第16話【めんどくさい】
乙女はES-335を背負って歩いていた。
──これでいいのかを自問自答した。
よくよく思い出してみれば、DAYBREAKのメンバー4人が集まることができたのはたった1回。その1回目で、自分は逃げ出してしまったのだ。金糸雀にドキドキしただけで。
そしてそんな自分のことを、金糸雀は放っておけないと言った。周りの人を放ってまで。
ザハラ日花との関係にも亀裂をいれたまま。金糸雀が誘った寄辺数も、詳しいことを知らないと思う。
こんな状況で、バンドなんて。
そのバンドを破壊する元凶ともいえる自分がそこにいていいのかと。乙女は自問自答というより、自分を責め立てながら、待ち合わせの場所に向かっていた。
「──」
──そのせいで、前を見ていなかった。
「──ちょっと君!信号赤だよ!!」
「──!!」
──後ろから誰かにギターケースを引っ張られ、今まさに赤信号の横断歩道に突き進もうとしていた乙女は、後ろにぶっ倒れた。
「いっ……た……」
「そのまま進んでたら痛いじゃすまなかったと思うよ。……って……あ、暁乃?」
「え?……あ」
乙女を後ろから掴んで引き倒した人物は、バンドメンバーの寄辺数だった。ヴァイオリンケースを持っている。
数は困った顔をして少し考えてから、手を差し出した。
「……大丈夫?」
「え……ええ……」
乙女はその手を取り、立ち上がる。
「前見て歩きなよ」
「すみませ……ありがとうございます。えっと、寄辺先輩」
「礼はいいよ。目の前で死なれちゃ、私もどうしたらいいか分かんないから」
数は青になった信号機を見て横断歩道を渡る。乙女もそれに続いた。
「……」
ふたりはしばらく無言のまま歩いた。そして、数が先に口を開いた。
「暁乃さ、前、走って帰っちゃったじゃん」
「えっ、あぁ……そうでしたね……」
「あんまり人と何かするの好きじゃない感じ?」
「えっと……まぁ、そうともいえるかもしれませんね」
「一応聞いてみるけど、このバンド、花葉に無理矢理やらされてるわけじゃないよね?」
「え、いえ、そんなことは……」
「あ、そうなんだ」
「ええ、まあ。……なんでそんなことを?」
「なんか、花葉に怯えてるみたいだったから」
「怯えているわけでもないのですが……なんと言ったらいいか……。でも、金糸雀とバンドはやりたいと思ってます。あの日のことは金糸雀に謝って、少し話して……もう一度誘って貰いました」
「……そっか」
「……えっと……遅くなりましたが寄辺先輩にも謝ります。ごめんなさい、あの日は迷惑をおかけしました」
「あぁ、いいよ別に。私はそんな気にしてないし。……まぁあの時は感じ悪って思ったけど、よくよく考えてみたら、さっき暁乃に聞いた疑問が出てきたって感じだし。怒ってない」
「そうですか……」
「だから気にしないでって。……ほら、そろそろ待ち合わせ場所だし。今回こそは、逃げずにしっかりやりなよ」
「は、はい!」
乙女は返事をすると同時に、数を勝手に敵視していたことを心の中で謝った。
待ち合わせ場所の公園にたどり着くと、そこには既に金糸雀がスタンバイしていた。
「来ましたわね、乙女!それに寄辺先輩も」
金糸雀はクラシカルなワンピース姿で、笑顔を作って手を振った。
金糸雀に見惚れて言葉が出てこない乙女を他所に、数は肩の力を抜いていた。
「やる気は十分、ってかんじだね。ドラムの……ザハラは?」
「日花は……」
金糸雀の顔から力が抜けた。作っていた笑顔が崩れ、瞼と頬が落ちる。
「……誘っていませんわ」
「なんかこう……なに、めんどくさいね君たち」
「めっ、めんどくさい!?」
暗い顔をしていた金糸雀は数の言葉でなんとも言えない間抜けな表情になった。
「めんどくさいでしょ……先週暁乃が逃げたと思ったら今度はザハラが来ないというか誘ってないってなに」
「いえそれはその……日花が乙女を認めないと言うので……」
「暁乃そんな下手だった?」
「いえ、先週のことが多分……」
「なにあれで怒ってんの?1回くらい許してあげなよまったくもう……」
数は困ったように頭に手を当てた。
「すみません……」
「なんで花葉が謝ってんの。……まあ……仕方ないか。なんかこう、苦手な人っているし、私も強くは言わないでおく」
数はケースを置き、ヴァイオリンを取り出した。
「いないものはどうしようもないし、今日は3人でやろう。で、来週ちゃんと仲直りすること。仲直りがどうしても無理だったら、その時はメンバー集めするしかないね」
「……そうですわね。ありがとうございます、寄辺先輩」
金糸雀もまた、Bacchusのジャズベースをケースから取り出す。
「……」
乙女はなんとも言えない気持ちのまま、2人に続いて楽器の準備に取り掛かった。
ケースからES-335を取り出し、そして気付く。
「そういえばアンプ……」
以前の練習で乙女が使っていた携帯アンプは、乙女がその場に忘れていってしまっていた。
「金糸雀、私が以前使っていた携帯アンプなのだけれど」
「日花が持って行ってしまいましたわ……」
「え……」
詰んだ。
──と、そう思っていたその時。
「──はい」
「……!!」
声がしたと思って乙女が振り向くと、そこには携帯アンプを乙女に差し出すザハラ日花がいた。
……To be continued




