141 夢を描く②
学校から帰ってくると、父さんがリビングで本を読んでいた。
ただいま、と言うと、おう、と一言だけ答えた。
「父さん、あのさ・・・昨日のカードだけど・・・」
「ん? 昨日?」
「いや・・・なんでもないよ」
父さんの顔を見て視線を逸らす。
「・・・・・」
あのカードに書かれていた意味、ただ酔っぱらって、置いていったわけじゃないことだけはわかった。
父さんはいたずらにメッセージを残すような人間じゃない。
何かきっかけを作ろうとしている。
俺は何か大切なものを忘れているのだろう。
「お兄ちゃん、お帰りなさい」
母さんが洗い物をして、手を拭きながら声をかけてくる。
「ただいま」
「あ、おにい帰ってきた! はい、おにいの分!」
「え・・・・」
美憂がキッチンから出てきて、黒いお菓子らしきものを皿に載せて持ってきた。
「これは・・・何? 食べ物?」
「パウンドケーキ、初めて自分で全部作ってみたの。プレーンでキャラメルが入ってるよ。若干焦げてるのは、1回目だから仕方ない」
「・・・あぁ・・・そう」
押し付けられた感はあるが、焦げた部分を取れば食べられそうだ。
「ねぇ、お母さん、このラッピングのリボン派手じゃないかな? 赤だし」
「そんなことないよ。これくらい豪華なほうがもらったほうも嬉しくなると思うな」
「そっか」
テーブルには綺麗にラッピングされたパウンドケーキが5つ並んでいる。
誰に・・・って聞くのは辞めておこう。
好きな奴に配るとか言われたら、立ち直れない。
「じゃ、俺は部屋で食べるから」
「えー、おにい、ここで食べていかないの? 感想効きたいのに」
「まだバイト終わってないんだよ。部屋で食べるから」
「捨てないでね」
「捨てるわけないだろうが」
美憂がじとーっとした目でこちらを見る。
「お兄ちゃん、バイトもほどほどにね」
母さんが心配そうに声をかけてきた。
「わかってる。成績は落とさないし、好きでやってるからさ」
「あまり遅くまでやったら駄目よ」
「もちろん、睡眠時間は大事だからね。23時には寝るよ」
笑いかけると、母さんが少しほっとしたような表情をしていた。
重い足取りで、階段を上っていく。
何もない、ただの平日。
学校でも特別に変わったことはなかった。
監視されている?
誰に、監視されている?
出口・・・ってなんだ?
「カイト」
「!」
母さんの声に思わず振り返る。
「・・・どうしたの? 急に」
「やっぱり少し、顔色悪いなって思って。本当に、大丈夫?」
「あ・・・あぁ、今日のテストがいつもより自信ないからかな。勉強していない部分出てきてさ」
頭を掻いて、作り笑いをする。
今、母さんに何かを聞いたら壊れてしまいそうな気がした。
どこかから亀裂が入って・・・。
「ほら、美憂のパウンドケーキ食べたら忘れるって。この見た目だと、腹壊すかもしれないけど」
「お兄ちゃんだからって、無理することないんだからね?」
「ん・・・・?」
「カイトはお母さんからしたら、まだまだ子供だもの。何かあったら、お母さんとお父さんを頼っていいんだからね」
「・・・・・・・」
「お母さんは、いつでもカイトの味方だよ」
母さんが目を細めてほほ笑む。
「・・・・ありがとう。無理してないよ」
「本当に?」
「本当だよ。信じて、母さん」
「そっか、よかった」
母さんがゆっくり頷いて、リビングのほうへ戻っていった。
背を向けて階段を上っていく。
パソコンの前に座って、画面を切り替えていった。
葛城さんが渡してきているテストケースは、どこか記憶にあった。
このゲームも一度やったものだ。
美憂が作ったパウンドケーキを口に入れる。
徐々に記憶が蘇ってきた。
母さんがいて、父さんがいる。
美憂の笑顔が絶えない理想の世界だ。
でも、この世界には、魔法がない。
魔法少女がいない。
ロストグリモワールがない。
何よりも、リリス=ミュフォーゼがいない。
俺を信じてくれているリリスがいない。
