地獄へ落ちろ
「これでは話が進みませんので、私が前王を別室へでも連れて行きましょうか?」
オソレナシー将軍が無表情でつぶやいた。
「何という口の利き方だ!」
前王の隣に立つコウケーツ公爵が憤慨している。
「仮にもそなたは国王陛下に忠誠を誓った身。恩義を忘れて——」
「黙るのは、あなたの方だ!!!」
怒れるオソレナシー将軍の大声が部屋中に響いた。
「あなたは私のことを恩知らずと言うが、王が北都から逃げ出すための時間を稼ぐため、私がこの命を捧げる役目を引き受けたことをお忘れか?」
そうだった。
国王逃亡のための時間稼ぎをするため、オソレナシー将軍は捨て石にされたのだ。
「私だけではない。王に捨てられた北都の市民が今生きているのは、ここにおられる新たなる王、心優しきインチキ国王陛下のご温情あってのことだ。そこにいる前王の家臣や領民は、皆あの時に死んであの時に生まれ変わったのだ」
普段だったら、『いやだなあ、もう誉めすぎですよ、エヘヘ』とか言っておちゃらけるところだが、とても今はそんな雰囲気ではない。
一瞬、沈黙が室内を支配した。
だが、その沈黙はコウケーツ兄弟の弟、コウケーツ卿によって破られた。
「何卒、前国王の命だけはお助けいただきますよう、お願い致します!」
そう言って、コウケーツ卿は両膝を床につけ頭を垂れる。
……出たよ、またいつもの『献命嘆願の礼』だよ。
自分の命を捧げる代わりに、お願いを聞いてくださいってヤツだよ。
「コウケーツ卿、いい加減にして下さいよ…… こう言っちゃあ何ですけど、コウケーツ卿は命の安売りをし過ぎだと思いますよ? さあ、先ずは立ち上がって下さい。だいたい、俺はそこにいる前国王のニーチャンの命を奪おうなんて——」
「「陛下!」」
俺の言葉を遮るように、クローニン宰相とオソレナシー将軍の声が重なった。
「将軍、私から先に言わせて下さい」
いつもは控えめなクローニン宰相が、珍しくオソレナシー将軍を言葉で制した。
「よろしいですか、陛下。陛下が女神様との間で、『誰も殺さない・誰も殺させない』という不殺の誓いを交わされたことは、私もよく存じております。しかし、この場をうやむやに収めてしまっては、我が国はおろか人間族諸国に示しがつきません」
毅然とした態度で話を進める宰相。
「何を言うか、この売国奴め!!!」
怒りのあまり、まるで鬼のような表情となったコウケーツ兄が咆哮を上げる。
「ナカノ国の重鎮でありながら、真っ先に侵略者に服従したお前にとって、前王が生きていては都合が悪いからそのようなことを言っているのであろう! あの時、お前が侵略者に協力さえしなければ、他の領主たちも偽物の王になびくことはなかった——」
「黙れ、この痴れ者が!!!」
うわっ、今度はクローニン宰相が怒りの声を上げたじゃないか。
「国がどうこうということを超えて、お前たちは怪しげな森林族の者と共謀し、南都の民の命を奪おうとしたではないか! このような者どもを許して、どうして他の人間族の国々と協力して行くことが出来ようか!!!」
「全くもってその通りだ。民の命を奪う国王など、あってたまるものか。お前たちは単なる人殺しだ」
オソレナシー将軍も、クローニン宰相と同じ心情のようだ。
確かに二人の言う通りだと思う。
こんな人間の皮を被った悪魔どもにかける情けなどあってたまるものか。
「ど、どいういことなんだ? ボクがどうして殺されなきゃならないんだ?」
ここでようやく自分の置かれた立場を理解したのか、ニシノ国の王サマがビクビクしながら尋ねてくる。
…………まったく、イライラさせるなよ。
そもそも、テメーがボンクラだから、こんなことになったんだろうが。
もうここは宰相と将軍に任せるか、と思ったその時——
俺の上着の裾が引っ張られた。
引っ張った相手の顔を見ると——
「オニーサン、二人を殺すのカ?」
泣きそうな顔をしたミミーだった。
ああ、ダメだ。
俺は今、怒りのあまり冷静さを失っていたようだ。
ミミーの顔を見て声を聞いた宰相と将軍も、言葉を失ってしまったようだ。
「はぁーーー、まったく、どうしたもんか……」
自分の判断力のなさに、思わず言葉が漏れてしまう。
「待ってくれ、いや、待っていただきたい」
先ほどまでの怒りにまみれた表情とは打って変わり、とても冷静でいて、更には何かを諦めたような顔をしたコウケーツ公爵が口を開いた。
話の流れから、落とし所を見つけるなら今しかないと思ったのだろう。
「怪しげな森林族と思われる男に協力しようとしたのは私だ。国王陛下ではない、これは事実だ。責任は全て私にある。その罪は私の命で贖うので、どうか国王陛下のお命だけはお救いいただきたい」
そう言って、今度はコウケーツ兄が『献命嘆願の礼』を示した。
再び俺の服の袖が引かれる。
そんな顔するなよ、ミミー。
俺、宰相、将軍の口からため息が漏れる。
いや、ため息しか出ないと言った方が正確かも知れない。
「まったく!」
沈んだ空気を切り裂くように、ホニーの甲高い声が室内に響いた。
