第10話【恋煩い】
「…貴女は…笑顔でいるのが一番よ。……そして……。…………ごめんなさい。…私じゃ、貴女を笑わせることはできないと思う」
そう言ったのち、乙女は真っ黒な瞳を隠すように瞼を閉じた。
「…嫌ですわ…」
「……」
——金糸雀は、見たくないものを見るような目で乙女を見ていた。
けれど、見続けた。
目をそらさずに。
だからこそ、乙女は折れて腹を割って話そうかと思えたのかもしれない。
「……月曜日、貴女が学校に来なかったのは私のせい?」
「…貴女が原因というわけでは…。単に体調が優れなかっただけですわ」
「……そう。てっきり私が傷つけてしまったからかと思っていたわ。…でも……その、謝るわ。あの時は逃げてごめんなさい」
「そんな…。私は全然…。私のほうこそ、あの時のことを謝りたかったんですの」
「いいわよ。私が…おかしいだけだから」
「…それはどういう?」
「……私も分からないのよ。自分のことなのにね」
——そう、乙女が言葉を零したのを見計らったように、フロアの照明が消えステージが明るみに。
人は少ないながら、最初のアクトが始まる。
演奏は正直イマイチ。泥臭さは評価したい一方、乗り方の分からない単調な音と、演者のビジュアルも微妙。ボーカルの音域と曲がマッチしておらず、下手な高音が効いているだけで苦しそう。ギターはフレットが一つずれてると感じることが多い。鉄の軋む音は心地良いが、あまりにも多いと単にミスしているだけのようにも感じる。MCはぼそぼそと聞き取りにくいしで、良くも悪くも、『売れないインディーズ』という評価をせざるを得なかった。
「…どうでした?乙女」
「どうもなにも…」
感想を求められても困る。
「インディーズらしくて、よかったですわよね」
「それは誹謗中傷よね」
お嬢様の冗談に静かに突っ込み、乙女は自分の髪を触る。
「…えっと、何の話だったかしら」
「えっと…お互いに謝罪をしましたわね。これでチャラで、いいですわよね?」
「……そう、ね。じゃあ、それで」
「…ええ。私、気が少し楽になりましたわ。今のバンドのおかげかしら」
「さあ。どうだか」
乙女はすこし喉が渇いてきたので、ドリンクカウンターへと向かう。
「私もご一緒させてください」
「え、ええ」
たしかに、先のバンドの音楽が少し効いていたのかもしれない。後ろめたさや、どこか荒んだような心はどこかへ消えていた。
ただ、残っているのは、金糸雀が近くにいると認識した時に心臓が跳ねる謎の症状。
2人してウーロン茶を片手にフロア端のテーブルの横に陣取る。
「次はBlueloseでしたわね」
「ええ。…どんなバンドかは知らないけど」
「あら、そうなんですの?何か目当てがあったのではなくて?」
「…ただライブインフォにつられて来ちゃったのよ。お金もないのに」
「乙女って意外とポンコツですのね」
「…逃げたかっただけなのよ。その避難所としてなんとなく選んだのがここだっただけ」
「そうですの…。でも、ここで出会えたのはもう運命ですわね」
「運命…ね…」
「ええ。…それで私、今日はLEVORGERが目当てだったのですが、Blueloseも目当ての一つですわ。…ジャンルはラブソング中心の青春パンク。素敵なバンドですわよ」
優しい顔で語る金糸雀に見惚れそうになるのをウーロン茶を飲むことでごまかしつつ、転換の時間を待つ。
メンバーがステージ上で楽器の調整をするのを眺めていれば、すぐに時間が来る。
——ロックバンド『Bluelose』。メンバーは男子3人、女子2人の男女混合バンド。
ステージ中央はギターボーカルの女の子。上手にギター。下手にベース。奥にドラム。ドラムの下手側にキーボード。
「——ドラムス柊夜!」
中央のボーカルの少女によって視線を誘導された先で繰り出されるドラムソロ。圧よりも技。軽快なリズムで乗りやすい。
上手でベースの少年がマイクに向かう。
「こんばんはBlueloseです。今日は大先輩のLEVORGERさんと共演できてうれしいです!下北、雨の空もぶち破っていくぞ!!」
続けて下手、茶髪の少年が激しくギターを鳴らす。
ベースボーカルの少年の青臭くも爽やかな歌が眩しい。
そして、隣にいる金糸雀も。
キラキラと瞳を輝かせてステージを見つめている金糸雀が綺麗で、思わず目が釘付けになりそうになる。
顔が熱いのをごまかすように金糸雀からステージに目を逸らす。
一昔前のボカロっぽい雰囲気のギターロックに照らされながら、改めて自分があのステージに立ち、金糸雀の隣でギターを弾く姿を想像してみる。
…。
──ボーカル2人がチラリと目を合わせ、大きく体を前後に振って爆発するようにアウトロへ。
…正直…アリだ。
──なんて、関係ないようであることを考えているうちに、2曲目へ。
「──新曲…『恋煩い』という曲です」
ボーカルの女の子は曲名を告げると後ろを向き、メンバーと顔を合わせ、首の動きでカウントを始める。
ジャキジャキしたテレキャスターの音が、空気を伝って服を、髪を、肌を揺らす。
「——」
先ほどとは変わり、真ん中のギターボーカルの女の子がメインでボーカルを務める。
彼女の柔らかくも高く透き通る声で放たれた歌詞はといえば―――。
「——」
―――。
——誰にも素直になれなかった、一人の少女の心情。
ふとした時に意識し始め、近くにいるのも離れるのも苦しい、矛盾し始める想いの正体を恋だと気付きはじめてもそれを認められずにただ時間が過ぎていく。その間も煩わしい心の暴走に振り回される。そんな歌。
——あれ…。
乙女は隣の金髪のお嬢様をちらりと見た。
体が奥から熱くなるのを感じる。
———やばいかも。
…To be continued




