139 存在しない記憶
『父さん』
夢か?
如月タツキの書斎にいた。
『どこか行くの?』
『まぁな。俺のことは一生、恨んでくれて構わない』
『急にどうしたんだよ? 出張?』
『俺は、もうすぐ、君らを置いて、遠くへ行く。美憂と母さんのこと、よろしくな』
如月タツキがやけに大きく感じた。
『なんだよ、いきなり・・・数年? 美憂はどうするんだよ』
『悪い、お兄ちゃんだからって無理させてばかりだったな』
『別に無理なんかさせられてねぇし』
頭の中に流れてくる、存在しない記憶。
存在しない会話。
存在しない父親の姿。
如月タツキがロストグリモワールに手を置きながら、会話を続ける。
『これから美憂は魔法少女になる。お前も魔法少女戦争に関わるだろう』
『は? 魔法少女? 何? それ・・・』
『いずれわかる。大きくなったら、このロストグリモワールを読んでくれ。ある程度、読めるようになったらここに置きに来る。ロストグリモワールには、魔法少女戦争や神々、魔術のことが書いてある』
『?』
『読むときは、ひとつひとつをしっかり読め』
しゃがんで、俺の肩を掴んだ。
『読み終われば、燃えるだろう。理由は全て、ロストグリモワールに書いてある』
『・・・わかったよ』
『できればこのまま4人で暮らすことができたら、一番よかったんだけどな。どこにでもいる普通の家族みたいに・・・母さんも、そうしてやりたかった』
『父さん・・・?』
『・・・・・・・』
如月タツキが寂しそうに笑って、俺の頭を撫でていた。
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キィアアアアァァ
「!?」
魔法少女の"成れ果て"の悲鳴で目を開ける。
黒い母親に引き上げられて、そのあとは覚えていない。
薄暗かったが、目の前に母親らしき"成れ果て"は見当たらなかった。
「これが"成れ果て"の中・・・・」
想像以上に広々とした洞窟のようになっている。
いや、産道に近い形なのかもしれない。
「!」
端のほうには魔法少女や主たちが座ったまま並んでいたが、体の形があるというだけで、魂が抜けたようにぼうっとしていた。
おそらく彼女たちは悪夢の中にいる。
絶望の淵を思い出した時に、あの花びらにおぞましい姿を浮かび上がらせているのだろう。
「美憂」
声を上げたが、誰もこちらを振り返らない。
主らしき男も、何も聞こえないようだった。
足はぬかるんでいて、全体的に重たい空気が漂っている。
俺が動けるのは、魔神の力があるからなのか、母親が・・・・。
スタッ
『サマエル・・・じゃなくて、如月カイト』
突然、イタチのような生き物が飛び出て、話しかけてきた。
「イタチ? 使い魔か?」
『そう、私のこと覚えてない? 人間になったら、前世の記憶って忘れるから仕方ないか』
イタチには黒い翼が生えていた。
『私はサクラの契約神ヘカテー様の使い魔のガランディス。ヘカテー様から貴方たち話はよく聞いているけどね・・・』
「ヘカテーが母さんの契約神・・・?」
首をかしげる。
「あいつは魔法少女戦争に関わらない主義だろうが」
『・・・・そうなんだけど、サクラは別なの。サクラの願いはヘカテー様しか叶えられなかったよ。タツキが・・・って、それよりも妹を探してるんでしょ?』
「あぁ」
イタチのガランディスが目線の高さに合わせて飛んだ。
黒い瞳が黒曜石のように見える。
「美憂はどこだ?」
『こっち。サクラの一番近いところにいるの』
「一番近いところ?」
『ついてきて』
ガランディスが飛びながら、淡々と洞窟の中を進んでいく。
『魔法少女たちも主たちもみんなこの薔薇の一部になろうとしているから。話しかけても反応ないよ』
「・・・・ガランディスはいつからここにいるんだ?」
『サクラが"成れ果て"になった時から、ヘカテー様の指示でね』
「へぇ・・・・」
"成れ果て"と主たちは俺たちが通っても、無反応だった。
よく見ると、主の肉体は少しずつ壁にめり込んでいるのがわかった。
黒い薔薇の養分の一部になっているのだろう。
『どうして自分があんなふうにならないのか、気になった?』
ガランディスが主たちのほうを見ながら言う。
