140 夢を描く①
香りが眠気を誘い込む。
窓の外を見ると、桜が勢いよく散っていた。
目の前には数台のPCが置いてある。
積み上げられた参考書、読みかけの本、自分の部屋にいるようだ。
俺は、あの鍵に触れて倒れた後、ここにきたのか?
「お兄ちゃん。夕食の用意ができたよ! 今すぐ食べるでしょ?」
「母さん?」
母さんの声がした。
夢にしては、やけにリアルだ。
「美憂、お兄ちゃん連れてきて」
「はーい、おにいってば集中すると何も聞こえなくなるんだから。おにいー」
美憂が階段を上ってくる音が聞こえた。
画面に映っているのは、仕掛中のゲームのテスト仕様書だ。
いや、どうして夢だと思ってるんだ?
夢であるはずがない。
手の感覚も足の感覚もある。
本棚に並べた参考書も、確かに自分で購入したものだ。
今日は日曜日、明日は学校だ。
でも、頭に靄がかかったような感覚になっている。
どうして、俺はこの状況を夢だと勘違いしでいたんだ?
「おにい!」
タッタッタッタッ
バタン
「あー、またゲームやってたの? でばっぐ? こんな難しいのよくできるね?」
「美憂?」
「本当は慌てて画面切り替えて、裏でエロいゲームとかやってたんじゃないの?」
「んなわけないだろ」
ため息をついて、美憂の後をついていく。
「なぁ・・・美憂、俺たち何か忘れてないか?」
「え? 何を」
美憂がこちらを見て首をかしげる。
「あ・・・いや、何かってわからないんだけど重要な何かがあったような・・・・」
「おにい、宿題でも忘れてるんじゃない? もしくは、明日テストとか・・・あ、私も明後日までの英語の宿題あったんだ。明日やればいいか、最悪、おにいもいるし」
「都合のいい時だけ俺を頼るなよ」
「おにい、頭だけはいいからねー」
美憂がこちらを振り返らず階段を下りていた。
頭を掻く。
いつもの美憂だった。
「お父さん、おにいがゲームばかりで、勉強のこと忘れてるっぽいんだけど」
4人用の食卓テーブルにはたくさんのおかずとごはんが並んでいた。
焼きたてのキッシュのいい香りがした。
「ははは、ゲームのテストはなかなか難しいからな」
父さんがこちらを見て笑いかけてくる。
「おかげでゲームが嫌いになりそうだよ。少しでも変な動きをするとバグに見えてくるし」
「うまくいってないのか。父さんが教えてやろうか?」
「特に聞くことは無いんだよ・・・テスト仕様書通りやるだけだから」
「葛城に聞いたけど、カイトはかなり吞み込みが早いらしいな」
「ふふ、葛城くんが褒めるなんて珍しいね。はい、おかわりもあるからね」
父さんが言うと、母親が嬉しそうに俺の席にご飯を置く。
「あ、ありがとう」
「わぁ、ハンバーグにマッシュポテトだ。お母さんが作るハンバーグって世界一美味しいもんね」
「そういってくれると、なんだか照れるね」
美憂が席に座って、手を合わせていただきますと言っていた。
「母さん、食後にコーヒーあるか?」
「コーヒー・・・あ、お父さんが淹れてくれたコーヒーが美味しいな」
「はいはい。母さんと、俺、カイトは飲むか?」
「俺はいいよ」
父さんが立ち上がって、棚からコーヒー豆を出していた。
「私も飲む!」
「美憂はコーヒー飲めないだろうが」
「最近飲めるようになったもん。いつまでも子ども扱いしないでくれない?」
美憂が頬を膨らませる。
「無理して飲むものじゃないって」
笑い声の絶えない食卓。
テレビではアザラシの赤ちゃんが生まれたというニュースがやっている。
美憂が残したコーヒーを飲みながら、ぼうっとしていた。
「ねぇ、お母さん。私ね、パウンドケーキ作ってみたい。今度、友達の家に行くときに持っていきたいんだ」
「お菓子作りならお母さん得意だよ。任せて。今から作ろうか」
「うん!」
母さんが袖をまくっていた。
もう22時を回ってるんだが・・・母さんはどこか抜けてるところがあるんだよな。
父さんも注意しないし・・・。
「美憂、どうせ試食とかするんだろ? 太るぞ」