ずっと戦ってきて、失敗する俺を、何度も信じてくれたリリスが・・・。
いや、リリスは・・・・・・。
タンッ
「・・・・・」
キーボードのエンターキーを叩く。
今は余計なことを考えている場合ではない。
深呼吸をして、冷静に周囲を見渡す。
どうしてここにいるのか、完全に思い出せたわけじゃないが、この世界は作り出されたものだ。
どうにか抜け出す方法を考えなければいけない。
トントン
「おにい・・・」
美憂がドアをノックして、部屋の前に立っていた。
「ん? ・・・どうした? パウンドケーキなら焦げ目を取れば美味しいぞ」
「私たち、今幸せだよね?」
「は・・・・?」
「お母さんがいて、お父さんがいて、おにいがいる・・・普通に学校に行って、帰ってきて、笑いが絶えなくて・・・みんな仲が良くて・・・」
言いながら、声を震わせていた。
「おにい、私・・・このまま幸せでいていいんだよね?」
美憂がぼろぼろと大粒の涙を流した。
「美憂・・・」
「・・・・・」
パウンドケーキを置いて、美憂を抱きしめる。
「ごめんなさい・・・でも、嫌だよ。嫌だよ・・・」
「いつ、気づいたんだ?」
「・・・おにいが、お父さんと話しているのを見て・・・違和感があった。だって、お父さんは・・・もういないことが蘇って・・・・魔法少女戦争のこと思い出したの。でもね、お母さんもお父さんも仲が良くて、今、本当に幸せで・・・」
「・・・そうだな」
頭を撫でる。
「でも、仲間が待ってるだろう?」
「お母さんと、お父さんと離れたくないよ。このままここにいたいよ」
「・・・・・・」
「幸せな夢を見ていたい。この世界にいたっていいでしょ? 元の魔法少女戦争に戻るなんて・・・・」
「メイリアはどうするんだ?」
「っ・・・・・!?」
「残酷だよな」
体を離して、美憂の涙を拭う。
「悪い、美憂にとって残酷なのはわかってる。こうゆう世界を夢見てきたんだもんな。父さんと母さんがいて、本に出てくるような生活、美憂がずっと寂しい思いをしてたのはわかってる」
「おにい・・・」
「確かに家族が、俺みたいなお兄ちゃんだけだと不安だもんな」
力なく笑う。
「そんなことな・・・」
「美憂、お前は俺の大切な妹だ。絶対に守る。これから俺がやろうとしていることで、お前に嫌われてもいい。恨まれてもいい。でも、美憂だけは絶対に助ける」
自分にも言い聞かせるように話していた。
「美憂、カイト・・・?」
トントントントン
「!?」
母さんが階段を上ってくる音が聞こえた。
慌てて美憂が袖で目を擦る。
「母さん」
「あれ? 美憂、泣いちゃってどうしたの? 兄妹喧嘩?」
「あ・・・俺がパウンドケーキ美味しくないって言ったら美憂が泣き出しちゃったんだよ」
頭を掻いて、誤魔化す。
「ごめんって、な」
「・・・・・・・・」
「もうっ・・・美憂もそんなことで泣かないの。お兄ちゃん、やっぱりバイトで無理しすぎてるんじゃないの? 今日くらい何もしないで休んだら?」
母さんが俺の顔を覗き込む。
「本当に無理してないって。パウンドケーキは見た目が悪いから、つい正直に言っちゃっただけだよ」
「うーん、怪しいなぁ」
「大丈夫だって」
母さんが心配そうに俺の顔を見る。
「あの・・・・・」
「ごめんって、美憂。焦げた部分とれば美味しいよ。お店で売ってるのより、ずっと美味しいから。ありがとう。ちゃんと食べるから、もう泣くなって」
「・・・うん・・・・」
「でも、美憂がこれくらいで泣くなんて珍しいね。学校でうまくいかないことあったの?」
母さんが美憂の背中を撫でながら言う。
「えっと・・・・」
「美憂は繊細で優しい子だから、傷つきやすいんだもんね。何かあったら、お母さんにも相談してね。ほら、お父さんよりも、お母さんのほうが話しやすいでしょ」
冗談っぽく言って、慰めていた。
美憂がちらっとこちらを見てから、頷いて母さんと部屋から出ていった。
2人がいなくなったのを確認してから、椅子に座り直した。