『あの子たちは、吸収された瞬間から少しずつ黒い薔薇になっていってるの。人間の形を失うまで、魂は捕らわれたままね。サマエルは何ともないでしょ?』
「まぁ・・・元が魔神だからとか、か?」
『ロストグリモワールを持ってるからよ』
道幅はどんどん狭まっていく。
「なんでロストグリモワールが関係あるんだよ」
『ロストグリモワールは神々や魔法少女のことが書かれた、ただの魔導書じゃない。ほとんどの神も人も知らないことだけどね。ん、もしかしてサマエルは知ってて聞いてる?』
「・・・・・・・・」
『ヘカテー様の言う通り、誰にも心を打ち明けないのね。クリフォトの魔神はそうだっていうけど・・・あ、足元が見えなくなってきたでしょ、ちょっと待って』
ぽうっ
暗くなってくると、ガランディスが尻尾を振って、光の玉を出した。
『セフィロトの神々はよくしゃべるのに』
「なんで、そいつらの話を出すんだよ」
『セフィロトの神とクリフォトの神は鏡合わせのようなもの。って、よくヘカテー様が言ってたから』
「よくしゃべる神だな」
『きっと、ヘカテー様は心を痛めてて・・・神じゃない誰かと話したいんだと思う。"成れ果て"の魔女たちを、見ていることしかできないのが、辛そうだから・・・』
言いながら、光の玉を中央に動かした。
空間が明るくなって、輪郭がはっきりしていく。
はっと顔を上げる。
「美憂!!!」
美憂が大きな葉の上に眠っていた。
周りには草が生えていて、中央に黒くなった魔法少女の鍵が浮いている。
『近づかないで!!!』
「!?」
突然、ガランディスが大声を上げて、女の姿になった。
両手を広げて、美憂の前に立ち塞がる。
金髪で色が白く、どこかヘカテーにも似ている気がした。
「・・・妹を返してもらう」
『サマエル、落ち着いて。ここは"成れ果て"の中、魔法少女にとっては死んだも同然の場所。このまま力任せに引き抜いたら、美憂の魂は一生"成れ果て"のまま彷徨うことになる』
「方法は、あるんだろ?」
『ある・・・・・・』
ガランディスが背を向けて美憂に近づく。
浮いていた黒い魔法少女の鍵を手に取った。
『この魔法少女の鍵が今のサクラ。魔法少女から魔女になってしまったサクラよ』
握り締めてこちらに差し出してくる。
『美憂はサクラが自分で作り出した夢の中にいる』
「その鍵に触れれば、夢の中に行けるってことだな」
『話が早いね。でも、もし・・・・』
ガランディスが語気を強める。
『もし、夢の中に入って、抜け出せなかったらサマエルも"成れ果て"の一部になる』
「・・・・・・・・」
『永遠に出ることはできなくなる。何を意味するか、わかる?』
不安そうな顔でこちらを見る。
魔法少女の悲鳴がどこからともなく聞こえてきていた。
黒い薔薇は、今も魔法少女たちを吸収し続けているようだ。
ガランディスのほうへ歩いていく。
「永遠に夢の中に閉じ込められる。魔法少女戦争を終わらせる術は無くなる。俺を取り込めば、この"成れ果て"は神と同等の力を持つだろう。元が魔神だからな」
『・・・そうよ』
「今回の魔法少女戦争は、"成れ果て"が成長して、全てを飲み込むまで止まらない、ってことだろう?」
『だから、私は勧めない。私ならこの黒い薔薇の中からサマエルだけ外に出せる。そうすれば、外側から黒い薔薇を止め・・・』
「俺は如月カイトだ」
ガランディスの言葉を遮って、握ったこぶしに手を添える。
『!』
「そこで眠ってるのは、俺の妹だ。必ず救い出す」
『はぁ・・・ヘカテー様の言う通り、ね。私もサクラが好きだったけど、正直、魔女になったサクラは美憂を手放さないと思うよ。それでも行くの?』
「当然だ。兄なら、多少危険でもやらなきゃいけない時があるんだよ」
軽く笑って、ガランディスの目を見る。
『ねぇ、この子にそこまでするのは・・・最初に聖杯を手にしたのがこの子・・・ユウミだったから?』
「言っただろ? 俺はカイト、そこにいるのは妹の美憂」
ガランディスの手から、鍵を受け取る。
「それだけだ」
『そう・・・』
真っ黒に染まった鍵に触れると、急に視界がぼやけていった。
ガランディスが祈るように、こちらを見ていた。
― おにい ―
「美憂・・・・?」
一瞬、葉の上で寝ていた美憂の声が聞こえた気がした。
ゆっくりと目を閉じる。
ほのかに香る桜の匂いを辿るように、その場に横になった。