「うるさいなぁ。おにいも、たまにはお母さんに料理教えてもらったら? フライパンすら触ったことないじゃない」
「いいって、まだゲームのテストのバイト終わってないから」
「ゲームばかりやってるとモテないよ」
「だから、バイトだって言ってるだろ? ったく」
「美憂、あまりお兄ちゃんの邪魔しちゃだめよ。お兄ちゃん忙しいんだから」
「はーい」
美憂が言いながら、弾むように母さんとキッチンに入っていった。
親子というよりは、姉妹のようにも見える。
「コード読むのは難しいだろう?」
父さんが本のページをめくりながら話しかけてきた。
「難しいというより、量が多くて時間がないんだよ。父さん、葛城さんに俺に渡すテスト仕様書は、量を減らしてもらうように言ってよ。期末テストも近いし、納期に間に合わないって」
「はははは、でも、カイトならこなせるだろ? わからない部分があれば父さんに聞いてくれ。すぐに答えられるぞ。俺も昔はゲーム開発者だったからな」
父さんの顔は少し赤くなっているように見える。
「・・・もしかして、酒飲んだ?」
「ちょっとな」
母さんがこちらを見てないのを確認してから、声を小さくした。
「お父さん、瓶の蓋が開かないの。手伝って」
美憂がキッチンから顔を出す。
「了解、お、キャラメルクリーム使うのか」
「うん! これが海外で美味しいってバズってるの」
「確かに美味しそうだな。今から焼くなら、出来上がりは0時くらいか。父さんにも残しておいてくれよ」
父さんがふらっとしながら、キッチンのほうへ向かっていった。
「もちろん! おにいにはちょっとしか残さないから」
「もう、美憂、喧嘩しないの」
「だって、おにいが太るとかいうから・・・」
ため息をつく。
3人の楽しそうな会話が聞こえてきていた。
コーヒーのカップをキッチンに置いて、階段を上っていく。
そろそろ期末テストの勉強も視野にいれなきゃいけない。
特に数学のテスト範囲は、全く手を付けていなかった。
まぁ、最悪、2週間前に勉強すればどうにでもなるだろう。
あまり成績がいいと、変な奴らに絡まれるから、面倒なんだよな。
部屋のドアを開ける。
パソコンにはさっきまでやっていた、ゲームのテスト画面が映っている。
隣のモニターには仕様書が映っていた。
椅子に座る。
デバッグモードにして、コードを映す。
― はじめまして、如月カイト。私は魔法少女のリリス=ミュフォーゼ。急だけど契約しに・・・・ ―
「は?」
こめかみを押さえる。
懐かしい声が聞こえてきた気がした。
「・・・・・」
何かを忘れてる?
何を忘れてる?
俺は彼女をよく知っている?
彼女?
よく笑って、強がってばかりで、何を考えているのかわからない誰か。
出会ったときから知っている誰かだ。
儚げにほほ笑む、サファイアのような瞳を持つ美しい少女。
そもそも、"リリス"って誰だ?
「どうした? 何か煮詰まってるのか?」
「・・・・父さん、勝手に部屋に入ってくるなって言ってただろ?」
はっとして、背筋を伸ばす。
「何の用? 酔っぱらいの相手なら・・・・・・」
「・・・・・」
ため息をついて椅子を回すと、父さんが真剣な顔をしていた。
「どうしたの?」
「そうだ、これだよこれ。レアなポケ丸のカードをやろう」
「ポケ丸って・・・」
肩の力を抜く。
「何の話だよ、いきなり。つか、どうして父さんがポケ丸カードを・・・」
「カイト、集めてるって言ってただろ?」
父さんが上機嫌のまま話す。
「いつ俺がポケ丸カードを集めてるって言った? 随分、支離滅裂だな。あまり飲みすぎると母さんに怒られるぞ」
「母さんには内緒だからな。さ、俺は先に風呂でも入ってくるかな」
「風呂で溺れないように・・・って、コレ、いらないんだけど・・・」
父さんが俺の机に一枚のポケ丸のカードを置いていった。
手に取って裏側を見る。
「?」
カードの端に走り書きされた文字が書かれていた。
― 監視されている。吞まれるな。出口は自分で見つけろ ―




