142 夢を描く③
部屋の時計を見つめる。
この作り物の世界に来てから、1週間が経とうとしていた。
美憂は何もなかったように、日常を過ごしている。
父さんは、なんとなく俺を避けているように感じた。
ここでの時間が向こうでのどのくらいの時間になるのか、わからない。
電車で学校に行き、帰ってくる、普通の高校生活を送っていた。
帰るルートを変えたり、物理的に出口らしきものが無いか探していたが、何も違和感はない。
元からこの世界にいたのではないかと錯覚しそうになる。
ロストグリモワールも、家のどこを探しても無かった。
唯一、おかしいと感じるのは今テストをしているゲームだけだ。
テスト仕様書を更新しても、次の日にはまっさらになっている。
葛城さんに連絡しても、返信は無かった。
既読すらつかない。
ゲームの中には、アイリスが残したループのようなものがある。
俺に何かを伝えようとしているようにも思えた。
ゲームの中の少女に話しかけると、同じ質問をされる。
『貴方は、人間ですか? 魔神ですか?』
テスト仕様書には、"魔神"と答えるように書かれている。
ゲームではなぜか、"人間"を選択できないようになっている。
"魔神"と答えるルートしかなかった。
パソコンを消して、階段を下りていく。
「母さん」
「ん?」
リビングのソファーで本を読んでいる母さんに声をかける。
本に指を挟んで、こちらを振り返る。
時計は17時を指している。
美憂は父さんと夕食の買い出しに出かけていた。
この日常に穴を空けるなら、今しかない。
「母さんは魔法って信じる?」
「ふふ、信じるかな」
「・・・・・・・」
「信じないって言うと思った?」
母さんが笑いかけてくる。
「母さんは、昔、魔法少女だったの」
本を置いた。
「・・・どうして魔法少女になったの?」
「憧れてたかな? 魔法少女になって、人助けをすることを夢見たの。私は元々体が弱かったし、迷惑かけてばかりだったから、誰かの役に立ちたいと思った」
「へぇ・・・願いは・・・叶ったの?」
無意識に警戒しながら、言葉を選んでいた。
今の状況を打破するには、この方法しかない。
「少しは叶ったかな? でも、魔法少女戦争があったんだよね」
母さんの瞳から光が消える。
「・・・そう・・・魔法少女戦争があった・・・。貴方がよく知ってる魔法少女戦争のことよ」
突然、立ち上がって指を動かす。
「!?」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ
突然、部屋の風景が歪んだ。
床から蔦が現れて、俺の体を縛り上げる。
「あーあ、思い出しちゃった、全部、全部!」
肩を震わせて笑っていた。
「母さん・・・・?」
「母さんにこんなこと思い出させなければ、ずっとずっとこの世界で幸せに暮らすことができたのにね!」
「っ・・・・・」
母さんの服は、真っ黒なローブに変わり、手には腐りかけた木の杖が握られている。
「美憂はそれを望んだ。でも、お兄ちゃんは違うのね」
「母さん、妹を・・・美憂を返してくれ」
「返す? なんで返さなきゃいけないの?」
身動きが取れない。
自分の魔力が揺らいで、頭がぼうっとする。
「俺はいいから・・・美憂を・・・」
「ねぇ、母さんがどうしてすぐに"成れ果て"にならなかったか知ってる?」
暗い瞳をこちらに向ける。
「ソロモン王と契約したの。クリフォトの樹の魔神サマエルと、聖杯に選ばれた少女をお腹に宿す代わりに、美憂が生まれて5年間は家族として過ごす時間をもらった」
バタン
「おにい! お母さん!?」
「!!」
父さんと美憂が勢いよくドアを開けて、買い物袋を落とした。
「お母さん、急に・・どうしたの」
「サクラ・・・・」
父さんが一歩前に出て、母さんと美憂の間に入った。
「動かないで!」
母さんが、父さんと美憂のほうを見ずに、叫ぶ。
家のリビングは、パズルが崩れるように、少しずつ消えていた。
「たっちゃん、私に付き合ってくれたんだ。そう、本当は死んでたもんね。私が”成れ果て”になるところ見たくなくて、先に死んだのよね?」
母さんが目を細める。
「如月タツキ・・・作り物? それとも魂が入ってるの?」
「・・・・・・」
「答えられない? じゃあ、やっぱり作り物だったのね。たっちゃんはね、私のこと無視したりしないんだ。そっか、"成れ果て"になった私はどうでもいいよね」
冷めたような口調で、父さんから視線を逸らす。
「お母さん!」
「来るな!!」
「っ・・・・」
ふらふらしながら、近づいて来ようとした美憂に声を上げる。
美憂がびくっとして立ち止まった。
「本当はね、カイト。貴方が生まれたときから、ずっと、ずっと憎かった。憎しみを溜めてきたの。この子がいなければ、魔法少女戦争なんて、始まらなかったのに。魔神なのに、人間のふりをして、無力で、殺せばよかった・・・」
「そんなこと言わないで! お兄ちゃんに・・・」
「美憂、貴女が聖杯に選ばれなければ、魔法少女戦争は始まらなかったんでしょ?」
「え・・・・」
「全部全部、貴方たちのせい」
美憂の顔がみるみる青ざめていく。
まずい。美憂も"成れ果て"に引き込もうとしているのか?
