132 今度こそ必ず
「おにい! また約束破った」
屋根の上で夜風にあたっていると、美憂がパンをトレイに載せて歩いてきた。
「あ、あぁ・・・悪い」
「もうっ・・・せっかくとって置いたのに!」
「明日食べるよ」
「みんなで食べちゃったから、もうないよ。出来立てが美味しいんだから」
少し怒りながら、隣に座る。
「ごめんって」
「おにいは食欲ないだろうから、はい。パンなら食べれるでしょ?」
「・・・ありがとう」
渡されたパンは、まだ温かかった。
「言っておくけど、ついでだからね。たまたまパンを焼きたい気分だっただけだから」
「はいはい」
チーズとベーコンと玉ねぎの入った、焼きたてのパンだった。
一口かじる。
「美味いな・・・・・」
「よかった」
美憂がほっとしたような表情をする。
「・・・ファナのことは、何か事情があるんでしょ? みんな、ちゃんとわかってるから大丈夫だよ」
「・・・・・」
ファナは魔力の消耗から魔法少女戦争から離脱させたと胡麻化していた。
穢れや”成れ果て”のことは、話していない。
意識するほど穢れは広まる。
ティナにも口止めしていた。
ティナはしばらく医務室で休んでいると伝えている。
穢れが薄れてきた段階で、合流させるつもりだ。
メイリアの予想では、あと1日もすれば戻れるだろうとのことだった。
ただ、”成れ果て”になる可能性がゼロになったわけではない。
気は抜けなかった。
「ファナもノアもいなくなっただろ。寂しいか?」
「確かに・・・寂しい・・・かもね・・・私、自分が思っている以上に、周りのみんなに依存してるのかも」
美憂がトレイを持ったまま、膝を抱える。
「だよな」
「おにいも寂しいの?」
「・・・・いや、どちらかというと自分の選択が正しいのか疑問に思うことが多いんだよ。特にファナのことは、な」
「・・・・?」
時空間に転移させる魔法陣を展開したとき、一瞬、ファナと美憂が重なった。
もし、美憂がファナのようになったら、同じ決断を下せたのだろうか。
ファナの兄だったら、妹をどうしたのだろう。
「・・・・・・・」
「また、何か難しいこと考えてるでしょ?」
美憂が覗き込んでくる。
「自分で自分を責めちゃ駄目だよ。おにいはすごくすごく頑張って、私たちを守ってくれてる。だから、自信もって。グダグダしてるから、地味でネガティブで根暗って言われるんだよ」
「・・・・後半は、結構、傷つくこと言うな」
「おにいはそれくらい言わなきゃ、私の言うこと聞いてくれないでしょ」
「・・・・はい」
美憂が年上のような口調で言う。
なんとなく、メイリアに言われているような感覚だ。
メイリアの影響を受けまくっている気がする。
サアァ
「ふぅ・・・あ、カイト、美憂」
「リリス!」
風が吹くと同時に、リリスが空から降りてきた。
手袋を脱いで、ポケットにしまっていた。
黒いローブが夜に溶け込んでいる。
「どこにいたんだよ」
「周辺を散歩してきたんだよ。魔界の住人は元気かな? って。元気だったよ」
「当然だ。あいつらは、アカデミアだとか、ゲームのルールだとか関係ないからな」
「うん」
リリスが柔らかくほほ笑む。
「はぁ・・・リリスは自由でいいな・・・」
「大丈夫だよ、カイト。魔法少女戦争は絶対に私たちが勝つんだから」
サファイアのような瞳は、俺の心を見透かしているようだった。
思わず、視線を逸らした。
「あ、美味しそうなパンだね。いいなぁ。お腹すいちゃった」
「キッチンに行けばまだあるよ。リリスは木の実が入ったパンが好きなんだよね?」
美憂がすっと立ち上がる。
「うん! まだある?」
「持ってくるよ。ちょっと待ってて。はりきって、少し作りすぎちゃったの」
美憂が弾むようにふわっと飛んで、屋根から降りていった。
息をついて、パンをかじる。
玉ねぎの甘みが口いっぱいに広がった。
「カイト」
「・・・説教なら聞かないからな」
「拗ねてる?」
