143 夢を描く④
カッ
「え、何? これ・・・・」
魔法陣が美憂の足元を照らす。
「おにい!」
はっと顔を上げて、美憂が魔法陣から出ようとした。
でも、魔法はもう完成している。
ロストグリモワールを開いたまま美憂に近づく。
「おにい! どうゆうこと!? なんで、魔法陣はおにいのところ無いの!?」
「俺は・・・もう少しここにいてから追いかけるよ。美憂、向こうに行ったらリリスに伝えておいてくれ。心配すると思うけど、とりあえずなんとかするからって」
「なんとかって・・・」
「心配するなよ」
不安そうな美憂に笑いかける。
策は無いんだけどな。
"成れ果て"を浄化する力なんか、魔神が持っているはずがない。
「逃がさない!」
母さんが手を翳して、棘の生えた蔦を槍のようにする。
ザッ
まっすぐに美憂に向かうと、父さんが剣で斬った。
「カイト! 早く閉じろ!」
「じゃあな、美憂」
「嫌・・・・おにいも!」
パタン
ロストグリモワールを閉じた。
魔法陣が光を放ち、崩れかけた部屋から美憂が消えていった。
「っ・・・みんな、みんなそうやって私を追い詰める!」
母さんが金切り声を上げて、自分の髪を掴む。
キィアアアアアア
「美憂は大切な私の子供、子供? 子供だったのに、ひどいひどいひどいひどい!」
混乱状態になって作り物の世界にどんどん穴が空いていく。
少しの隙ができて、父さんが軽く飛んで近づいてきた。
「言っておくけど、母さんはこうゆう人間じゃないからな。"成れ果て"になったから仕方ないんだ」
「わかってるって。父さん、美憂を逃がせたことは礼を言うよ」
「・・・・・・」
「父さんは作られた者じゃないんだろ?」
「お前から見て、どう見える?」
「まぎれもなく、俺の父親、如月タツキだ。ずっと恨んでたんだけどな、それも父さんが仕組んだのか」
息をつく。
「それに、死者の国から魂を持ってくるとは・・・『黄金の薔薇団』は禁忌だらけだな。神から粛清されるぞ」
呆れながら言うと、父さんがちらっとこちらを見た。
「お前が魔神サマエルだから、俺の魂がわかるのか?」
「人間の如月カイトだからわかるんだって」
「はは・・・そうか」
父さんが噴き出した。
心から笑った顔を、生まれて初めて見たような気がした。
「悪いが、お前を出す方法は知らない。俺はここで魔法を使えないからな」
「初めから期待してないから、謝らなくていいよ」
ひらひら手を振った。
「でも、サクラは俺が止める。お前なら、時間さえあればここから出る手段を見つけられるだろ? 頭だけはいいもんな」
「親バカすぎだ」
ロストグリモワールを持ち直す。
「母さんはどうにか止めるよ。父さんは母さんをよろしく」
「カイト!」
地面を蹴って母さんのほうへ駆け出した。
「うるさい!!!!」
蔦が鞭のように飛んでくる。
父さんが素早く斬った。
「サクラ、正気に戻れ。あいつはお前の大好きなカイトじゃないか」
「あっち行って! たっちゃんじゃない! たっちゃんの偽物が! サマエルも、ユウミも、お母さんの子じゃない! 私の子じゃない!!」
優しかった母親が、髪を振り乱して叫ぶ。
美憂がここに居なくてよかったな。
美憂は優しすぎるから。
一歩ずつ歩き出す。
「カイト!」
父さんの声を無視して、母さんに近づいた。
ザッ
「っ・・・・」
母さんが放った蔦を素手で止める。
「邪魔なのよ! 魔法少女戦争さえなければ!!!」
「俺は母さんの子供でよかったよ。美憂と会わせてくれてありがとう」
「・・・・・・・?」
ドクン
心臓が何かに掴まれるような感覚になった。
視界が突然真っ暗になる。
遠くのほうから、声が聞こえてきた。
頭の中に映像が流れてくる。
― たっちゃん! 赤ちゃんができたの!
無事に生まれてくれるかな
謝らないで
私、たっちゃんの前で"成れ果て"になりたくないもん
今、お腹を蹴った
もしかして私たちの会話聞こえるのかな?
サマエル? ロストグリモワール?
この子は
魔神だったらびっくりだね
ううん この子の名前は
可愛い 天才的に可愛いよ たっちゃん
うちの子可愛い!!
たっちゃんにそっくりだね
お母さんにも似てる? ふふ、そうかな?
