実務経験年数は最低でも5年程度は欲しい。
その他にも細々とした条件を付記してゆく。
オレの商会での客対応を行わせることも視野に入れ、礼儀作法についても最低限のものを指定する。
コネクションについては余計なしがらみが付きまとうと面倒なので不問とし、戦闘力についても必要であれば冒険者ギルドから調達すれば良いと考え、不要とした。
その他にも年齢や容姿、そしていかにも異世界だと思える種族という項目があったが、その辺りはどうでも良いので指定せず、オレは記入した用紙を受付嬢に示した。
「これでお願いできますか?」
「はい、賜りました。少しお待ちいただければ対象者いましたら、身上書をご覧いただけますが」
「なら、待ちますよ。良い出会いがあることを願ってね」
オレが求めた人材がこのマーネイという国でどの程度の希少度なのかは判らないが、識字率の低さを考えると多数の候補者がいるとも思えない。
仮に候補者が多ければさらに適当な条件を付け、フィルタリングを行えばいいだろう。
そんな事を考えながら無意識にスーツの内ポケットに手を伸ばしたオレは、そこにあるべきものが無いことを思いだし、嘆息した。
……もうどれだけヤニを吸ってないだろうか。
オレは今のところこの異世界の事をそう嫌ってはいないが、唯一許せないのはタバコが存在しないということだ。
マードック商会の会頭に確認してもオレが望むタバコも、葉巻も取り扱っていないと言われてしまった。
オレはニコチン中毒ではないが、それでも何か代替品を見つけないと、折々に小さなストレスが溜まってしまう。
内心苛つきながら舌打ちしたオレに、折り悪くこちらに近づいてきた受付嬢が少し怯えた様子で声を掛けてきた。
「ヤ、ヤクザ様?お待たせして申し訳ございません。あの、身上書が……」
「ああ、申し訳ありません。少し嗜好品を切らしていましてね。……それで、見つかりましたか?」
「はい、ご指示のありました条件に合致する者が4名おりました。奥の部屋で確認いただけます」
なるほど、さすがに商業ギルドの受付で個人情報を開示するほど情報管理は緩くはないということか。
しかし条件に合うのが4人とは、思ったよりもこの国には有能な人間が多いのかもしれないな。
受付嬢に案内されたオレは別室で渡された身上書に目を通す。
男か3人に女が1人。男はオレと同年代の者、20代に差し掛かった若者、もう1人は……14歳だと?
候補者に統一性は皆無だが、候補が複数いるということは消去法で選ぶべきだろうか。
そう考えたオレはまず女の身上書に目をやった。
「子爵家の長女で22歳……?ふん、貴族令嬢ってやつか……」
基本情報を目にした瞬間にオレはこの女を候補から除外した。
オレは商売を任せられる右腕を探しているのであって、秘書や情婦を求めている訳じゃない。
オレが経営するのはあくまでもヤミ金だ。そんな掃きだめに貴族のお嬢さんは不釣り合いすぎるだろう。
3枚に減った身上書のうち、次に着目したのは14歳と書かれている人物のものだ。
こちらは実務経験が5年と記されているが、数字通りなら9歳から実務を行っているということになる。
いくらなんでもそれはあり得ないだろうと思いつつも、オレは念のため受付嬢に確認を行った。
「この実務経験の欄ですが。何をもって実務とされているんですかね?」
「自己申告ですので様々ですが……こちらのトビアス様であれは、ご実家が商家なのでそのお手伝いをされていたのではないかと」
「……なるほど」
子供の手伝いを実務としてカウントし、経験年数をかさ増ししている可能性がある、か。
簡単な荷運びや書類整理のような雑務であっても実務と呼べなくはない以上、経歴詐称と決めつけることは出来ないが……少なくともオレが求めているものではない。
「なら、候補はこの2人か……」
片方は商会で10年以上勤務経験がある元番頭。
もう1人はどうやら商家の跡取り息子のようだ。
経験値はともかく、能力的には両者にそう大きな違いはないように見える。
だが若い方が跡取りであるということは、おそらくどこかの商会で経験を積んだ後、実家へ戻って後を継ぐことになるだろう。
つまりオレが何かのスキームを生み出したとして、そのノウハウを他の商会へ流出させるリスクがあるということだ。
これが他の商会への引き抜きであれば、何がしかの理由を付けて転属を禁じることも出来るかもしれないが、実家へ戻ることを禁じるのは難しい。
なら、この若い方はナシだ。
「消去法で行けばこの男か……」
条件的には合致しているが、問題は条件が良すぎるということだ。
十分な能力と実務経験を持つ者が何故採用市場に流出しているのか、その理由は確認しておくべきだろう。
「この、クロウリーと言う男について何か情報はありますか?前職や、現在職を求めている理由などがわかると助かるんですが」
「クロウリー様ですか?たしか……ああ、ありました。以前お勤めだった商会の会長が亡くなられて、商会そのものが解散になってしまったと」
「解散?後継者がいなかったのですか?」
「元の商会が借金奴隷を主に扱う奴隷商だったようですが、奴隷の反乱で商会長が亡くなったとなっていますね。その際に資産を全て失ったと」
受付嬢は表情一つ変えずにそう言った。
その事でオレはいくつかの事を理解した。
まずこの世界では奴隷の売買が当たり前のように行われているであろうこと。
わざわざ借金という枕詞を付けるということは、他にも奴隷の種類があるのだろうということ。
そしてオレが先日潰したウスラー商会はまだ「まっとう」だった可能性があるということ。
なにせ奴の契約書は隅から隅まで精査したが、奴隷に落とすという条項はどこにも記されていなかったからだ。
もちろんオレは奴隷という存在に嫌悪感を抱くような正義漢でも人権屋でもない。
ヤクザのシノギでは借金で首の回らなくなった女を風俗へ落とすなんてことは日常茶飯事だ。
あれだって表現こそ違えど奴隷売買の一種であることは、否定しようのない事実だ。
しかし、受付嬢のもたらした追加情報を聞き、このクロウリーという男を採用する訳にはいかなくなった。
理由は簡単だ。
こいつの主は奴隷に恨みを買って殺されるような商売をしていた。
つまり番頭であるクロウリー本人はたまたま殺されなかっただけで、恨みを買っている可能性は十分に考えられる。
そんな人間を雇うのはみすみす火種を抱え込むことになる愚行でしかない。
……ということは、この4人は全員がオレの希望には合わないということか。
やはり人材捜しは難しい。
そう考えたオレは嘆息し……ふと、最初に除外した女の身上書のことを思い出した。
「そう言えば、まだこいつの情報は確認してなかったか……」
そう考えて手に取った身上書には、コーディリア・フォン・アルスマンという名前が記されていた。
――思えばこのとき、オレはこの身上書を手に取るべきではなかったのだろう。