「拗ねてない」
リリスが隣に並んで、遠くを見つめる。
「・・・ファナが”成れ果て”になりそうになった。時空間に結界を張って閉じ込めている。ティナは様子見だ」
「そっか」
「驚かないのか?」
「そうね・・・魔法少女戦争はいろんなことが起こるから慣れちゃった。”成れ果て”もたくさん見てきた。人間の寿命は短いから、ずっと魔法少女戦争にいる私にとっては、些細なことかな」
指を回して杖を出した。
「必ず、魔法少女戦争に勝つ。魔法少女戦争を終わらせる。”成れ果て”も元に戻して、みんなが学校に通って普通の女の子になれるように・・・」
リリスの声には一切のブレもなかった。
杖に埋め込まれた赤い魔法石が、月明かりに輝く。
「魔法少女アカデミアはそんなに楽しかったのか?」
「うん。すごく楽しかった」
柔らかい笑みを浮かべる。
リリスの歩んできた道は、途方もないほど長い道だった。
たった一人で、歩んできた道だ。
俺が理解できるなんて、冗談でも言えないな。
「リリス、ひとつ頼みがあるんだ」
「なぁに?」
「魔法少女戦争に勝つ。だから、自分の力を開放する時も来る。魔神だった頃の・・・・俺が今の俺じゃなくなるときもあるだろう」
「・・・・・・」
「暴走したら、止まらない。正直、自分の中で、兆候は感じている・・・」
自分の魔力を確認しながら、リリスの目を見る。
リリスが杖を回して消した。
「仲間に危害を加えそうになったら止めてくれ」
「わかった。安心して、私が必ず止める」
俺の右手を取って、両手で握り締めた。
「リリス・・・」
「カイト、絶対に勝ち抜こうね。今度こそ、勝つの。カイトを『ロンギヌスの槍』の持ち主に・・・」
祈るように手に力を入れていた。
シュンッ
「おぉっと、本当にいきなり飛ばされるとは」
突然、ラインハルトが魔法陣の中から現れる。
「ラインハルト」
「ん? もしかして、夜に2人で密会してた?」
「えっ・・・密会!? そ、そうゆうのじゃないよ。全然違う!」
リリスが急に慌てて離れた。
珍しく顔を赤らめている。
「そういう、ラインハルトは顔色いいな。アリシアとはうまくいったのか」
「まぁね。吸血鬼なりのお別れができたよ」
「吸血鬼なりって・・・」
「君らの想像通りだよ」
「「・・・なるほど・・・」」
リリスと俺が同時に同じ言葉を発した。
「逃げ惑う魔法少女の血は求めなくてよくなった。でも、魔法少女の主として、最期まで付き合うよ」
「助かるよ。カマエルもいなくなったからな」
気が抜けたように笑う。
「ん? カマエルが?」
「話すと長くなるよ。あ、美憂」
タッタッ
美憂がパンの入った籠を抱えて走ってくる。
「あれ? ラインハルトもいる?」
「わー、すごい美味しそう。こっちはキャラメル味の木の実だね!」
リリスが立ち上がって、表情を明るくする。
「懐かしい匂い。メイリア?」
「よくわかったね。メイリアがキャラメル作るのすごく上手いの」
美憂が嬉しそうに話していた。
俺が美憂に料理を教えていた。
・・・・別に、いいけどな。
「わぁ、美味しい!」
「でしょ? あ、こっちも美味しいんだよ」
「これは、私も作れるんだよね。ねぇ、今度3人でお菓子作りしようよ。古いレシピなんだけどね、すごくおいしいの。みんなも驚くと思うよ!」
「私も知りたい! メイリアに話してみるよ。最近は一緒の部屋で寝てるんだぁ。なんか、メイリアといると落ち着くの」
「!?」
メイリアと一緒に寝てるのか?
俺なんか、部屋に入るだけで拒絶されるのに・・・・。
「・・・・・・」
「君でもふてくされるんだねぇ。魔界の王なのに」
ラインハルトがこちらを覗き込む。
「ふてくされてないって。あと、今は人間だ」
「そうだったそうだった。人間らしい部分を見れて、面白い限りだよ」
「フン・・・・・・」
にやにやするラインハルトを無視して、美憂の作ったパンを口に詰め込んでいた。