ありがとう 生まれてきてくれて ありがとうね
カイト? カイト・・・カイトね。 ほら、笑ったよ!
違う、笑ったもん、ね 反射じゃない!
どうしてカイトって名前にしたの?
海 と ? 海 たっちゃんと出会ったのが海だから?
ふふ、たっちゃんらしいね
じゃあ、海って漢字を付ければ・・・
えっ、たっちゃんずるい。自分がタツキだからカタカナにしたかった?
カイトの妹は私が名前を付けるもん
泣いてないよ たっちゃん、悲しそうな顔しないで
大丈夫だよ
この子が人間でも魔神でもいい
私たちの子であることは変わりないんだから
もし、 もしね もし 生まれ変わったら また私たちの子になってくれる?
今度は
こんなに早く逝ったりしないから
笑いの絶えない家庭を築こうね
そう、妹の美憂
たっちゃん もう少しだけ、家に居たいの
カイトと美憂と居たい
お兄ちゃん、美憂を守ってね
美憂はまだ私とお父さんのこと、覚えていられないから
たっちゃん、2人の記憶を書き換えて
そう、寂しくないように
これ以上悲しい思いをさせないように
魔法少女戦争に、関わらせたくないから
お兄ちゃん、美憂を魔法少女にさせないようにね ―
走馬灯のように、母さんから見た自分の姿を見えていた。
たくさんの言葉、手の温もり、優しい眼差し。
失われていた記憶が鮮明になっていった。
「母さん・・・・?」
目を開けるとあたりは真っ暗になっていた。
父さんと母さんの姿は見えない。
「そっか、父さんと母さんにこんな過去があったのか。うらやましいよ」
闇の中に2人の気配を感じた。
"成れ果て"の渦の中に巻き込まれたのか。
今、自分が死んでいるのかも生きているのかもわからなかった。
"成れ果て"の最終地点か・・・。
この闇に、人の魂は発狂するんだろうな。
「父さん、母さん・・・俺の声が聞こえるか?」
声をかけたが何も返ってこない。
「俺を人間として接してくれてありがとう。俺は人間だよ。父さんと母さんから生まれたから、人間の如月カイトだ。あと、美憂を妹にしてくれてありがとう」
闇の中に言う。
「魔神サマエルじゃなくて、俺は・・・」
カッ
パアッ
突然、闇を切り裂くような光が差し込んだ。
眩しくて、思わず目を逸らす。
純白の羽根がふわりと舞っていた。
圧倒的な聖なる力・・・。
「ミハイル・・・・?」
『兄さん』
ミハイルが剣を鞘に納める。
黒い薔薇を全て浄化して、こちらを向いていた。
どこまでも続く草原に、黒い薔薇が通ったような土の道ができている。
「どうしてお前がここに・・・?」
『ま、あの姿は仮の姿だし、セフィロトの神として戻ったよ。それにしても、魔界の王となるサマエルが"成れ果て"に飲み込まれるなんて、前代未聞の珍事だ。クリフォトの魔神としての自覚がなさすぎる』
呆れた目でこちらを見下ろす。
『僕がいなかったらどうするつもりだったんだ。人間ごっこばかりしてるからこうなるんだよ』
吐き捨てるように言った。
「ミハイルが俺を助けたのか?」
『そうだよ。僕もこう見えて兄さんのことは尊敬してるし、兄さんの役に立ちたいと思ってるんだけど・・・』
銀色の剣を白い羽根に変える。
ミハイルの視線の先を見つめると、リリスの後ろに美憂が見えた。
『そんなに人間がいいものなのか? 随分、妹は大切にするんだな』
「まぁな。ミハイルには一生わからないだろう」
『ふうん』
ミハイルが面白くなさそうな顔をした。
「でも、今回はありがとう。助かったよ」
『言っておくけど、今回はただの義務だ。兄さんが魔法少女の"成れ果て"に呑まれると、聖と魔のバランスが取れなくなるからね。別に、今後魔法少女戦争で兄さんの協力するつもりは無いよ』
ツンとして、背を向ける。
『次会ったら敵だ』
「はいはい」
『おちょくるなよ。俺は本気で・・・! って、もういいや。とにかく、『ロンギヌスの槍』は渡さないからな』
ミハイルが大きなため息をついて、純白の翼を広げる。
地面を蹴って、勢いよく飛んでいった。
「・・・・・・」
手に握られていた、ロストグリモワールを消す。
ミハイルがいなくなると、リリスと美憂が俺の名前を呼んで、転げるように走ってきた。




