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#13

 オレの言葉にウスラーはまるで電気でも流されたかのようにびくりと反応する。

 奴は金貨10万枚という額で失念してたのかもしれないが、この損害賠償請求は「奴の犯罪を見逃す対価」を決めるための取り引きだ。


 つまり奴が金貨10万112枚を払えないというのであれば、オレは供述調書を添えてウスラーが灰鹿亭への放火を指示した共同正犯であると、しかるべき所へ訴え出ることが出来るのだということを遠回しに伝えた訳だ。


「放火は他の者にも危害を加える外道の所業ですからな。見せしめのために火炙りによる処刑が行われますぞ」

「そうなんですね。生きたまま焼かれるとは、さぞ苦しい死に方なんでしょうね」

「それはもう、地獄の苦しみでしょうな」


 オレと会頭がまるで人ごとのように放火犯の末路について話している間、ウスラーは滝のように冷や汗を流しながら黙って震えていた。

 そんな奴を視界の端に捉えながら、オレはふと気になったことを会頭に問うた。


「もし、仮に……ですが。領主や代官、役人に付け届けをすると減刑されることはありますかね?」

「まぁ、額にもよるが……慈悲が与えられる場合もあるかもしれませんな」

「では例えばですが、会頭がお持ちの財を全て投げ打って減刑を望めば、どの程度まで刑が減じられるものですか?」

「……ふむ、考えた事も無かったが……儂の持つ財であれば慈悲深い死を賜ることは出来ると思うが、追放刑まで減刑されることは難しいじゃろうな」

「なるほど」


 慈悲深い死というものがどういったものかは判らないが、口ぶりからすると生きたまま焼かれるのではなく、先に楽な方法でひと思いに殺されてから死体を焼かれる……とでも言う話だろうか。

 どちらにしても死ぬならあまり意味が無いようにも思えるが……。


 いや、それよりもオレが気なったのはカネを積めば額次第では死罪が追放にまで減じられる可能性があるということだ。つまりこの国では司法がカネによって罪の重さを変えるということか。


 そんな事を思いながら、オレはウスラーに視線を向けると、声を掛けた。


「そう言うことらしいのですが、どうされますかね?オレとしては、全てを失っても再起できる方がまだマシだと思いますが」

「……この、悪魔め……」


 ……ウスラーのその言葉に、オレは思わず眉をひそめた。

 そこは「このヤクザめ」と言うところだろう。


 だが、この世界にはヤクザという言葉は存在していないようだ。

 なら、この先オレはヤクザではなく悪魔と呼ばれるのか?


 そんなどうでも良いことを考えながら、オレはウスラーに契約神の契約書を差し出した。


「ではこちらの承諾書にサインを。なに、手持ちの現金や債権、店の経営権に土地の権利書、家財道具一式等で現物払いしていただきますが、足りない部分については……そう、分割払いで結構です。なに、分割手数料は安くしておきますよ」


 逃げ道を塞がれ、茫然自失といった様子で承諾書にサインをしたウスラーをその場に残し、オレはマードック会頭と共に部屋を出た。


「……ヤクザ殿、こういうことだったのですね」

「ええ。金貨500枚以上の価値はあったでしょう?」

「実に面白い御仁だ。ウスラー商会を引き継がれるということは、金融業を営まれるおつもりかな?」

「まぁそんな所ですね。追々事業拡大はしていこうと考えていますが」

「なるほど。ではその際は是非、当マードック商会にもお声がけを」


 さすが利にさとい商人だ。

 オレがこれから動かすであろうビジネスの大きさを感じ取ったのか、マードックは悪い笑みを浮かべて手を差し出してきた。


 この会頭には利用価値がある。そう、オレの感覚で言えば……フロント企業として使うのに最適だろう。

 そんな事を考えながら、オレはマードックの手を取り、堅く握手を交わした。



 結局、オレがウスラー商会の業務を全て掌握し、自分の手中に収めるまでには1週間の時間を要した。

 雑な管理をされた帳簿の解読や塩漬けになった債権の損切り、商業ギルドでの権利移転に関する手続き。

 おまけに新規で借り入れを希望する顧客への対応までこなす必要があるとは……。


 早々に人を雇う必要があると思いながらも一通りに準備を終えたオレは、1週間ぶりに灰鹿亭の女将が静養している宿へと赴いた。


 ウスラーと話を付けた当日に、人をやって借金がチャラになった話は伝えてあったが、オレの口からもちゃんと説明しておいた方が良いと思ったからだ。


 だが、オレが出向いたその安宿には女将も、主人も、息子もいなかった。


 宿の人間に聞いたところによると、火事の翌日に2人は壮絶な夫婦げんかをやらかしたらしく、主人の方はその日のうちに女将に宿から追い出されて行方をくらませたらしい。

 女将の方は火傷の治療があらかた済んだとかで、2日前に息子を連れ街を離れて故郷へ帰って行ったそうだ。

 話を聞かせてくれた宿の人間は、去り際にオレを呼び止めてこうも言った。


「あんた、ヤクザさんだろ?言伝を預かってるよ。見舞金、助かったって。故郷の村で人生やり直してみるってさ」

「……そうですか」


 オレはそれだけ告げると、安宿を後にした。


 まぁ、人生なんてそんなもんだ。

 どれだけ上手くいっていたとしても、何かの拍子に躓いて手にしていたものを全て失うこともある。


 ……特に、ヤクザに関わったりすれば。



 その後、オレは商業ギルドへ顔を出した。

 先日からオレの経営する商会の屋号を決めろとせっつかれていたことを思い出したからだ。


「いらっしゃいませ、ヤクザ様。屋号は決まりましたか?登録が完了しないと、商会として活動できませんよ」

「ええ、決めましたよ。グレイディア。グレイディア商会にします」

「……グレイ……ディア、ですね。はい、賜りました。あの、これはヤクザさんの家名ですか?」

「……まぁ、家のようなものの名前ですね」


 それが安いセンチメンタリズムだという事はオレも承知している。


 けど、何故かその時のオレは……商会の名として、他の名を付ける気にはなれなかった。

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これにて第一章は終了です。


第二章「輪転する欲望 — Revolving Desire」は章末まで執筆が終わり次第、連載を開始する予定ですので、ブックマーク、★評価、感想等で応援いただければ幸いです!


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