第11話【今は】
金糸雀のことを考えると胸が苦しくなる。
金糸雀の顔を見るだけで顔が熱くなる。
金糸雀のそばにいるだけで、鼓動は激しくなる。
今、このライブハウスにて、答えを突きつけられたように思う。
───好き……なの……?
──いや。いやいやいや……。
瞬きを繰り返して、リズムに乗るふりをして顔を振って、コール&レスポンスに紛れて声を出すことで気を紛らわせようとする。
──ありえ……ないでしょ…。
◇◇◇
Blueloseのアクトが終わった後、乙女はまともに金糸雀と目を合わせられず、逃げるようにトイレに籠った。
「…確かに花葉さんは…優しいし…綺麗だし…可愛いし…でも、ありえないでしょ……女の子よ…?恋愛感情とか……ないないないない…無いわ……絶対違うわよ……」
──この世界のシステム的におかしい。
男女の友情がありえないように。女同士の恋愛もまたありえない。恋愛感情を示す言葉が『異性として意識』であるならば、金糸雀への想いを表す言葉は存在しえないはずなのだ。
……なのだが。
「じゃあ私を苦しめるこの煩わしい気持ちはなんなのよ……」
乙女は頭を抱えた。
Blueloseが繰り出したラヴソングにより与えられたヒントからは、『恋』以外の答えを導き出せない。
「…どうしよう……」
時間が過ぎていく。それにより金糸雀に奢ってもらったチケット代を無駄にするのも嫌という思いを優先し、こんがらがった頭はそのままに、乙女はホールへと戻った。
「——乙女」
乙女が戻ると、金糸雀が駆け寄ってきた。
「なかなか戻ってこないので少し心配しましたわ」
「だ…大丈夫。…別に心配とかは…いらないわ」
「……頼ってくれてもいいんですのよ」
「い、いらないから…」
優しくしてくれたのに少し冷たい態度をとってしまったとも思ったが、金糸雀は気にせず乙女の隣に陣取ってきた。
正直逃げ出したくもあるが、彼女の隣という場所に居心地の良さを感じる気がするのも事実で、乙女は動くに動けなかった。
◇◇◇
乙女と金糸雀が次のバンドの演奏を大人しく聞いている間、フロアは人の数を少しづつ増やしてきていた。
「人が増えてきましたわね」
「そうね」
「…髪、纏めましょうか」
「っ……え…えぇ…」
耳元で囁かれた金糸雀の言葉にドキッとしながら、乙女は震えて返事をした。
「ふふっ……。……可愛いひと」
「……!?」
金糸雀が笑ったと思った後、一瞬、そんな幻聴が聞こえた。
…幻聴だと思う。
金糸雀はご機嫌な様子で乙女の髪に手を伸ばす。乙女の「顔が熱いのが伝わったらどうしよう」という悩みなど、気にもとめずに。
◇◇◇
その後も時が経つにつれて人は増えていき、ラスト、LEVORGERのアクトが始まるころには、フロアは人でいっぱいになっていた。
人が多いということはつまり、人と人との間隔も近くなるわけで、乙女は肩が触れそうなくらい近くに金糸雀がいるという状況が生む心臓と感情の暴走に耐えるのに必死だった。
バクバクと弾けるような心臓の音が、隣の彼女に届いていませんようにと祈りながら、ステージで輝く四人を眺め、その音にも耳を傾ける。
終わってしまう一日を、もう少し長く続けたいと思う気持ちを歌う一曲が、今このフロアで人を乗せている。
金糸雀のことを意識してしまうのは仕方がないとして、今は音楽も同時進行で楽しむことにする。
LEVORGER、いいバンドだな…。
◇◇◇
ライブ終わりの余韻に浸りながら、暗くなった地上に出る。
雨は止んでいた。
金糸雀は優しい笑顔で乙女の顔を覗き込んできた。
「楽しめました?」
「ええ。とても」
「なら、良かったですわ。……あと、乙女、敬語が無くなりましたわよね」
「えっ?…あ、ごめんなさい。私、多分突き放すつもりでいたから…」
「いいえ、タメ口で構いませんわ。その方が距離が近くて嬉しいですもの。それと、ひとつお願い。私のことは『金糸雀』と、名前で呼んでくださらないかしら」
「えっ……かっ……金糸雀…」
「ええ。よろしい」
暗い夜の街の中で、金糸雀の笑顔は黄金に輝いて見えた。
「…っと、いつまでもここにいると邪魔になりますわね」
まだライブハウスから人が出てくる中で突っ立っているのも迷惑なので、2人はここから歩き出す。
「…乙女」
──そして、今の今まで明るく話していた金糸雀が、自信なさげな声を出して乙女の名前を呼んだ。
「な…なに?……金糸雀」
「……これから、どうしますの?」
「どうって……」
もう夜。高校生の女の子が外を彷徨いていい時間ではないと思うが、金糸雀の表情はなんとも言えない色気があって、背筋の内側がゾクリとする程に危うくて、彼女に飲み込まれそうになる。
「…乙女」
──なに、これ。
「──私、貴女ともう少し一緒にいたいんですの」
身長は少しだけ金糸雀が上。けれど、上目遣いで放たれた魔性の一声に、乙女は、考えることを放棄し、彼女を受け入れることしかできなくなった。
「……私…も。もう少し…金糸雀といたい」
……To be continued