「美憂、聞くな!」
「産まなければよかった・・・憎い、憎い、2人が憎い」
ぶつぶつ言う。
「あははははははは、選ばれた子供たちが、こんなに無力だったなんてね! 魔法少女戦争で、どれだけの少女たちが苦しんできたかわかってるの!?」
狂ったように叫ぶ。
蔦はもがくほど肉体に食い込むように強くなった。
「死んで死んで死んで死んで、生き残ってもこうなっちゃうの。貴方たちを宿す、人間として育てるなんて間違ってたの! 間違ってたのよ!」
「母さ・・・ん」
「神? 神が何!? 神なんていらない! 聖杯だって、神が選んだ子も、全部全部、いらない! 嘘つき、ウソツキ! 人間じゃないくせに!! 人間のふりして、私とたっちゃんをだまし続けた!」
「止めて・・・もう聞きたくない!!」
美憂が耳を塞いで、その場に座り込んだ。
息苦しくて、意識が遠のく。
― ソロモンの剣 ―
シュンッ
父さんが何もないところから剣を出して、素早く俺を縛っていた蔦を斬った。
「かはっ・・・」
「おにい!」
首を押さえながら、地面に落ちる。
美憂が転げるように近づいてきた。
「たっちゃんも、そっち側なんだ。やっぱりね。どうせ、魂の無いただの人形なんでしょ? 魔神はそこまで特別待遇をされるの?」
父さんが、蔦を操る母さんの前に立っていた。
「父さん」
「そこにロストグリモワールがあるだろう?」
「!」
買い出しの袋から、ロストグリモワールの表紙が見えた。
「時間稼ぎをする。お前ならわかるはずだ」
「余計なことを!!! たっちゃんはこんなことしないもの! 私の言うことをわかってくれる! やっぱり貴方は偽物ね! 神の味方をする偽物!」
母さんが金切声を上げる。
両手を広げて詠唱しながら、蔦で父さんを縛ろうとしたが、するりと抜けていた。
軽やかに飛びながら、襲い掛かる蔦を斬っていく。
「ほしい魔法が書いてあるはずだ」
避けながら、冷静な口調で言う。
「あぁ・・・」
呼吸を整えながら、ロストグリモワールのページをめくる。
「・・・・・」
瞬時に理解した。
ロストグリモワールには今、俺が一番必要とする魔法が書かれていた。
「おにい、大丈夫? お、お母さんに・・・」
「母さんのことは気にするな。"成れ果て"になれば、あぁなるんだよ。言ってることだって嘘だ。美憂、ロストグリモワールには元の世界に見つかる魔法が載っている」
美憂の方に触れて、笑いかける。
「一緒に戻ろう。父さんが母さんを押さえてくれている間に」
立ち上がってロストグリモワールを宙に浮かべる。
「・・・待って、でも、お母さんが」
「あれは如月タツキ、俺たちの父さんだ。母さんは人形だって言ってるけど、父さんで間違いない」
「え・・・・」
美憂が涙でぐしゃぐしゃになった顔をこちらに向ける。
「言うことを聞こう。父さんは美憂を助けたいんだ」
ロストグリモワール片手に持って、詠唱を始める。
俺たちの足元に魔法陣が展開された。
― XXXXXXXXXXXXXXXXXX XXXXXXXXXXXX XXXXXXXXX ―
長い瞬きをする。
美憂に嘘をつくと、怒られるな。
ロストグリモワールには、魔法を使う者が一緒に"成れ果て"から抜ける方法は無いと書いてある。
俺は外に出ることはできない。
魔法陣の中にいる美憂を転移させて、代わりに俺が残る方法だけが書かれていた。




