第12話【私でいいなら】
乙女は金糸雀とふたりで、夜の東京を歩いていた。
乙女は何を話せばいいのか分からず、金糸雀もまた無言のまま。同じ歩幅で、ただ、どこに向かっているのかも知らないままに歩く。
過ぎ去っていく人通りが少しずつ少なくなっていく。
乙女はほんの少しの心細さから、少しだけ金糸雀との距離を詰める。
「……」
口を開き、声を出そうとしても、言葉は空っぽのままで、透明な音さえ喉で詰まる。
なんで一緒にいたいなんて口走ってしまったのだろうという後悔も半分ある。ただ、 金糸雀の隣にいたいというのも本心。
自分は金糸雀の事が好きなのだろうか。
これは恋なのだろうか。
今、ただ静かに歩いているだけのように見える暁乃乙女だが、その脳内では、感じたことの無い想いに翻弄されている。
自分のことでさえ良く分からなくなっているのに、大変おこがましくも「金糸雀は私のことをどう思っているのだろう」だなどとも思ってしまっている。
息を吸って吐く。
体が熱いために冷や汗に近い汗が出て、外気温との相性が良くない。体が勝手に熱くなって、そのくせ無駄に体を冷やそうとしてくるために寒気がしてくる。
「ふぅ…」
「はぁ…」
金糸雀はほっと一息、みたいな息を吐いたが、乙女はため息のように息を吐いた。
「…乙女」
「…なに」
気付けば、静かな街灯が並ぶ公園に立っていた。
聳え立つ時計は10時少し前を指している。
周りには誰もいない。いたとしても、乙女には気付けない。目の前にいる存在が、他の全てを掻き消してしまうくらい明るいのだから。
「ごめんなさい。こんな時間なのに、付き合わせてしまって。門限とか…」
「…いいわよ。…どうせ、私が家に帰らなかったところで、心配する人なんていないし」
「…そうなんですの…?」
「ええ。…だから、その……。べつにいいわよ。どれだけでも」
会話が途切れる。
空気の揺れは、遠くから聞こえてくるロードノイズと、ふたりの呼吸音だけ。
間をおいて、金糸雀の服が擦れる音がして、横に並ぶ二人の距離が少し縮まっていた。
金色が、乙女の視界に入る。
「…なんか……乙女といると、不思議な気持ちになりますの」
「っぇ…!?」
「……少し、緊張してしまいますわね」
「……まったくそんな風には見えないのだけど」
「…それは、悟られないよう抑えているからですわ。…本人に言うのも恥ずかしいのですが。…私、今、心臓が高鳴っていますの」
「……」
それはこちらも同じ。いや、こっちの心臓のほうがよっぽど激しく唸っている。
目を合わせられず、乙女はそっぽを向いて口を開く。
「…か…金糸雀」
「はい?」
相変わらず可愛らしい返事。
「……私……」
乙女はとりあえず勢いで話を始めてしまったが、何をどう話すかを決めていなかった。
いや、意識はしていなかったのだが、自分を苦しめているこの想いについて話してしまえればいくらか楽になるのではとも一瞬思っていた。だがしかし、こんな話をしたところで、それはもはや愛の告白と変わらない。気持ち悪がられてそこで関係が途切れようものなら友人関係、バンドはおろか、学校生活すら終焉を迎えてしまうであろう。
夜のテンションに身を任せてみる選択肢は無い。
今自分が求めているのは、金糸雀の隣にいる権利———。
「——金糸雀のそばにいたいの」
「———」
——金糸雀はそっと乙女の手を触った。
「…!?」
言葉はなく、ただ、手だけが触れていた。
この、手に伝わってくる温度が何を意味しているのかは、理解しようとすると思考回路がオーバーヒートしそうで、頭は考えることを放棄しようとし始める。
「……私の寂しさを、貴女は埋めてくれますか?」
「………寂しいの?」
「ええ。…すこし疲れましたわ」
「……」
なにがどうとか、正直何もわかっていない。
だが、自分のことよりは、今何を応えればいいかのほうが、単純な答えなような気がした。
乙女は、金糸雀の手を握る。
「…!」
「…私でいいなら」
…To be continued