「この国のオッサンたちは、みんなミミーに弱いんだから。ホント、困ったものよネ」
「もう、ホニーったら。ちょっとは空気を読みなさいよ」
というアイシューの言葉を無視して、ホニーは更に話を進める。
「こういう場合は、ソイツの領地を半分ほど召し上げて、問題を起こした張本人であるソイツを家長の座から降ろせばいいのヨ!」
「おいホニー、簡単に言うなよ」
「カイセイは黙ってなさいよネ! アンタ、貴族のことなんて、なんにもわかってないんだから!」
「そりゃまあ、そうだけど……」
「そんでもって、コウケーツ家は、インチキ王国建国の際に著しい功績をあげた、建国の英雄コウケーツ卿が継げばいいのヨ」
「め、滅相もない、私が英雄などと……」
コウケーツ弟が謙虚な態度を示すが——
「アンタ、ウッサイのよ!!! アタシが素晴らしい話をしてるんだから、黙って聞いてなさいよネ!」
建国の英雄に、なんて口の利き方をしてるんだか……
まあ、建国の英雄というのはちょっと大袈裟かも知れないけど、オソレナシー将軍とセイレーン卿、ケッパーク卿、そして目の前にいるコウケーツ卿が北都の無血開城を決めなければ、もっと話が拗れていたと思う。
「コウケーツ卿は今日からコウケーツ公爵…… 公爵は廃止したんだっけ? なら、いっそのことコウケーツ家は二階級降格ぐらいの伯爵家にして、それで今日からコウケーツ卿はコウケーツ伯爵を名乗りなさい! それから、建国の英雄コウケーツ伯爵の嘆願を聞き入れ、そこにいる小太りのニーチャンと伯爵とよく似た顔のオッサンは、コウケーツ伯爵家にお預けってことでいいんじゃないかしら。なんたって、建国の英雄が自分の家の爵位を二つ落としてまでお願いしてるんだから、これはもう、聞かない訳にはいかないわよネ!」
ホニーはそう言うと、俺たちに向けてかわいくウインクした。
普段なら、『色気づいてんじゃねえよ、このガキが』と思うところだが、今日ばかりはホニーがとても大人っぽく見えた。
アイシューなんて、『この人、本物のホニーなの?』なんて、独り言を言ってるし。
「……『お預け』の定義はどのようなもので?」
クローニン宰相が確認口調で口をはさむ。
「屋敷内で監禁って感じでいいんじゃないの?」
ミミーがホニーの服の裾を引いた。
「ああもう、面倒クサイわね。じゃあ、敷地内に軟禁ネ。週に一回、お菓子を食べてもいい特典をつけるワ! それで文句ないでショ!?」
「週3回にしてあげて欲しいゾ……」
「ああもう、それでいいわヨ! でももし、その二人が良からぬことを企んだら、三人とも打ち首だからネ。弟を殺されたくなかったら、元公爵はキッチリ元国王を教育しなさいヨ!」
コウケーツ兄弟は、片膝をつき恭順の意を示した。
「さあ、陛下も」
コウケーツ兄に促され、元ニシノ国国王も片膝をついた。
俺は宰相と将軍の顔を見る。
二人とも、無言で頷いた。
「よし。では今後両名は、コウケーツ新伯爵の指示に従うこと」
俺は短い言葉を述べ、長かった国内の混乱劇に幕を下ろした。
ここに、長らく人間属領で栄華を誇ったニシノ王国は、この世界から消滅したのであった。
それにしても、今回はまったく、ホニーに救われたよ。
ご褒美として、今度ホニーの主催で行われる日本文化強化合宿に、俺も参加してやることにするかな。
オソレナシー将軍に促され、別室へと向かう三人を見送りながらそんなことを考えていると——
「待ちなさい! まだロリコン元国王へまだお仕置きが終わってないんだけど? さあ、これからそこのロリコンを地獄へ送ってやることにするワ!」
「おい、待てよホニー! せっかくいいように纏まったんだから、もうこれで——」
俺の言葉などには耳も貸さず、ホニーは捲し立てるように続ける。
「アンタが後生大事に持ってたあのパンツ、そう、あのヒョウ柄のパンツヨ!」
そういえば、そんなパンツを確かに見たな。
そう思ったのは俺だけではないようで、北都の王宮で一緒にパンツを見たオソレナシー将軍とコウケーツ卿改めコウケーツ伯爵が、遠い日の思い出を懐かしむような顔をした。
「実はあれ、アタシのパンツじゃなかったのよネ。あれはウチのお屋敷で働いてた、自称25歳、本当は48歳のオツボネーっていうオバサンのパンツだったのヨ!」
「……え?」
元国王の表情に、今日一番の緊張が走った。
「イヤらしいアンタのことだから、毎日コッソリ、クンカクンカと匂いなんか嗅いじゃってたんでしょうネ、クックックッ! ねえ、どんなだったの、オバサンのパンツの匂いって?」
「うわあああーーー!!! やめてくれーーー!!!」
そう言うと、元国王のニーチャンは、卒倒してしまった。
「嗚呼、今日この日が来るのを、どれだけ心待ちにしていたことか!!! ついに…… ついにアタシは、にっくき変態ロリコン野郎を地獄の底へ落としてやったワ!!!」
俺を含めたオッサン連中は、またホニーが変なこと言ってるな、ぐらいの気持ちで苦笑を浮かべていた。
しかしホニー当人は、隣にいたアイシューと熱い抱擁を交わしていた。
お前ら、心の底からコイツのことが嫌いだったんだな。




